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台灣鐡路3週目の旅、第5天です。半分が終わりました。朝食後、民宿のご主人に日本から持参した和菓子を手渡します。
台灣に対する親しみと、中国が嫌いというひねくれた理由で片言北京語よりは片言台灣語を使うようにしているのですが、「つまらないものですが…」というのは
台灣語→「無棄嫌請収落來」(Bo khi hiam chhian siu hoh lai)
北京語→「請笑納」(qing xiao na) 台灣語は長すぎて覚えられませんので、仕方なく北京語でwwwww
で、ご主人からは果物類を頂戴し、恐縮。とても楽しい民宿でした。(前日記事参照) 光復 0914 ≫區間車≫ 0947 豐田
やって来たのは、元・復興號の車両を使用した區間車。狭軌なのに迫力のある先頭機関車の外観に、ハァハァ。
豐田で下車。ここは、日本統治時代に移住した日本人の村があった所で、その住居跡が良い状態で保存されています。
と、ネットか本(観光ガイドには掲載されていない)で頭に残っていた知識でやってきたわけですが、駅前の地図を見て、駅の西側にそれらしい建物の案内があるので、その方向へ進んでみますが、日照りの強い中、スーツケースを引きずりながら30分近く歩くもそれらしいものはなし。滞在時間は1時間程度しかなく、駅に戻りました。
後でネットで調べなおすと、本日見たのとは違う地図があり、反対の東側にあったようですor2=3
マイナー観光地はこういう番狂わせが…また次回です。
豐田 1103 ≫●光607≫ 1136 花蓮 ●は(草かんむりに呂)
ここは3年前に来た時には、駅前にナローゲージ時代の気動車や客車が展示されていたのですが…
で、その後花蓮鐡道文化館が舊花蓮車站に出来たので、そこを訪問しようと、タクシーで向かいました。
正午頃に到着し、入ろうとするとスタッフに話しかけられました。13時すぎまでは「お昼休み」なので、その後訪問するよう案内されたのですが、私の滞在時間が1時間少々しかなく、「台灣はよく来るので、また次の機会にします」と伝えたところ、「それならどうぞどうぞ」と、1名が残って下さいました。激謝激謝…台灣の方々は本当に親切です。
▲ 花東線建設の歴史や、かつての花蓮車站の模型もありました。
…で、駅前の公園から姿を消した気動車などがこっちにあると思っていたのですが、実物の車両はどこにもありませんでした。どこへ消えた?
帰り際には改めてお礼を述べ、「近いうちにまた来ますね」と挨拶。実際、花蓮はこの10年で4回目なので、多分近いうちにまた来れるでしょう。(豐田村の件もあるし…)
鐡道文化館の前の自助餐で昼食をたべ、別の店で木梨牛乳を飲み、台灣満喫。その後、タクシーで再び花蓮車站へ。記念に新聞を購入。
▲ 見出しは勇ましいwwwww 花蓮 1400≫自強221≫1501羅東
台灣の宜蘭縣には、釣魚台という諸島があるようですが、本日未明にその島周辺から多くの漁船が戻って来ました。その宜蘭県・第2の都市が羅東です。
ここには、林業鉄道の名残を伝える公園と、宜蘭最大の夜市があるので、今夜はここに宿泊します。3か月前から決めていたので、何も挑発しに来たわけではありませんww
まず宿にチェックインし、外出しようとすると強めの夕立となりました。雨がやんでから公園へ向かいます。
そして、夕食には少し早い6時前に、羅東夜市に到着。大いに盛り上がっています。どの店で食事をとるか、品定めしながら歩いていると、JKが行列している屋台を発見。
たこ焼き屋でした..............._φ(゚∀゚ )アヒャ
で、こんな店も発見。
▲ 絶対にぁゃιぃwwwwwwwwwwwww
20年ほど前、産経の社会面に、「台灣に、阪神百貨店のマークの上に阪急と書いたパチモノ百貨店がある」と、写真入りの記事が掲載されていたのをよく覚えておりましたが、今にして思えばそれは「大予言」。東急と大手メガネ店が経営統合する日が来るのでしょうか? |
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