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新しい聖書! 聖霊に満たされ、祈りと御言葉によって堅固な基礎を築くことができますように。アーメン! andrea |
祈り
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私が願うのは
危険から護られることではなく 危険のさなかで 恐れないことです 哀しみのどん底 心のはげしい痛みの中で 慰めてもらうことではなく 悲しみを克服し 勝利をうたうことなのです 逃げ場がなくなった時も 勇気を失わさせないでください 世間的にも大失敗し 挫折の連続に遭っている時も その害が取り返しのつかないものだと 考えない恵みをいただきたいのです あなたが来て私を救ってくださる… これを私は願っていません 私が願うのは のりこえてゆく力です あなたは私の荷を軽くしたり 慰めてくださらないで結構です ただ 私が重荷を担う その力をお与えください 喜びの日に 謙虚に頭を垂れ 私はあなたを思い あなたの存在を認めます 暗い悲しい夜 失意以外、何もない夜にも ああ 決してあなたを 疑うことがありませんように |
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9月20日
わたしたちの人生のすべてのときにおいて、
キリストは、わたしたちが失望の深淵に落ち込むことを決して望まれず、
新しい活力を何回も何回も差し出されるのです。
小さな春の訪れがいつもここにあるのです。
ただ、わたしたちのだれもが、その訪れに窓を開かなくてはならないのです。
失望と絶望はイエス様の望まれることではありません。
わたしはいつも希望を持って歩いています。
そしてある意味、期待しているとも言えるし、期待してないとも言えません。
わたしは地図を持たない旅をしているから
そうでしょ?笑
このことがあるからこそ
今のわたしあるねん。
そして
今のわたしは
自信を持って幸せやと言い切ることができるねん。
良い友だちと…えっへっへ。
良い同僚と…
良い上司と
むふふ…
メルパチとLucasとスペシャ君と…
わたしはずっとイエス様と一緒に歩いて行くねん。
何よりも信仰を与えられたこと
それこそが幸せやねんな。
ありがとう、神様。
ハレルヤ♪
Andrea
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わたしが横浜を離れるために、勤めていた老人ホームを辞める時、
100歳の入居者さん始め、多くの入居者さん、同僚がこの歌を歌ってくれた。
100歳の入居者さんは、バリバリのプロテスタントのクリスチャン。
あんたみたいなヒヨッコに言われたくないよ!とか、
いっつも憎まれ口を叩いて、わたしを鍛えた愛しい女性。
最初に彼女に会ったとき(その時は95歳やった)
彼女は二本の杖をなんとか使って歩いていた。
もちろん、なんども転倒しそうになる。
あっ、危ない!って思って、手を取ろうとすると、彼女は
『触らないでよ、汚い!』
わぁお、まったく、信じられない!わたしはこころの中で『くそババァ〜〜』
あっ、失礼……
って言うくらい、可愛げがない憎らしいことをいつも言っている女性やった。
まぁ、強烈な人やね。
彼女は素晴らしい経歴と多くの知人友人と多くの敵を持つ人やった。
彼女の名誉のために言いますが、彼女は素敵な女性です。ほんまはね。笑
わたしはどうしても彼女を愛することが出来なくて、神様にいっつも、愛することを教えてください!
って祈り続けていた。
どうしたら、愛せるの?あんなわからず屋!
こちらが、手をさしのべても、払いのけるような可愛げのない人、
愛情を差し出しても、軽蔑のこもった眼でにらむ人を。
それでも我慢して対応し、もちろん、利用者さんやからね。
なんとか、その時々、誤魔化しながら対応していた。
それから、何年かが過ぎてみると、彼女とわたしは…^^
夜勤が楽しみになるほど、彼女と仲良しになっていた。
彼女は実は、淋しがりやで甘えん坊なだけ、ほんまは自分を理解してほしいだけの人やった。
最初は、ガードが固くて、なかなか人を寄せつけようとしないのやけど、
一度、こころを許せばとことん愛する人やと思う。
彼女と彼女のベッドに座って、彼女が眠れない夜、歌を一緒に歌ったり、
神様のことを話したり、関東大震災の話を聞いたりしていた。
そして、お休みを言うときには、彼女をハグして、もう休もうね。って言うほどに。
神様は望めば、憎しみしか抱けないような相手さえも愛することが出来るようにしてくださる。
彼女はわたしの人生の中で、かけがえのない女性。
私たちがそう望みさえすれば、愛すること、が出来るんだ、愛するってことを出来るように導いてくださるんだって、初めて経験させてくれた女性やから。
最初から、気が合う人を愛することは簡単だ。
誰にでも、出来る。
せやけど、反りの合わない人を合う様にすることほど難しいことは無い。
せやけど、イエス様が望んでいるのは、そういうことや。
お互いに愛し合いなさい。
お互い、欠けた者同士なんやから、お互いに許しあいなさい。
こんなにも欠けているわたしをイエス様が愛してくださっているんやから、
わたしやって、わたしよりは欠けていない相手を許すことは、愛することは可能やろ?
