|
丸の内OLと昼飯を食い、食欲も満たされた我々は次の攻撃目標である上野の森へ。 こちらのテーマは幕末。明治維新の激震の中で起こった出来事を我々なりに検証してみる。 明治維新といっても、ただ西郷さんの銅像を撮るだけではまだまだ。もっと深い所まで掘り下げる。 この上野の地を舞台に起こった「上野戦争」をご存知だろうか?鳥羽伏見の戦いで敗れた徳川慶喜を奉じて、 この上野の森に立てこもった幕府軍(彰義隊)とこれを打たんとする新政府軍。 この両者で戦いは起こったのである。 現在の上野恩賜公園(上野公園)の場所には、三代将軍徳川家光の命により天海僧正によって 寛永二年(1625年)に建立された、東叡山寛永寺があり、 それは子院三十六防、本坊、根本中堂、文殊楼(吉祥閣)により構成され、幕府祈祷寺として 特権が与えられていた。 寺域は120万平方m(上野公園のほぼ倍)、寺領は最盛期には11790石に達した。 上野が選ばれた理由は、江戸城鬼門に当たり、幕府の鎮護の地として京都の比叡山になぞらえ、 また不忍池を琵琶湖に見立てたからだという。山号は「東の比叡山」という意味で「東叡山」 その後、慶応四年五月十五日 戊申戦争で官軍大村益二郎の指揮のもと上野寛永寺に立てこもる 彰義隊を総攻撃し夕刻敗退させた、のちに『上野戦争』と称される。 その主戦場である寛永寺は官軍により焼失し、明治維新以降上野の山一帯は焼け野原となり放置された。 ようするに、この山とその周り一帯が寛永寺だったわけである。 その入り口にあたるのが、今の上野公園入り口あたりだそうだ。 この少し先に「黒門」と呼ばれる大手門の代わりになる門があったようである。 このあたりは特に激戦地であったようで、多くの犠牲者がでた模様である。 また、西郷さんの銅像の少し奥に彰義隊の犠牲者を弔う墓もある。 その奥には、京都の清水寺を模した「清水観音堂」がある。 ここも激戦地だったようで、観音堂の天井に戦いの図がある。 清水寺を模しただけあって、しっかりと「清水の舞台」もある。 無理すれば飛び降りれそうな舞台ではある。 しかし、これで何となく分かるのは、比叡山をまねたり、清水寺をまねたり、、、 当時の、江戸の初期の頃というのは、やはりまだまだ都、文化は関西が主であり、 関西への憧れのようなものがこんな形になるのかな? などと思ったりしました。 道幅の広い旧参道を行くと、「上野東照宮」がある。 なんたって、東照宮である。もちろん、祭られているのは「大権現」家康公ですな。 ところで、このあたりにある、「旧寛永寺五重塔」に行きたかったのだが、、、 位置的にはこの東照宮のあたりでいいはずなのだが、、、いっこうに位置が分からない。 さっきからあっちこっちウロウロ。。。 五重塔だからすぐ分かるはずなのに、近くに寄ると見えなくなる。 これも「大権現」家康のトリックか?? さすがは家康、タヌキぶりをいかんなく発揮してくれるわ! すると、、、驚きの文字を発見! なあにい〜!!動物園の管理だあ〜? ってコトは動物園に入場しないと五重塔を見れないってこと?上野動物園も見学? それはさすがにコタえるので、柵越しに撮影。。。 だんだんと幕末から離れていってしまっているが、気を取り直して 元根本中堂があったといわれる所、 建て直された現在の根本中堂 等を見学、改めてその広さにヤラレ、ここの攻略も一筋縄ではいかぬことがよく分かった。 しかし、明治維新の混乱の中、確かにこの場所で戦争があり、多くの人々が亡くなった、 その事実を考えると胸が熱くなった。 番外だが、上野大仏というのを見つけた。 東照宮より少し口元のほうの山の上にあるのだが、公園内の案内板にも載っていないため、 気づかなかった。