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			<title>ぶ～じゃえもんの戯れ言</title>
			<description>平凡な日常生活のなかで、なんでもないことに感動したり。些細なことに喜びを覚えたり、泣いたりすることもある。見かたや考え方を少し変えれば、今より違った世の中が開けてくる。のうてんきなぶ～じゃえもんが、かつて気ままに我が儘をほざく</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/buujyaemon</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>ぶ～じゃえもんの戯れ言</title>
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			<description>平凡な日常生活のなかで、なんでもないことに感動したり。些細なことに喜びを覚えたり、泣いたりすることもある。見かたや考え方を少し変えれば、今より違った世の中が開けてくる。のうてんきなぶ～じゃえもんが、かつて気ままに我が儘をほざく</description>
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		<item>
			<title>奇跡の牛</title>
			<description>いつの事じゃったか、思い出せない。女房に尋ねたら、4～5年前の事でしょ～という。&lt;br /&gt;
4～5年前の秋、台風が日本列島を襲った。各地で被害がでた。岡山県も大雨が降って、被害がでた。そんななか、一躍有名になった話がある。&lt;br /&gt;
岡山の県北の津山市の牧場も、台風に襲われ、近くを流れる吉井川が氾濫して、牛舎が襲われ流された。そのなかの一頭が、岡山市まで濁流に流されて、奇跡的に助かった。その子牛が「元気ちゃん」と言う名前だった。と、思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その牧場で、月に1度、牛肉の即売会をしてる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先週の日曜日に、昼過ぎから、女房と肉を買いに行った。が、欲しい肉は、売り切れてなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当日は、10時から販売するけれど、8時から整理券を配り、売り切れ次第終了になる。そんなに並ぶなら、1度は食べてみたくなる。けれど、並んでまで買いに行く気には・・・・。肉だけに、なりニクイ。じゃ～～ん。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/buujyaemon/53718144.html</link>
			<pubDate>Sun, 01 Jun 2008 14:24:07 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>女房は、マジシャンか</title>
			<description>また、わしがメモした紙がなくなった。女房は、よく、片づけた後、どこへ置いたか忘れてる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「どこえ、置いたんじゃ～」と女房に言いながら、机の上を探したがない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「UFOで来た宇宙人が、イタズラして、また、隠したのか？メモ紙が、カクレンボして遊んでんか？」&lt;br /&gt;
「わたしは知らないわょ」と、いつもの如く女房が答えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いくら探しても見つからない。腹が立ってくる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
机の上をひっくり返して、探してもない。どこへ、行ったんじゃ～。&lt;br /&gt;
女房は知らん顔をして、テレビを見てる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「どこえ、置いたんじゃ～。また、お前が何処かへ、置いて忘れてんじゃろ～」&lt;br /&gt;
「失礼なぁ」と言って、女房が探し始める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、「これを、探してるの？」と言って一枚のメモ紙をわしに渡した。&lt;br /&gt;
「何処に、あったんじゃ～～～」と、わしが叫ぶと。「テレビの上にあったわょ」と、涼しい顔をしてる。&lt;br /&gt;
また、か！と思い、女房を睨むと、&lt;br /&gt;
「有体移動をして、テレビの上に来たのでしょう。ここが、好きなのね」と言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おまえは、マジシャンか？？</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/buujyaemon/53310672.html</link>
			<pubDate>Tue, 06 May 2008 08:42:01 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>花見って、これか？</title>
