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また君に恋してる

爺もお久しぶりに唄ってみました
いいちこのCMソング

ビリーバンバンと坂本冬美のトリオVer

虞美人

虞美人って知ってますか?

イメージ 1(?―前202ころ)
中国、秦(しん)朝末期の英雄項羽(こうう)の寵姫(ちょうき)。虞姫(ぐき)ともいう。項羽と劉邦(りゅうほう)の戦いも終末を迎え、項羽は垓下(がいか)(安徽(あんき)省霊璧(れいへき)県の南東)に囲まれて四面楚歌(しめんそか)となった。項羽は最後の酒宴を開いた。かたわらに虞姫がおり、また愛馬騅(すい)がいた。「力山を抜き、気は世をおおう。時に利あらず騅ゆかず。騅ゆかずしていかんせん」と項羽は歌い、虞姫もこれに和した。これが『史記』「項羽本紀」にみえる話であり、その後の虞姫の運命は不明である。なお『楚漢春秋(そかんしゅんじゅう)』には、虞姫が項羽の死後どうして生きていけようかといったとあり、また後の宋(そう)代の曽鞏(そうきょう)(異説もある)の詩「虞美人草」に、虞姫の血が化して虞美人草となったのだとあるが、これらは史実とは別のことである。
yahoo百科事典より

イメージ 2
虞美人草(長保有紀)爺の歌声で『笑』
http://www.geocities.jp/bunzyuthu/_gl_medias_/rec-20090129-2240.mp3
下のリンクは虞美人の返歌です ♪♪
興味のある方はどうぞ

無料カラオケ

前にあったYahooのカラオケ出来なくなったんですが
Gyaoで見つけました

学生の頃から好きだった
岡林信康が作詞作曲した唄です
イメージ 1 『月の夜汽車』美空ひばり
ここで出来ます
雑音が入っていたので入れ直してみました♪
http://www.geocities.jp/bunzyuthu/_gl_medias_/rec-20090113-2129.mp3
♪♪ いつも二人で遊んだ小川 ♪♪

徐福夢男

徐福って知ってますか
神武天皇ではないか・・・・・・

紀元前219年、秦の始皇帝の時代に童男童女500人を含め総勢3000人の集団を引き連れ、仙人と不老不死の仙薬を求めて中国大陸から東方の桃源郷日本へ旅立った一団がいた。それを先導したのが秦の始皇帝からその命を受けた「徐福」である。

『徐福夢男』鳥羽一郎

歌ってみました
http://www.geocities.jp/bunzyuthu/_gl_medias_/rec-20080906-1145.mp3
イメージ 1
徐福が目指した蓬莱島は日本なのか                 
 
蓬莱の伝説は、一説によれば、自然現象から始まりました。中国の山東半島北部沿岸では、蜃気楼により海中に正体不明の不思議な島々が現れるのです。これが、渤海湾の海上に浮かぶ、方丈・蓬莱・えい洲の三神山伝説へと発展しました。この三つの神山のうちもっとも神格が高いと見なされたのが蓬莱山なのです。
紀元前4世紀になると、斉や燕などの山東半島付近の国々では人を派遣して蓬莱山を探すようになります。そして、この地方では三神山には不死の薬が存在すると伝える人々が現れ始めました。彼らを方士と言います。
 
「史記」封禅書より
三神山には多くの仙人がいて不死の薬があり、そこにすむ鳥獣はみな白色で、宮殿は全て黄金や白銀で作られていると信じられていた。また、遠くから眺めると雲のようであるが、船で近づけば水中にあるように見え、いざ上陸しようとすると、いつも風にひきもどされ到着できないといわれた。
 
紀元前3世紀に、いよいよ秦の始皇帝が登場します。皇帝となった彼は、不死の薬を求めて方士の一人であった徐福(徐市とも云う)に蓬莱山を探すよう命じます。
徐福は、10年に渡り蓬莱を探すものの、見つけることが出来ず、始皇帝に偽りの報告をします。曰く、蓬莱の薬を手に入れることが出来ないのは、海中の大鮫の所為である。曰く、蓬莱まで行ったものの始皇帝からの奉納品が少ないために不死の薬を貰うことが出来なかった。良家の子女数千人他金品五穀技術者…を献上すれば薬を得ることが出来る。と。
こうして、数千人の大船団で蓬莱を目指した徐福は日本へ辿りつきそのまま中国へと戻ることはありませんでした。
徐福が本当に日本を蓬莱山だと考えていたのかは今となっては分かりません。始皇帝の命令を完遂出来なければ一族全てどのような目に遭わないとも限りません。徐福は帰らぬ旅に出る際に残る一族へ、以後は徐姓を捨て「秦」を名乗るように言い残したとも伝えられています。(また徐福自身も以後は「秦」を名乗ったようです)しかし、一方で日本に残る徐福伝説があまりにも広範囲に及ぶこと、そして彼が仙薬を探していたという伝説が残っていることを考えれば、彼が本気で不死の薬を探していなかったとも言い難い気がするのです。
以下は徐福伝説の残る土地です。各々の伝説がまた興味深いのですが、省略します。
 
金立山・諸富町浮盃・山内町・武雄市(以上佐賀県)松浦市・平戸市(以上長崎県)八女市・筑紫野市(以上福岡県)・宮崎市・延岡市(以上宮崎県)・串木野市・屋久島・坊津町(以上鹿児島県)・高知県佐川町・山口県上関市・広島県宮島・京都府伊根町・和歌山県新宮市・三重県熊野市字波多須・東京都八丈島・神奈川県藤沢市・愛知県熱田・静岡県清水市・山梨県富士吉田市・長野県・秋田県男鹿市・青森県小泊村
 
蓬莱を目指した「仙人」(徐福は歴史上実在の人物のようですが道教では仙人とされています)が辿りつき、不死の薬を捜し求めた日本。古代中国の人々にとっては、日本は蓬莱山であったと言っても良いのかもしれません。
 
さて話は変りますが、徐福の渡来は日本に大きな歴史的変化をもたらしたようです。稲作の伝来は徐福によるものと考えられています。また、徐福が住みついたと言われる場所(和歌山・三重付近)を考えれば伊勢神道の始祖である可能性もあるかと思います。『更には、なんと徐福=神武天皇とする研究がありました。』神武天皇は日向で東征を決意、筑紫から安芸、吉備を経由して大和に入り即位しているのですが、上記の伝説の土地と見比べてみると、中々面白いことになります。(でも、神武天皇って確か途中で亡くなった兄ちゃんがいたような)時代的には神武天皇の方が数百年古いはずですが、古事記におけるこの時代の記述は神話という扱いになるものであり、時代考証については眉唾ものですし、充分にありえる話とも思われます。
もしも、山東半島の蜃気楼が日本を建国に導いたとしたら…浪漫ですよね。

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