云われはよく分からなかったが、少し珍しいものを見つけた気分である。 いまだ降り続く雨にクタクタになった我々は、 それでもまだ懲りずに浅草に行き、浅草寺に参拝、土産を買い、 程よく迫ってきた集合時間を気にしつつ、東京駅に向かい、 ばらばらに行動していた面々も無事に全員揃い(揃ったのは10分前だったが、、、) 新幹線の中ではさすがに爆睡し、、、あっという間に名古屋に到着。 名古屋駅でまた来年の再会を約束して解散となった。。。 いつもながら、中身の濃い2日間であった。。。 ※一連の旅行記事はたった1泊2日の行程を書いたものです。
長々とお付き合いありがとうございました。 |
旅行
[ リスト | 詳細 ]
|
どっぷりと午前中いっぱい時間をかけて江戸城散策した我々は、 大雨で濡れた服も乾かしたいので、地下街で昼食にすることにした。 そこは地下鉄東西線竹橋駅のそば。 一応、丸の内ということになるのか?大手町か?わからんが、とにかくビジネス街。 丸紅、毎日新聞など、有名企業が集まってる。 そこで12時を迎えた! さあ、、、各社一斉にランチに出てくる! すごい数だ! 我々は人波に飲み込まれる。 行列が出来ている。 行列の正体は弁当であった。 しかし、我々は弁当を買っても食うところがないので、店を見繕う。 ここが良さそうだ。 毎日新聞地下の「百人亭」。看板に麦とろと書いてあるし、ヘルシーそうだ。 店内は広い。多国籍な店員さんに案内され、座った席は「丸の内OL」が沢山居る一角の真ん中。。。 「ひれカツ定食」900円を頼む。 ココのいいところは、大茶碗(小どんぶり?)に出てくる麦ごはんおかわり自由! とろろの量もたっぷりで大茶碗のごはんの量に負けていない! いいぞ! おかわり?もちろんですよ! 1杯目はひれカツで食べ、2杯目はとろろたっぷり麦ごはん! あー 美味かった! やや丸の内OLさんたちの白い目が気になりましたが、、、そんなの関係ねぇ!! 食べている間にジーンズも乾いたし、午後からの「上野攻め」に備えて万全! さあ、上野へ行くぞ! まだ続くよ。。。
|
|
江戸滞在2日目は、、、台風接近のため、予報どおりの雨。横殴りの大雨。 これでは、ランは出来ない。やりたくない。せっかく早朝に皇居まで行こうと思っていたのに。。。 仕方ない。気を取り直して、今日は先輩IKDCと歴史散策をすることにする。 そのためには、ラン道具の入った荷物をまず東京駅に預けてこねば。 IKDCとは皇居(江戸城)で落ち合う事に。 ホテルから地下鉄大門駅を突き抜けてJR浜松町駅まで歩く。 平日なので、出勤のビジネスマンが駅のほうから大量に歩いてくる。 すごい数だ。押し戻されそうになる。 それにしてもすごい雨。駅まで歩くだけでベタベタだ。 なんだか、田舎者は朝の山手線に乗るのが怖かったので、、、併走している京浜東北線で東京駅へ。。。 コインロッカーに荷物を預け、皇居(江戸城)へ。 東京駅から皇居はすぐだ。IKDCはなかなか来ない。 しかし、この日はとても寒く、半袖しか持ってこなかったワシはこの時点で戦に負けている。。。 江戸城攻めは成功するのか? まずは手筈どおり、大手門にて友の加勢を待つ。 ☆ワンポイント