			<description>窓辺で寝っ転がっていたら、心地よい麗らかな陽射しが差し込んでくる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜やっぱり、休みはこれに限る＞と思いつつ、うとうと居眠りてたら、「花見に行かない？」と、女房がわしを誘った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
花見か・・・。桜も見頃になってるし、天気も良い。そう度々、こんなに条件の揃う日はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここ何年も、花見に行った記憶はない。５６歳になっても、何故か心がワクワクしてきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
女房が言うままにハンドルを切って、着いた所がホームセンターだ？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこで女房は、あれこれと花の苗を悩みながら買った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「帰りましょう」と、女房が言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「花見に行くんじゃ～ないんか？」と、わしが尋ねたら&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「今、いろんな花を見たでしょう。まだ見たらないのなら、これを見て」と言って、さっき買った花の苗を渡された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜花見って、これか・・・。桜の花の下で、宴を開くことと違うんか？？＞</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/buujyaemon/52852567.html</link>
			<pubDate>Sun, 06 Apr 2008 19:22:36 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>サンマの甘露煮</title>
			<description>アルミホイルに所々穴を開け、真ん中に大きめの穴を開けて落とし蓋を作っておく。&lt;br /&gt;
サンマ5匹分。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１．サンマの頭と尾を取り、筒切りで4等分にする。内臓は好みで、どちらでも良い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２．サンマはたっぷりの塩をふり、15分ほど置いて身を締める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３．サンマの塩を洗い落とし、熱湯をかけて霜降りにし、すぐに冷水にとってぬめりをとる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
４．クッキングペーパーのあっちこっち切れ目を入れて鍋に敷いて、サンマを重ならないように丁寧に並べる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
５．鍋に薄めのお茶を、ひたひたになるほど入れ、酢を50ccほど入れる。そして、クッキングペーパーを上にかぶせる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
６．強火で沸騰させ、沸騰したら弱火で２時間ほど煮る。煮汁が少なくなったら、薄めのお茶を加えて煮る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
７．煮えたら、そのまま冷やす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
８．冷えたら食べてみて、骨が軟らかくなっていたら、クッキングペーパーを押えたまま煮汁を捨てる。&lt;br /&gt;
もし硬かったら、もう１度、お茶をひたひたになるほど入れ、１時間ほど煮て、そのまま冷やす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
９．一煮立ちさせた酒200ccに、ダシの素1袋・砂糖150gを入れて溶かし、鍋に入れ、水を200cc入れサンマがひたひたになるようにする。少ない時は水を増やす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１０．ショウガ１片ほどを千切りにして鍋に入れ、落とし蓋をして３０～５０分弱火で煮る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１１．火を止めて、冷ます。時々、煮汁をかける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１２．サンマが水を被るほど、水を追加する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１３．醤油100cc・味醂50ccを入れて、40～50分弱火で煮る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１４．