それは、祈りによって、願うことによって可能となるんよね。
自分の力だけで、反りの合わない人と合わせようとしても無理がある。
不可能だ。
不可能を可能にしてくれはるのが、神様やねん。
神様に出来ないことは何もないから。
せやから、祈るんよ。
そして、わたしは今日、ツーリングしながら、
こころの中で殺してした相手を見つけ、(殺していたことにも気が付かなかった><)
赦しを神様に乞い、相手に許しを願い、彼女のために祈りを捧げ祝福を願い、
そしてわたしは彼女を愛することができるようになった。
わたしは何者なのか?
どれだけ、人々に守られ、助けられて生きていることだろうか?
きっと、目に見える所だけではなく、見えないところでフォローしてもらっていることのなんと多いことだろう。
今日のツーは、先頭がTommy@大阪君で、わたし、M君、そしてSADAさんやってん。
Tommyは(敬称略爆)いつも後、わたしの(私だけではないが…笑)ペースや動きに気を使ってくれる。
高速へ入るときなどは、一番後ろにいるSADAさんが、先にすっと入ってくれて入りやすいようにガードしてくれる。
ペースだって、わたしがいなければ、ほんまはもっと速いやろうにね。
ツーリングしていて、学ぶことは多い。
学ぶことより、幸せを感じるけどね。『あー――守られるのって、なんて幸せ❤』爆
わたしの友だち、多くの同僚たちも、きっとわたしが気が付くよりも多くのフォローを常にしていてくれてはるんやろうな。
って感じた。
せやから、もっともっと愛することができるようになりたい。
誰かのために何かが出来る人にね。
それは、自分が庇護される側にたって初めて気が付いたこと。
そして、いかに庇護されることが有り難くうれしいことか、気が付いたからこそ、わたしもそうできたらな。
って感じられた。
今日のツーは神様が近かった。
とっても美しいコースやったから。
今日のツーリング仲間たちへ
ありがとう❤
そして、みんなが無事に家までたどり着けるように同伴してくださったイエス様、
ありがとうございます。
幸せなAndreaより愛を込めて…
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ほ〜〜ら、こんな感じ…
ちょうど一玉編んだとこや。
ゲージがちょっと小さい、横幅が18センチないとアカンのんやけど、16.5センチくらいしかないねんな。
まっえっかぁ〜〜^^
一玉で22センチやから、全部で140センチほどになるねんな。
肌触りが良くて気持ちええねん。
ひたすらに繰り返しつつ、祈る。
祈りながら編んでいく。
優しい気持ちになっていくよね。
愛情がいっぱいになって。
きっとお母さんもそうやったんやろうって思う。
せやのにわたしはいっつも公園で手袋やカーディガンやマフラーをなくしてきたっけ。
祈りのことは今のところ、ブログには書いてない。
なんでか、おもうとこがあるんやろね。
きっと…
せやけど、今、イエス様はめちゃめちゃわたしのそば近くにおってくれてよ。
わたしは御父にひっきりなしに讃美の祈りをしている。
すべて、すべて
わたしにとって、良き方向へ進めていてくれはっているのがわかるから。
今なら、証しができる。
信仰を頂くということ、信じて一歩を踏み出すということ。
そして、毎日少しずつ、信仰が深まっていくの。
イエス様の愛はわたしを包んで離さない。
自分の望みさえ分からないときでも、イエス様はわたしのこころをよく御存じだ。
せやから、
せやから、信じて歩みを起こすこと。
崖っぷちから、信じて飛び降りたら
天国に着地した感じやねん。
だいじょうぶ!
必ず、うけとめてくれはるから…
幸せやねんな。
ほんまにイエス様が救い主だと、言える信仰を与えられて
わたしは世界中で一番の幸せものや。
なににも代え難いものや。
喜びで満たしてくださる、愛で満たしてくださる神様に讃美!感謝!
ハレルヤ♪
明日は主の日、恵みの日曜日をお迎えください。
Andrea
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