蘇れ!!悪党レスラー

本物のエキサイティングのプロレスを見せてくれ!!

放浪の殺し屋


全日・ブッチャー、新日・シン、ときたら、この男だろう。
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東京12ch時代の国際は、このブログでも、他でも散々言い尽くされてるように、悪党の宝庫。
というか、「外人=悪党」そのものずばりの時代。
悪党は悪党でも、「B級悪党」という素敵なネーミングも定着している。
じゃあ国際12ch時代のB級悪党の代表格は誰だ!?と言われれば、やはり筆頭格はあのセンスが悪いサイケな花柄タイツがトレードマークな不潔感たっぷりのジプシー・ジョーだろう。
176cm、110kg。
186cm、140kgのA・T・ブッチャー、190cm、120kgのT・J・シンに比べれば余りにも小柄。
小柄すぎる。
ライバルのラッシャー木村が185cm、125kgと大型であることからその小柄ぶりは尚更際立つ。
93年頃、四日市に来たw★ingを観戦した際、Tシャツを売っていたジョーに話しかけたが、173cmの俺と殆ど身長は変わらない「普通サイズ」のオッサンだった。(話しかけたら嬉々としてたものの、銭がなくTシャツが買えない旨を話したらがっくりしていたな、ジョー。ゴメンよ)
なのに、彼はここまで名をあげた。
日本で出世した、というより、日本でしかブレイクしなかった数々のエース級外人の中でも、“苦労人”という形容が突出しているのがジョーだ。
小柄なくせに動きも決して早くなく、テクニックもない。パワーもない。
じゃあどうする?
並みのレスラーなら絶望して万年前座であきらめてしまうような素質の無さだろう。
だが真面目で苦労人の彼は「タフさ」という一点だけを、必死に磨いた。
それがあの「椅子受けパフォーマンス」に集約されている。
さぞ痛かったろう。
キツかったろうよ。
それでも、「ケロリ」としていた。
“していなければ”ならなかった。
 
こいつが初来日したのがS50年9月。
そう、このS50年という年は、前回記事に書いた「ダニー・リンチ」登場からスタートした記念すべき「B級悪党元年」なのだ。
前年のS49年は、エースのストロング小林が離脱し、TBSから放映が打ち切られ、その後東京12chの放映という激動の年だった。そしてまだ、AWA路線がバリバリでそれなりの質の外人が前年から引き続いて来襲していた年だ。
参考までにS49年各シリーズの主要来日外人を挙げてみよう。
 
新春パイオニア:B・ワット、B・ボンバーズ、B・バション
チャレンジ:T・マッケンジー、T・マリノ、T・ブルート(B・マグロー)、A・アポロ、J・ブランゼル、S・ホワイト
ダイナマイト:B・ロビンソン、R・ゴルト、S・ホワイト
ビッグ・サマー:A・T・ジャイアント、H・ホフマン、T・キラー(B・ラミレス)
スーパー・ワイド:S・B・グラハム、B・V・ラシク、N・カーター、S・ウィリアムス
ワールド・チャンピオン:V・ガニア、N・ボックウィンクル、B・ロビンソン、R・スチーブンス、C・アサシンズ、B・ウォルフ
 
・・・・凄まじい面々だ。
とてもTBSを打ち切られた落ち目の団体とは思えない。
少なくとも新日よりはずっと豪華だった。
 
次はS50年だ。
 
新春パイオニア:リンチ兄弟、B・スローター、B・オートン・Sr
ダイナマイト:M・バション、T・インターンズ、J・クレインボーン
ビッグ・チャレンジ:K・T・カマタ、B・ブラニガン
ビッグ・サマー:J・クイン、G・ヘイズ
ビッグ・ゴールデン:G・ジョー、T・キラー
ビッグ・ウィンター:T・コンバット
 
・・・・ここまで変わるか?一年で。。。
一シリーズの平均外人数は約6人から4人へ。
タッグが一試合で後はシングル、6人タッグなどおぼつかない少数だ。
試合数も少ないから3本勝負で時間水増しがあからさまに図られるといった目を覆いたくなるような状況へ。
早い話が「企業利益>面子=マイナー」であることを自ら認め、逆に開き直ってコストダウンしたということだろう。
前年暮れのガニア、ロビンソン、ニック、スチーブンスという超豪華シリーズ。新日を凌駕し、全日とも遜色ない顔ぶれ。古参団体・国際プロレスのプライドは保たれたろう。が、これがその後の国際の運命を決めてしまったといってもいい。吉原社長はガニアにケツ毛どころか鼻毛まで毟られてしまったんだろうな。
しかし、この路線変更のおかげで、無駄なギャラが抑えられ、さらに手頃な価格の悪党エースの新規開拓ができた。
その第一号がカマタであり、二号がジョーであったといえる。
 
収支内容は公表されてないため一切不明だが、おそらくS49年は火の車だったに違いない。
これだけ豪華なメンバーを集め(しかも大巨人まで参戦、ノーテレビで!)ながら、観客動員に比例しないのであれば経営者なら誰しも方向転換を考えるだろ。
 
で、ジョー。
ギャラは安かったんだろな。
当時、ジョーといえばカナダにてマッドドッグ・バションとのGWAをめぐる争いでにわかに脚光を浴びていた。
同時期、同じカナダにてブッチャーとの流血死闘でクローズアップされたカマタともこのあたりシンクロしていて興味深い。
 