火を止めて、冷ます。時々、煮汁をかける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１５．落としブタを取って、弱火で煮る。煮汁が温かくなったら、醤油（50ccほどが目安）と味醂を加えながら、煮詰まった後の味を想像して味を調整する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１６．鍋を弱火で揺すり、煮汁をかけながら、煮詰めてゆく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１７．煮汁が1/3程になったら、煮汁をかけながら冷ましてゆく。（煮汁が薄い時は、煮詰め直して、冷ましながらかける。煮汁を煮詰めすぎた時は、水を足して薄めてからかける。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一晩ほど置いて煮詰め直したら、美味しい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/buujyaemon/52421295.html</link>
			<pubDate>Sun, 09 Mar 2008 05:33:42 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>猫の日</title>
			<description>２月２２日は「世界友情の日」だけども、「猫の日」でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１９８７（昭和６２）年に、英文学者の柳瀬尚紀さんらによる「猫の日制定委員会」とペットフード工業会が、猫の鳴き声であるニャン（２）ニャン（２）ニャン（２）の語呂合わせから、全国の愛猫家から公募で「猫の日」に決まった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに「犬の日」は、ワンワン（11）ワン（1）で、11月1日だそうだ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/buujyaemon/52156779.html</link>
			<pubDate>Fri, 22 Feb 2008 17:23:27 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>ぶり</title>
			<description>ブリ（鰤、学名 Seriola quinqueradiata）は、スズキ目 アジ科 ブリ属の魚。成魚は、全長 1.5 m、体重は最大で 15 kg ほどになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブリの名前の由来は、『大言海』に脂肪の多いことから〈あぶら〉→〈ぶら〉→〈ぶり〉に転訛と記されてる。&lt;br /&gt;
江戸時代の『日本山海名産図絵』に、老魚の意をもって「年経（へ）りたるを」「老（ふ）り」により『ふり』の魚という。濁音にいいならわしたり、とある。&lt;br /&gt;
身が赤くて“ぶりぶり”しているため、ともいわれてる。&lt;br /&gt;
雪の降る頃によく捕れて、味もよいので〈降りの魚〉の意味ともいう。&lt;br /&gt;
頭魚、丸い頭の魚、丸くて大きな頭の〈丸〉を〈つぶり〉というの〈つ〉を省いたもの、ともいわれてる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
体に背骨に、並行する形で黄色い線があるのが特徴。日本からハワイ沿岸までの太平洋北西部および日本海の水深 100 m までの大洋に生息する。温帯域の回遊魚で、日本付近で漁獲されるものは、幼魚は春から夏に日本列島を北上し、初冬から春に南下する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
春に南の海で産卵するブリは、夏の間は北の海で栄養を蓄えます。引き締まった身にたっぷり脂をのせて、寒くなってくると南へ向かいますが、日本海に沿って南下してくる１２～２月の厳冬期がブリの旬です。刺身のしょう油をはじいてしまうほど、脂がのったこの時期のブリが寒ブリと呼ばれます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
主な産地は、日本海側の富山県、石川県、福井県、島根県など。中でも富山湾で取れるものは「能登ブリ」「氷見ブリ」などと呼ばれ、高値で取引されるブランド魚となっ&lt;br /&gt;
ています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブリは成長につれて名前が変わる出世魚。その呼び名も地方によって異なり、全国で１００以上もの名前があるそうです。&lt;br /&gt;
35 cm 以下のものを、関東でワカシ、関西ではツバス、ヤズ、北陸ではツバイソ &lt;br /&gt;
35～60 cm のものを、関東でイナダ、関西ではハマチ（?）、北陸では、フクラギ &lt;br /&gt;
60～80 cm のものを、関東でワラサ、関西ではメジロ、北陸ではガンド（ガンドブリ） &lt;br /&gt;
80 cm 以上のものをブリと呼ぶ。 &lt;br /&gt;
稚魚はモジャコ、体長 15 cm 程度のものをコズクラ、コゾクラとよぶ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
