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潮騒やかがやいてゐる冬の蝿
横田欣子
白鳥来家から覗くこともできる
金子兜太
草の花そこまでさみしくはあらず
加藤かな文
庭下駄の四五歩に柚子をもぎにけり
石嶌 岳
かたまつて風音聞けり冬の鹿
小島 健
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先人から学ぶ
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詳細
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斧一丁寒暮のひかりあてて買ふ
福田甲子雄
金物屋の店先か刃物市の光景だろう。
枝打ちに使うのか、薪を割るのか、斧の刃に夕暮れの光を当てて鋼の鍛え方、研ぎ具合を確かめているのだ。
一句の眼目は品定めの方にある。
夕暮れという言葉は、いつも情緒の影を引きずっている。
秋の夕暮れは古くから侘しさ、寂しさの極みとされ、王朝の歌人たちは優れた秋夕(しゅうせき)の歌を残した。
芭蕉も、「かれ枝に烏とまりけり秋の暮」「この道や行人なしに秋の暮」と詠んだ。
春の暮は、なまめかしい空気を漂わせていて、こちらの名手は蕪村。
「遅き日のつもりて遠きむかしかな」
「春夕(はるゆうべ)たえなむとする香をつぐ」などの句がある。
夏の句は夕涼み。炎暑の後の安らかな光があたりをひたしている。
冬の暮れは、寒い夜の入り口だろう、暗澹たる思いがつきまとう。
句の寒暮も、寒い夕暮れという意味で、冬の暮れのべつの言い方である。
ことに寒中に限定するものではない。
「斧一丁」の句は、夕暮れという言葉のまとうこうした情緒を切り捨てている。冬の暮れという言葉につきものの暗澹たる思いなどどこにもない。
まず一丁の斧があり、しの刃を照らす夕暮れの光がさし、その刃に見入る一人の人物の目がある。
ここに描かれている一丁の斧、そして鈍い光を照り返す、薄く油を引かれた刃。
寒暮という言葉は、そうしたもののいきいきと浮かび上がらせるために使われている。
作者は、斧の刃の帯びる非情な肉感を描こうとしたのではないか。
冬の暮れという、情緒と結び着きやすい大和言葉を避けて、寒暮という潔い音の漢語を使ったのもそのためだろう。
現代俳句の鑑賞・長谷川 櫂
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長谷川櫂
俳句的生活・中公新書
数年前のことになるが、引っ越しを機会に持っていた本の殆ど処分することにした。
引っ越しとはいっても同じ集合住宅の中で別の居室へ移るだけのことだから広くなったり部屋かずが増えたりするわけではない。
考えようによっては似たような空間へ移るのだから、今あるものをそのまま持って行こうと思えば出来ないことはない。
しかし、夫婦の部屋にあふれ、廊下にあふれ、子供の部屋にまで侵入し始めた本の山を前にして今まで家族の批判を撥ねつけて来た私もようやくうんざりし始めていた。
中略・・・・
そもそもなぜこうした事態に陥ったかと言えば、身近にある物の中で本だけは特別扱いしてきたことに原因がある。
小さいころから本を大切にせよ、粗末にするなと言われてきた。
略・・・・
それでも読むめどのたっている本を買ってくる内はまだいいが、いつか暇が出来たら読もうと思っている類の、読む当てのない本まで買ってくる。
こうなるともういけない。
それに対して集合住宅の空間は一定である。
狭くなることもない代わりに広くなることもない。
限られた空間の中で本が増えつづけるのであるから人の居場所が圧迫されるのも当然の成りゆきである。
そこで引っ越し先、居室の壁いっぱいに天井まで届く本棚を三つ拵えてもらい、そこに入らない本はすべて処分することに決めた。
壁一面の本棚が三つといってもそんなに入るわけではない。
持っている本の半分以上はあふれてしまう計算である。
まず資料としてなくてはならない辞典辞書、歳時記、古典の類から順に入れて行くと本棚の空きはほんのわずかしか残らない。
昨今の小説や句集、歌集、いつか読もうと思って買った本などとても持ってゆけない。
中には一度も開かぬまま手放さざるを得ない本も山ほどある。
五千冊売つて涼しき書斎かな
(櫂は、気楽に詠んだ句だと思う)
五千冊という数字は大袈裟であるが、そう言いたくなるほど本の山を近くの古書店に引き取ってもらった。
それまで古本屋から本を買ったことはあっても売ったことはないから、果たしてこれでいくらぐらいなるか見当もつかなかったが、恐る恐る予想していたとおり夫婦で顔見合わせて笑ってしまうほどのお金に変わった。
世間からすればこれしきの値打ちの物に今まで場所を奪われていたことになる。
確かに本は必要な人は千金を投げ打っても欲しいが、必要でない人には紙くず同然の代物である。
いくら時間をかけ、お金を投じて買い集めた本といえども世間の人にとっては紙屑でしかない。
まだ白い紙の方が役に立つ。
本ほど人によって値打ちに差のある商品もない。
人間はいくつも才能や長所を持っていない。
櫂は銭儲けの才はない。
あれだけの仕事をして名を成した人物である、その本、一冊一冊にサインをして、一言何か言葉を記して売れば大金が転がり込んでくる。
冬深し柱の中の濤の音_櫂
舌にとろりと溶ける煮こごり_大岡 信
熱燗をちびちびとやる友もがな_櫂
長谷川 櫂
僕ならこれに、櫂の自筆のサインがあれば定価の十倍で買う。
因みに、一冊、二千五百円×三千冊として=七百五十万円
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