しばらく待って、IKDCが来た。桜田門で感慨に浸っていたらしい。歴史好きはこんなもんだ。江戸城跡は今は皇居東御苑といい、無料、予約なしで見学できます。 コースは特に定められておらず、入るときにパンフレットをもらって、案内図に従って見ていけば、 もれなく見学できますし、苑内には案内板や標識がありますので、不自由はしません。 出入門は、大手門・平川門・北桔橋門の3箇所になります。 門で「札」をもらって入ります。帰り門を出るときにその「札」を返します。 出入門であれば、入った門でなくても出られます。 [入園時間] 〔3月1日から4月14日〕午前9時から午後4時30分(入園は4時まで) 〔4月15日から8月末日〕午前9時から午後5時(入園は4時30分まで) 〔9月1日から10月末日〕午前9時から午後4時30分(入園は4時まで) 〔11月1日から2月末日〕午前9時から午後4時(入園は3時30分まで) [休園日] 月曜日及び金曜日 ただし、天皇誕生日以外の「国民の祝日等の休日」は公開します。 なお、月曜日が休日で公開する場合は、火曜日(休日を除く)を休園とします。 12月28日から翌年1月3日 行事の実施等で支障のある日 よし!友の加勢を得て天守へ向かって一気に攻め込む。 本丸へ出た。広い。 この奥に天守跡がある。それー 攻めろー! ほどなくして天守は落ちた。天守台跡の上から大手町方面を眺める。 おそらく徳川将軍も眺めたであろう、この景色をしばし眺める。 しかし、広い。ここに登ると都心の緑地の広さが分かる。 徳川幕府の威勢も分かる。やはり、数百年も続いただけの事はある。ただ事ではない。 いつもなら、同じところに最低30分は居て想像力を働かせるといろいろな事が見えてくるものだが、 今日は天候がそれを許さなかった。。。 憎むべきは横殴りの雨、台風のヤツよ。 将軍にはなり切れなかった。。。 この後は、IKDCの今回のテーマである「大奥」に付き合う。 なんでも、大奥の女は、城に入るときも追い出されるときも、 不浄門として忌み嫌われていた「平川門」から出入りするという。 他に「平川門」から出るのは死体、病人であるというから、その扱いが忍ばれる。 大奥跡から、平川門へ。 大奥から追い出される女もこの景色を見ただろうか。 その景色はおそらく涙で霞んでいたことであろう。。。 なにやら、女の怨念を感じずにはいられなかった。 番外であるが、 こうした城の石垣の石には、どこの誰が運んできたという刻印があるものだ。 特に古い石垣でオリジナルな部分が残っている所によく見られる。 今回も北詰橋門の横の石垣に見つけましたよ。 どこの誰のかは不明ですが、こうしたのを見つけると嬉しくなります。 まだまだ続く。。。
|
|
やはり、また、旅行記となるといつものように長々と書き始めてしまっている。。。 はや、3話目。。。 3の倍数でアホになります。。。1、2、サン! てな具合で、、、ハイボールで酔っ払ってアホになっているワシらは、 宿泊のホテル「東京プリンスホテル」にチェックイン。 ここで、大宮の鉄道博物館に行っていた2名と合流。 奴等は飯も食っていないというので、「もんじゃ焼き」でも食いに行くか!となり、 都営地下鉄大江戸線で大門駅から門前仲町駅まで。 そこでもんじゃ焼きを食う。 そこではワシが毒を吐きまくる。。。 だって、もんじゃ焼きって、どう見ても酔っ払いが駅で戻したヤツにしか見えんもん。 逆に、嘔吐物を通称もんじゃ焼きって言い始めた人、天才! 店の人にお手本で焼いてもらっている間も、「マジでゲボみたいっすね」などと失言し、失笑を買っていた。。。 何せ、ワシはこの仲間内では「失言大王」と呼ばれているのだ。よくそれでカイチョーが務まっているものだ。 でも、普段はコゲが苦手なワシでも、もんじゃ焼きはコゲた部分が一番うまい事が分かったのが収穫でした。 この後は、ツレTが、都庁へ夜景を見に行きたいと言う。 しかし、みんなはホテルで飲むという。 たしかに、台風の接近に伴い、雨脚も強まってきているし、 「都庁の夜景」に賛成できないのかもしれないが、ちょっとツレない。。。 