魚屋や料理店では、養殖物であれば大きさに関わらずハマチ（?）と呼び、一方、天然物をブリと呼んで区別している場合もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブリは余すところなく使える魚として知られ、身は刺身、塩焼き、照り焼きに、あらはブリ大根に、頭はかぶと煮、皮は湯引きしてあえ物に、骨でだしもとります。最近では、テレビＣＭの影響もあって知名度が上がった、ブリしゃぶが人気のようですね。北陸地方では、塩漬けにしたブリとかぶを、炊いた米、米麹（こうじ）と共に漬けた「かぶら寿司（ずし）」、塩を振って干したブリを荒縄で巻いた「巻きブリ」なども郷土料理として親しまれています。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/buujyaemon/52067510.html</link>
			<pubDate>Sun, 17 Feb 2008 18:16:07 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>甘露煮の基本レシピ</title>
			<description>１．鱗・内臓を取り出し、水洗いする。&lt;br /&gt;
２．塩水で洗って、ザルに上げる。&lt;br /&gt;
３．風通しの良い日陰で２～３時間ほど干す。&lt;br /&gt;
４．遠火で軽く焼く、うっすらと焦げ目が付く程度（皮の硬いハゼや鮎など）&lt;br /&gt;
５．再び、風通しの良い日陰で２～３時間ほど干す（一晩干してもよい）&lt;br /&gt;
６．魚が暴れないように、鍋に竹の皮など（クッキングペーパーにあっちこっち切れ目をに入れてもよい）を敷いて、重ならないように魚を丁寧に並べる。2段に重ねてもよい。&lt;br /&gt;
７．匂いの少ない薄めのお茶（煎茶・番茶・ウーロン茶など）を、ひたひたになるほど入れる。&lt;br /&gt;
８．灰汁取りシート（クッキングペーパー）を置いて煮る。沸騰するまでは強火、沸騰したら弱火で２～３時間煮る。&lt;br /&gt;
９．煮汁が半分ほどになったら、そのまま冷やす。&lt;br /&gt;
１０．冷えたら、煮汁を捨てる。&lt;br /&gt;
１１．もう１度、お茶をひたひたになるほど入れ、梅干しを２個入れて煮る。沸騰するまでは強火、沸騰したら弱火で１時間煮る。（酢をひたひたになるほど入れ、煮汁が1/3になるまで煮てもよい）&lt;br /&gt;
１２．煮えたら、冷ます。&lt;br /&gt;
１３．食べてみて、骨が軟らかくなってたら、落としブタを押えたまま煮汁を捨てる。&lt;br /&gt;
１４．魚が被るほど、水を入れる。&lt;br /&gt;
１５．酒（干し魚の20%）を一煮立ちさせて、ダシの素・砂糖（干し魚の30～40%の半分）を入れて溶かしたものを入れる。&lt;br /&gt;
１６．３０～５０分弱火で煮る。&lt;br /&gt;
１７．火を止めて、冷ます。時々、煮汁をかける。&lt;br /&gt;
１８．魚が水を被るほど、水を追加する。&lt;br /&gt;
１９．醤油（干し魚の18%の半分）・味醂（干し魚の20%）を入れて、40～50分弱火で煮る。&lt;br /&gt;
２０．火を止めて、冷ます。時々、煮汁をかける。&lt;br /&gt;
２１．落としブタを取って、弱火で煮る。煮汁が温かくなったら、残りの醤油を入れながら、煮詰まった後の味を想像しながら味を調整する。&lt;br /&gt;
２２．弱火で鍋を揺すり、煮汁をかけながら、煮詰めてゆく。&lt;br /&gt;
２３．煮汁が1/3程になったら、茶漉しで煮汁を濾しながらかけて、冷ましてゆく。（煮汁が薄い時は、煮詰め直して、冷ましながらかける。煮汁を煮詰めすぎた時は、水を足して薄めてからかける。）&lt;br /&gt;
２５．一晩ほど置いておくほうが、美味しい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/buujyaemon/51961789.html</link>
			<pubDate>Mon, 11 Feb 2008 18:34:20 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>乾電池の生みの親・屋井先蔵</title>
			<description>維新前夜の文久三年（一八六三）、屋井先蔵は越後（新潟県）長岡藩の下級武士の子として長岡に生まれた。幼くして父を亡くし、母や姉と共に親戚に身を寄せて暮らした。十三歳になった時、先蔵は一大決意をする。東京へ出て技術を身に付け、家名を興すことだった。反対する叔父を説き伏せ、九日間歩き通して東京へ出た。そして神田の大きな時計店で丁稚として働くことになる。「時計」は、まさに文明開花のシンボルだった。この時代の最先端を行く機械に魅せられた先蔵だったが、残念なことに病に倒れ、一年半後には故郷へ帰る。大きな夢を描いて出てきた少年には辛い出来事だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ふるさと長岡に戻った先蔵は、母の手厚い看護を受けて快復し、長岡の豪商「絹五」で働くことになる。「絹五」は、戊辰戦争（一八六八～九）の折には官軍の本陣となり、西園寺公望が逗留していたという立派な構えの商家だった。「絹五」の主人は、新潟県村上のお茶を横浜や東京築地の居留地の外国商人に売りさばき、彼らから時計を買い求めて帰った。銀座に服部時計店が出店する以前、明治七年（一八七四）に長岡には既に時計店があったのである。先蔵は、この「絹五」で修理工として七年の年季奉公をする。しかし修理の仕事では飽き足らず、先蔵は&amp;quot;永久機関&amp;quot;を作ろうと思い立つが、基礎がないため失敗を繰り返す。そして「やはり東京へ出て勉強し、機械の世界に進もう！」と再度心に誓った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
