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アメリカ空軍をはじめ、多くの国で採用されたジェット戦闘機。第1世代ジェット戦闘機に分類される。初飛行は1947年。 武装は当初機関砲のみであったが、後にミサイル(サイドワインダー)が開発されるとその有効性を実証し(ミサイル万能論)、9,860機が製造された。 1980年にポルトガル空軍機の引退により、全機が退役した。 第二次世界大戦末期ノースアメリカン社は艦上ジェット戦闘機案NA-134をアメリカ海軍に提案していた。これを受けて、1945年1月1日、アメリカ海軍は艦上ジェット戦闘機XFJ-1の開発を発注した。これは、P-51の主翼と尾翼をそのまま流用し、胴体のみジェットエンジン搭載の新設計のものに変えた機体である。この機体の開発を受けて、アメリカ陸軍航空隊は1945年5月23日にXFJ-1の陸上型XP-86の開発を発注した。 第二次世界大戦後、アメリカ合衆国はドイツ国内の占領地から大量の航空機の先進的実験データを得た。このデータを基にノースアメリカン社は開発中のXP-86の設計を変更し、P-51から流用した主翼・尾翼に代えて新設計の後退翼を採用した。試作機XP-86の初飛行は1947年10月1日。初飛行前から性能が期待されたために、P-86A-1として陸軍航空隊に採用された。 この後、陸軍航空隊は陸軍から独立してアメリカ空軍となり、それに伴って使用する航空機の命名法が変更された。陸軍航空隊の戦闘機は追撃機と呼ばれ、追撃 (pursuit) の頭文字 P から始まる一連の番号が振られていたが、1948年6月から戦闘機 (fighter) の頭文字 F が与えられるようになった。そのため、P-86AはF-86Aと改称された。 -86の名を上げたのは朝鮮戦争における活躍であった。国連軍が朝鮮戦争に参加した当初、金日成の朝鮮人民軍は本格的な航空兵力を持たず、海軍の艦載機グラマンF9F パンサーや米空軍のリパブリックF-84G、ロッキードF-80 シューティングスターなどの直線翼を有するジェット戦闘機、果てには第二次世界大戦中に活躍したF-51DやF4U コルセアが活躍出来る程であったが、中華人民共和国の抗美援朝義勇軍が参戦すると、鴨緑江を越えて中国人民解放軍所属のMiG-15が飛来するようになり、直線翼のジェット戦闘機では抗しきれないと判断したアメリカ空軍は急遽、F-86を投入し、朝鮮半島上空にて史上初の後退翼ジェット戦闘機同士の空中戦が繰り広げられた。 結果、投入から休戦までの約2年間に損失78機に対し、撃墜数約800機と言う、実に10対1の戦果を上げた。その後、その優秀性からF-86は世界各国で採用された。 F-86A 全幅:11.3 m
全長:11.4 m 全高:4.5 m 主翼面積:26.7 m² 最大離陸重量:6,300 kg エンジン:J47-GE-27 推力:27.1 kN 最高速度:570 kt 実用上昇限度:14,330 m 航続距離:1,026 nm 固定武装:12.7 mm M2機銃 6門 爆弾:最大 900 kg 乗員:1名 |
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兵曹長 殿 に敬礼!
ついにメジャーな戦闘機の解説が出てきましたね。F86 今見ても
カッコイイですね!
2009/9/2(水) 午後 5:32
F86と言えば朝鮮戦争
ミグ15と激闘した戦闘機。P−51のような機体の設計がいいですね。
2009/9/2(水) 午後 7:03 [ ポリカルポフ ]