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鏡餅(かがみもち)とは、正月などに神仏に供える円くて平たい餅のことである。
鏡餅は、農耕民族である日本人が、五穀豊穣を願い、神様に感謝するためのお供えものだった。丸い形は心臓をかたどったも のとも言われ、鏡は魂を写し出す神器で、神様が宿ってるとされてた。三種の神器の一つ、八咫鏡を形取ったものとも言われてる。昔の鏡は、青銅製の丸形だったことから、丸いお餅という意味です。
また、鏡餅の「鏡」は「鑑みる(かんがみる)」。つまり良い手本や規範に照らして考えるという意味の言葉にあやかり、「かんがみもち」とよぶ音がしだいに変化して鏡餅になったのだとも言われてる。
さらに、鏡餅の丸い形は家庭円満を表し、重ねた姿には1年をめでたく重ねるという意味もあるそうです。
鏡餅が現在のような形で供えられるようになったのは、家に床の間が作られるようになった室町時代以降のことである。
武家では、床の間に具足(甲冑)を飾り、その前に鏡餅を供えた。鏡餅には、譲葉・熨斗鮑・海老・昆布・橙などを載せるのが通例となり、これは具足餅(武家餅)と呼ばれた。
今日では、三方に半紙を敷き、その上に裏白(うらじろ、羊歯)を載せ、大小2つの餅を重ね、その上に串柿・干しするめ・橙・昆布を飾るようになっている。
大きさの異なる餅は、陽の太陽と陰の月を表し福徳重なる。と、いう意味もあります。
鏡餅は三宝(さんぽう)という台に載せ、下に四方紅(しほう べに)を敷きます。
尊い相手に物を差し上げるときには台に乗せることが礼儀であることから使われています。平安朝時代にはこの三方は「衝い重ね」といわれていたそうです。
四方紅はお供え物をのせる色紙で、四方を「紅」でふちどることで「天地四方」を拝し災を払い一年の繁栄を祈願するものです。
鏡餅の上には橙(だいだい)を置きます。
橙は中国から日本に最初に伝来した柑橘類とも言われ、何世代もの果実が、一本の木に同居している。元々、実のヘタに台が2つあることから、だいだいと命名された。もがずにおくと、青い実が冬になって赤味を帯び黄色に熟した後、落ちずに枝についたまま、翌夏には緑色の生まれたてのような実に戻る。一度実がなると、4〜5年以上落果しない。
こうして何代ものだいだいが枝についたまま、新しい実を加えながら一つの木になっている事で、代々家が続くという語呂合わせの縁起物。
健康長寿の家庭・家族に見立て、家系代々の長寿・繁栄を願ってきたのである。
御幣(ごへい)は紅白の紙を稲妻状に折ったものです。
四方に大きく手を広げ、繁盛するように。紅白の赤い色は魔除けの意味があります。
裏白(うらじろ)は古い葉が落ちずに、新しい葉が古い葉と重なってしだいに伸びてくるので、久しく栄えわたるという縁起をかつぐものです。「歯」は、齢(よわい)・年齢を示す。「朶」は、枝を意味する。齢を伸ばす事に引っかけて、長寿を意味する。また、葉の模様が対になって生えているので、夫婦仲むつまじく相性の良い事を願う。
裏白の表面は緑色だが、裏面は白い。裏を返しても色が白いことから、心が白く二心が無い、心に裏が無い、清廉潔白を願い、かつまた白髪になるまでの長寿を願う。
扇(おおぎ)は末広(すえひろ)ともいい、末長く繁栄していくようにとの願いが込められています。
海老(えび)の姿になぞらえ、腰が曲がるまで長生きできるようにと祈るものです。
昆布の事を、古くは「広布」(ひろめ)と言った。ひろめは、広めるの意味。また蝦夷(えぞ)で取れるので、夷子布(えびすめ)と呼ばれた。えびすめは七福神の恵比寿に掛けて、福が授かる意味合いである。そして、昆布は 1.喜ぶのこぶ 2.子生=子供が生まれる、の意味。
柿は縁起の良い長寿の木です。 幸せをカキ集める、「嘉来」(かき=喜び幸せが来る)
柿は外側2個づつ、内側に6個串に刺しているが、「外はにこにこ、中(仲)むつまじく」の語呂合わせになっている。
地域によっては餅を三枚重ねたり、二段の片方を紅く着色して縁起が良いとされる紅白としたもの、餅の替わりに砂糖で形作ったもの、細長く伸ばしたものを渦巻状に丸め、とぐろを巻いた白蛇に見立てたものなど様々なバリエーションが存在する。
飾り始める時期は、鏡餅を飾るのは12月28日が最適とされる。「八」が末広がりで日本では良い数字とされているからである。
逆に12月29日は、日本では「九」が苦しむにつながるので避けるべきとされる。(逆に29を『福』と読み替えて、この日に餅を搗く地域も有る。)12月30日はきりの良い数字なので悪くないと考えられている。(ただし、旧暦では12月は30日までしかなかった為、旧暦通りならば『一夜餅』の扱いである。)12月31日に飾るのは「一夜飾り」「一夜餅」として忌避される。
鏡開きの日は、地方によって違いはあるが、一般的には1月11日とされる。それまでは飾り続けた状態でよいと考えられる。昔、鏡開きは陰暦で祝う小正月が終わる20日の行事でしたが、二代将軍徳川秀忠や三代将軍家光の命日にあたるので、避けて11日に変わったと言います。
供え終わった鏡餅は、硬くなっているので、木槌や金槌などで叩いて砕き、「開き」割ります。神様に供えたものであるので、包丁などで「切る」行為は礼を欠き、縁起が悪いとされてます。
砕いた鏡餅は、汁粉などに入れて食べます。鏡餅を食すことを「歯固め」といって、固いものを食べて歯を丈夫にし、歳神様に長寿を願うことからと言われてます。
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