再び東京へ出た先蔵は、郷土出身の代議士の家に書生として住み込み、夜間は明治十四年（一八八一）に誕生して間もない東京物理学校（現・東京理科大学）に通う。同校は誰でも入学できる代わり、進級が難しかった。先蔵は、物理学校に身を置きつつ、職工学校（現・東工大）を受験したが失敗。更に一年猛勉強を重ね挑戦しようとしたが、五分の遅刻で受験できなかった。当時はラジオも無く、時報も無い。時計もどれが正しいのか分からなかったと思われる。これは、先蔵にとって、一大痛恨事であった。というのも、年齢制限で、先蔵には最後の受験のチャンスだったのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ひらめいたが厚い壁&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先蔵は、不屈の精神力があり、苦境に立つとそれをバネにして、新たなチャレンジを始めるといった青年だった。この遅刻事件を契機に挑戦したのが、電気の作用で数百個の時計が同時刻を示す「連続電気時計」だった。発展し続ける鉄道にも郵便にも、必要とされると確信したからである。まさに文明開化の必需品！　青年発明家は時代を読み、燃えた！進学を諦め、物理学校の職工として働きながら、夜も眠らず試作に没頭。完成にこぎ着ける。しかし、彼が使用した電池は英化学者の発明したダニエル電池と同じで、電解液をこまめに変えなければパワーが落ちるし、大きくて持ち運びに不便だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「もっと使いやすい&amp;quot;乾いた電池&amp;quot;が必要だ！」・先蔵のモノヅクリの心にまたまた火がついた。基礎の勉強をしていない先蔵にとって、この挑戦は苛酷なものだった。電極は何にするか？　実験を重ねて辿り着いたのが、亜鉛の筒のマイナス極と、炭素棒によるプラス極だった。電解液は？　スタートは、海水あたりからだったと言われている。これはまだ序の口だった。二酸化マンガンに辿り着くまで、また、電解液がマンガンに染み込まないための工夫、電解液を扱いやすくするためにドロドロにするには……などなど。最大の難関は、陽極の炭素棒に電解液を染み込ませない方法を見つけ出すことだった。ほとんどクリアしたのに、炭素棒の微小な穴に電解液が染み込み電池を腐食させてしまう……この問題は、三年近く先蔵を悩ませた。壁は、思わぬ出来事から解決を見る。研究室の机にこぼした水をロウソクのロウが流れていた所だけ弾いている。溶かしたロウで炭素棒を煮て、微小の穴をロウで埋めればいいのだ！世界最初の「乾電池」が、ここに完成した。時に明治二十年（一八八七）、先蔵二十四歳。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
特許を取らなかった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昨今、知的財産（権）の問題は数々の話題を呼んでいる。この大発明のその後を見れば、誰しも口惜しい思いに駆られるだろう。当時は特許の重要性が理解されず、また貧しい先蔵には特許申請の費用も無かった。この頃、欧米各地を巡ってきた大倉喜八郎は、先進各国にも乾電池は無かったと証言している。大倉喜八郎は、先蔵と同郷の越後出身の実業家で、大倉財閥の基礎を作った人物である。明治二十四年（一八九一）二十八歳になった先蔵は所帯を持ち、浅草七軒町の長屋に「屋井乾電池合資会社」の看板を掲げた。しかし注文はサッパリ無く、清貧の日々を過ごす。先蔵とその大発明は、時代より少し先を駆けていた、と言えるのだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
失意の先蔵に、さらに無念なことが追討ちをかける。明治二十五年（一八九二）、アメリカの「シカゴ万国博覧会」に日本から地震計が出品され、それに先蔵の乾電池が使用された。ところが万博の二年後、先蔵が創ったのと全く同じ乾電池がアメリカから輸入され始めたのである。先蔵は「ドライ・バッテリー」というその商品名そのものも自分が名付けた「乾電池」の直訳だと、大いに憤慨したと言う。先蔵は、しかし改良を加え続け、その製品は徐々に認められていった。日清・日露戦争を勝利に導くのに、小型で寒冷地でも凍結しない屋井乾電池が大いに威力を発揮する。当時、中国やロシアが使っていた蓄電池は、寒冷地では電解液が凍結して無線が打てなかった。情報戦で、これは決定的な差であったろう。明治、大正、昭和と、近代化を目指す国造りの分野で、屋井先蔵の乾電池は大活躍。宮中茶話会（大正天皇の時）にも招かれ、面目をほどこした。明治という極めてユニークな時代に、越後の一青年が、困窮のなかで苦学しつつ、世界で最初に乾電池を完成させたということは、深い感動を誘う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