仕方が無いのでTと二人で夜景を楽しみに行く。 都営地下鉄大江戸線の門前仲町駅から都庁前までは乗換なしだ。 みんなはホテルのある大門駅で降りていく。 都庁に着いたのが22:30。エレベーターの最終は22:45で展望台は23:00まで。 おっしゃ!間に合った。いざ、45階の展望台まで! おおーっ!すげえ!やっぱり東京の夜景は違う。 携帯のカメラではうまく写らないのがもどかしい。 あと、特筆すべきは、この展望台は「無料」!! 世間一般にはタダより高いものは無いというが、一見の価値ありです! やるな、、、石原知事よ! あと、、、当然、男同士なんてワシらだけであって、、、 夜景に夢中のカップルばかりだったのですが、、、 夢中になりすぎてお尻の防御がおろそかになっている娘さんが。。。ほんのり桜色でしたよ。 目の保養になりました。 ホレ見よ!ホテルに残ったヤツら!繰り出さんから絶景が見れんかったんやわ!桜色を含めて。。。 その後、新宿まで歩き、大人の社会見学と題して「歌舞伎町」を見学し(お店には入ってないですよ) 終電も近くなり駅に行こうと思ったら、、、 地下通路が部分的に封鎖されており、目的のところまで行けない!! 仕方が無いのでかなり歩きましたわ。 こうして1日目の長い夜は終わりましたとさ。。。 2日目に続く。。。
|
|
前回、皇居の周りをランニングしたワシは、東京駅のトイレで着替えした後、 仲間の待つ柴又へ。 と言っても東京で一人で行動するのが初めてのワシにとっては容易ではない。 ツレに電話して行き方を聞くも、よく分からない。地図が頭に入っていないから当然だ。 こんなときに役に立つのが、携帯に付いている機能、「ナビウオーク」。 電車の乗り換えも含めて「ナビ」してくれる。 おまけに、電車の前方車両に乗れとか、指示が細かい。 10何両もある東京の電車では嬉しい指示だ。 指示通り山手線に乗る。初めてだ。長げえ。何両あるんだ? 日暮里で降りて京成線に乗り換える。 切符はICカードの「スイカ」を買ったから改札機にタッチするだけだ。 乗り換えるときはいちいち運賃表とにらめっこで切符を買わずにすみ、ラクラクだ。 それにしても、電車代が安い!どこまで乗っても200いくらだ。 名古屋では考えられない。 京成線特急で高砂駅まで行く。周りの景色から高層ビルが少なくなり下町っぽくなっていく。 高砂駅で金町行きに乗り換え 柴又駅で降りる。ドシロートのワシをここまで連れてきた「ナビウオーク」すごい。 帝釈天の参道を行き 帝釈天の門の前でツレと無事に落ち合う。オセーと言われる。 とりあえずお参りし、時間も夕方となったので、さあ呑むぜー!となり、 再び電車で高石駅まで。 京成の高石駅前の商店街の中にあった「もつ焼ミツワ」へ。 モツの串をタレで食う。ウマい。安い。 ワシはビールは苦手なので、、、ツレTがこの地区が元祖と言ってきかない「ハイボール」を呑む。 酔いが回ってきたところで、、、ツレTが、とっておきのものがあるという。 なんのことはない「モツ煮」なのだが、、、 激ウマ!!! なんじゃこりゃぁぁ ウマすぎて汁まで完食! ウマすぎて写真ナシ! さんざん飲み食いしたが、一人2000円切り!安い〜!! 気を良くして再び電車で宿泊場所の「東京プリンスホテル」まで。 行き方は、、、覚えてませ〜ん!! そして、まだまだ東京の夜は続くのであった。。。 加筆・・・
先ほどニュースで秋葉原の通り魔ニュースを見ました。 私たちが東京に行って1週間、まだまだ思い出覚めやらぬ場所で起こった惨劇の 犯人に怒りを覚えると共に、多数の被害者の方々のご冥福をお祈りいたします。 |