1933年生まれというから、この年はすでに42歳だったというジョー。
いかにプロレスといえども、峠をとっくに越している齢。
それが「スタート」だったのだから、ジョーの苦労が窺い知れるというものだ。
プエルトリコ出身のジョーは63年、30歳でデビューしているから、デビューからして出遅れていた。
 
その後、上記にあるようにモントリオールでバションとの抗争で名を売るまでの間、経歴・資料は無いに等しい。誰か詳しい人がいればお教え願いたい。
バションとの抗争に関しては「月刊ゴング77年3月号」から一部抜粋しよう。
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『バションは生意気な若僧の頭を冷やしてやれという気持ちでジョーとノンタイトルで対戦したが、ゴングが鳴ってバションに頭からダイビングしたジョーは椅子で殴りつけた上、ちょうどそこにあったスコップでバションの脳天を一撃、リングアウト勝ちをせしめたのだ。怒り狂ったバションは、そのスコップを持ってジョーを追い回し、制止しようとしたレフェリーを一撃して反則負けのストレート。
再戦は“凄惨な地獄絵巻”。バションは花道でジョーを襲い、角材で脳天を強打したが、稀有の石頭のジョーはケロリ。それでは、とバションはレフェリーをゴングと同時にパンチでKO、スコップより大きいシャベルを持ち出し、ジョーを殴りつけ、ジョーは椅子で対抗。73分間、レフェリーなしの喧嘩が延々と続き、ついに二人とも血の海で動けなくなった。
三度目の対決はGWAヘビー級選手権を賭けて行われ、大変な流血戦の中スタミナに勝るジョーが辛勝、タイトルを手中にした。』
 
まさに昭和ヒールの「教科書」のような血闘が、二人の個性と個性がぶつかりあって激しく展開していたのがここから目に浮かぶ。動画があれば、このモントリオールの二人の血闘をぜひ見てみたい。
ちなみに両者が日本で唯一、一緒になった77年第6回IWAワールドシリーズでは二人の一騎打ちが実現しており、DVDにも収録されているから観ることは可能だ。
花道の真ん中から入場し、最初から最後まで技らしい技はほとんどない喧嘩試合だったが、喧嘩にかけてはバションの方が上手だと実感した試合でもあった。
パンチの応酬になると、ボクシングスタイルでの喧嘩マッチでは定評のあるバションが生き生きとジョーに打ち込んでサンドバック状態となり、ジョーは例のごとく「タフさ」を売りにしてただ受けに回るだけ。
これが喧嘩なら、バションの圧勝だろう。プロレスだから受けが成立したのである。
だが、このパンチも門馬さんが「凄いストレートですね」と形容していたが(笑)、実戦レベルのストレートであるか否かはいうまでもない(笑)。だが、それがプロレスなのである。
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因みにジョーをブッカーの大剛に紹介したのはバションであるのも有名な話。バションは自分の仇敵ながら、喧嘩が強い男が好きであるという男ッぷりのよさがわかるエピソードだ。
同じ国際のB級悪党“流血水夫”クレージー・セーラー・ホワイトもバションの弟子だったな。
 
バションによってチャンスをもらい、そのもらったチャンスを最大限生かして日本でのしあがったジョー。
上記には“若僧”と表記されてるが僅か4歳年上の“師匠”バションとはこのワールドシリーズで“最悪コンビ”を結成し、同士討ちで仲間割れし、一騎打ち。4歳違いながらも「世代交代」シリーズであった。
成績はジョーが18点、バションの16.5点を上回ってBブロックトップだったが、井上との試合で血の海で国際お得意両者KO。Bブロック決定戦出場不可能となり、バションが繰り上がって木村と決勝戦という、まさにバションとジョーの微妙な格と立場、プライドを調整した「ミエミエ」の不透明さ満点のアングルであった。(因みにAブロック二位の草津はタッグタイトル一本に絞るという理由でAブロック決定戦を辞退w)
だが、これこそが昭和国際プロレスの醍醐味・魅力であり、如何わしさなのだ。
70年代「エロ・グロ路線」まっしぐらの東京12chのカラーそのものだったといえよう。
何度でも言うがこういうわかりやすいヒールの存在、個性、流血戦がプロレスには不可欠じゃないか?
 
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ワールドシリーズの話題を書いたついでに追記するが、この木村−バションの決勝戦も「ザ・国際」の魅力が集約した“爆笑”試合だったな。外人の暴行を堂々と受ける事に関しては右に出るものはいない阿部修がなんと、バションのパイルドライバーを喰らう!(レスラーがレフェリーに暴行するケースは多々あるが、「直接必殺技を掛ける」というアングルは殆ど有り得ない。俺の記憶ではマシン軍に贔屓判定した高橋レフェリーに延髄斬りを喰らわせたA・猪木ぐらいか?)さらに追い討ちでチェーン攻撃を阿部に喰らわすという、前代未聞のバションの狂乱暴挙!これがしかもワールドリーグという団体にとっては起死回生を図る大看板シリーズの決勝戦という大舞台で行われ、驚愕にも反則負けが取られないッ!!!!!
痛快過ぎるぜ、バション、阿部!!
プロレスをまだ“真剣勝負”として熱く応援している紳士や淑女のファンの皆様が大勢いる純粋な時代において、このぶったまげた大胆アングルを慣行するその度胸・センス!!
本当に、国際プロレスというのは、今観ても面白くてたまらないな!!
 
放浪の殺し屋・ジョーの話題はまだまだ次回に続くぜ!

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