平成の屋井青年よ…&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日、乾電池のない生活は考えられまい。その端著を開いたのが先蔵であった。この時代に先駆けた発明家は、昭和二年（一九二七）、六十四歳で永眠する。しかし、そのモノを創り出す歓びは、いつの時代にも受け継がれていくことだろう。そして現在の東京理科大学のキャンパスにも、平成の屋井青年がきっといるに違いない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東京理科大学ホームページより</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/buujyaemon/51914280.html</link>
			<pubDate>Fri, 08 Feb 2008 20:38:25 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>ガーネット</title>
			<description>柘榴石（石榴石、ざくろいし、garnet）は珪酸塩鉱物のグループ。宝石としてはガーネット、または紅榴石の名前でよばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ある科学者が、初めてガーネットの結晶を見つけたときに、ざくろの実を連想したのが由来です。語源は、ラテン語の“granatum”グラナトゥム（種がたくさんある）から派生した言葉です。&lt;br /&gt;
中世においてガーネットは、ドイツでは“Karfunkel”と呼ばれ、火花を思わせる燃え盛る赤に関連しました。今日市場においてアリゾナルビー、アリゾナスピネル、モンタナルビーまたはメキシコルビーのような想像力豊かな名前が使われています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ガーネットはとても頑丈で、毎日の使用することに耐え、裂けにくい。そしてジュエリーにするのが楽です。強く打ったときとか、放置された熱とかには弱い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もう１つ、光の高い屈折で、ガーネットには様々な色あいがあります。赤紫色のよく見かける石から、緑がかったものや灰色のものまであります。なかでも、もっとも人気があるのは、和名の「ざくろ石」の由来にもなった深紅の石です。ブルーだけが、ガーネットにはない色です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
色々な色があるのみならず、ガーネットには色々な名前があります。即ち、アンドラダイト・デマントイド・グロシュラーライト・ヘソナイト・ロードライト・ツァボライト・スペッサータイト・ウワロワイトなどです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まず最初に、燃えるような赤いパイロープ があります。燃えるようなそして少し銅色の赤は、18・19世紀に大変人気が高かったです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時世界的に有名だったのは、前ボヘミア王国の北東から産出されたボヘミアガーネットです。それらはヨーロッパで、ビクトリアの時代に宝飾品に頻繁に使われました。この純粋のボヘミアのガーネット宝飾品は、ザクロの種のようにセットされた多くの小さい石で伝統的に飾られています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ガーネットは、今日でもまだチェコ共和国で見いだされます。そして伝統的な方法で、ガーネット宝飾品の古典的な石の美しさの魅力を、しっかりと引き留めてます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明るいオレンジから赤いスペッサタイトガーネットが、ナミビアとアンゴラの国境のクネネ川で発見された。それまでスペッサタイトは、収集家にとっての珍品あるいは稀なものだった。スペッサタイトとは、それが最初に発見されたドイツのスペサート山にちなんでつけられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ナミビア鉱山が発見され、これ以後、例外的に素晴らしくそして明るくオレンジレッドの宝石が提供されました。「マンダリン ガーネット」という取引名が作られ、そしてこの素晴らしいオレンジ色のガーネットはほとんど一晩で世界中に有名になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
不幸にも遠いナミビアの山中の鉱山は、ほんの数年間利用されただけだった。というのも、孤立した潅木地帯での宝石の存在を予測することは、もっともっと複雑で、費用もかかった。良質の宝石のは、一部のカッターからほんの少ししか入手できなくなった。&lt;br /&gt;
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しかしナイジェリアで、今度はオレンジ色の貴重品が見つかった。その色と輝きが、ナミビアの石に非常に似てた。&lt;br /&gt;
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次に緑のガーネット、まず最初にグロシュラーライトがあります。これは黄色からグリーンそしてブラウンまでの多くのすばらしい色があり、多くの中間色があるので特に大事にされました。そしてこれは地球の色です。２０世紀の最後の発見になります。&lt;br /&gt;
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大規模なグロシュラーライトの存在が、マリで発見された。マリガーネットはすばらしい輝きのため、大変魅力的です。この輝きは、通常あまり人気のないブラウン色のものまで魅力的で鮮やかにします&lt;br /&gt;
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多分最も有名な緑のガーネットはツァボライトあるいはツァボリスで、もうひとつのグロシュラーライトです。&lt;br /&gt;
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ニューヨークのティファニーは、1967年に北東タンザニアで英国の地質学者キャンベル・Ｒ・ブリッジィズによって発見されていた石を、ツァボライトと命名し直しました。エメラルドグリーンのこの石は、発見された近くに、有名なツァボ国立公園があったので、その名前を取って名付けられた。鮮やかな明るい色のものから、ビロードのような濃いグリーンまであり、ツァボライトは他のガーネットと同じように著しく高い輝きがある。&lt;br /&gt;
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緑のガーネットのスターはデマントイドです。&lt;br /&gt;
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ダイヤモンドより高い屈折が、この石にはあります。ロシアの有力な法廷宝石商カールファバージは、他のいかなる石よりも、もっとウラル山脈からの明るい緑のガーネットが好きで、彼の創作でそれを使うことを好みました。今日では、デマントイドはナミビアで発見されたために、マーケットで見ることが多くなってる。ナミビアからのデマントイドは、良い色と輝きがあります。しかしながら、それらは一部の特徴に欠けます。ロシアのデマントイドを識別する特徴である、素晴らしい薮のような包含物いわゆる「ホーステール包含物」がありません。&lt;br /&gt;
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ガーネットは紀元前には、知られていて、聖書のなかにもその名前がでてきます。ノアの箱舟を照らしたのが、ガーネットです。暗闇の中を安全に、ノアの箱舟を操縦するためにガーネットのカンテラを使いました。古代エジプト・ギリシャやローマ時代には、ジュエリーとしても使われてた。&lt;br /&gt;
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闇を照らし、悪魔から守ってくれる。と、当時は信じられた。それだけに、ガーネットは人気が高いお守りであり、保護をしてくれる石と考えられ、多くの勇気ある冒険家や旅行者は、保護のために身に付けました。&lt;br /&gt;
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ガーネットは、医薬的効能を持っていると信じられていて、熱病や黄疸の薬として処方されていたこともありました。赤系統のガーネットは血行をよくし、生命エネルギーを高め、身体の周囲にエネルギーシールドを作るとされます。古代エジプト人やローマ人たちは、血液関係の病気の治療に使ったとか。&lt;br /&gt;
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旅行者は、ガーネットを魔よけのお守りとして大事にしました。この魔よけが名誉を守り、旅行者の健康を維持し、災難から身を守ったとされています。&lt;br /&gt;
その中でも、１月生まれの人の効能は、２倍あったと言われていました。&lt;br /&gt;
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何かを一生懸命頑張らなければならないときは、ガーネットのパワーが助けになるでしょう。徹夜の仕事、スポーツ、家事の切り盛り、セックス。赤いガーネットは生殖器に働きかけてホルモン分泌を促すとされます。それだけ気力・体力が湧いてくる。&lt;br /&gt;
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１月の誕生石でもあるガーネットは、古くから信頼と友愛の石として伝えられてきました。宝石言葉は「貞節」「忠実」「友愛」。&lt;br /&gt;
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欧米では、親が初めて子供に贈る石は、「人生に忠実であれ」という願いを込めてガーネットを選ぶと言います。また「友愛」の意味を込めて、卒業時のカレッジリングにガーネットを選ぶ場合も多いそうです。&lt;br /&gt;
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「これからも変わらぬ愛情であなたにつ くします」という意味を込めて、結婚十八周年の記念石にもなってる。 &lt;br /&gt;
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また、ヨーロッパでは、古くから友と別れる時に、友情と再会の約束としてガーネットを交換したと言います。それ故にこの石は「信頼と愛の石」とも呼ばれてる。もしもあなたが遠距離恋愛をしているなら、ガーネットを一定期間手元に置いて自分の波動を与え、その後相手に渡しましょう。こうすると相手と深いつながりが出来、離れていてもいつもつながっている感覚を味わえることでしょう。&lt;br /&gt;
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その明るい色彩故に、ガーネットは服の下に付けていても輝きが見えるとさえ言われ、ノアは箱船の中で灯りの代わりにガーネットを吊したといいます。実際に、光の屈折率は非常に高い石です。ガーネットを持つ人は、暗闇でも目が見えるようになり、洞察力が高まるとされます。物事の本質が理解できるようになり、過去に味わった挫折や辛い思い出、孤独なども、今の自分に役立っていることが分かるようになるでしょう。&lt;br /&gt;
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■開運暗示：エネルギーの充填、持続力・忍耐力、洞察力・直感力アップ、信頼、貞節、忠実、友情と愛の絆 &lt;br /&gt;
■こんな人に：忙しい毎日を乗り越えたい。抵抗力を高めたい。遠距離恋愛をしている。パートナーと絆を深めたい。セクシーになりたい。精力減退をどうにかしたい。 &lt;br /&gt;
■相性の良い方位：南、東、北 &lt;br /&gt;
■対応チャクラ：眉間、へそ下、尾骨 &lt;br /&gt;
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ガーネットはとても頑丈で、毎日の使用することに耐え、裂けにくい。そしてジュエリーにするのが楽です。強く打ったときとか、放置された熱とかには弱い。&lt;br /&gt;
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もう１つのガーネットは光の高い屈折で、ガーネットの驚くべき輝きの理由です。原石の形は興味深いです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/buujyaemon/51502646.html</link>
			<pubDate>Tue, 15 Jan 2008 07:03:42 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
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			<title>カネのなる木</title>
			<description>金のなる木とは、弁慶草（べんけいそう）科クラッスラ属の多肉植物の一種。学名Crassula ovata（シノニムC. portulacea）。黄金花月（おうごんかげつ）・花月（かげつ、クラッスラ・ポルトゥラケア）ともいう。 和名はフチベニベンケイであるが、あまり使わない。&lt;br /&gt;
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Crassula（クラッスラ） は「Crassus（厚い）」が語源で、葉に厚みがあるところから来ている。&lt;br /&gt;
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英語ではdollar plantといい、葉が硬貨に似ているのが名前の由来である。&lt;br /&gt;
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日本では昭和初期に渡来して、五円硬貨を若枝の葉柄に通して育て、硬貨がなったように見せかけられたため、「金のなる木」や「成金草」と俗称される。&lt;br /&gt;
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一方、ルナリアは、枝に丸いさやが出来て中に実がつき、財布に小銭が入ってるような感じから、「カネのなる木」とも云われる。&lt;br /&gt;
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原産地は南アフリカ。低木で葉は多肉質、葉に斑の入る種類もある。開花期は冬で、１２／１５頃～  ４／２０頃になる。&lt;br /&gt;
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葉っぱは多肉質で丸っこく固い。花はうすピンク。茎が太く、大きくなるにつれて枝分かれして大きさは1mを越します。幹と枝に横縞の線が入っているのが特徴的。大株のものは一見樹木のようにも見える。丈夫な観葉植物としてよく栽培されている。&lt;br /&gt;
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繁殖は挿し木による。品種によって株がおおきくならないと咲かないものや、小さい内からでも花付きがよいものなど様々ですので、花を楽しみたいのであれば購入時に確認した方がよい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/buujyaemon/51485951.html</link>
			<pubDate>Mon, 14 Jan 2008 07:26:15 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
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