『白蓮会館横浜北支部』 活動報告

初めていらした方は http://www.byakuren-yokohamakita.com/ をご参照下さい。

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出羽街道物語

国を揺るがす未曾有の大災からちょうど一年を経る3月11日に東北の地で
「第16回東北空手道選手権大会」が開催されるとのことで
普段だったら極度の寒がりである私が遠路はるばる弥生の山形に
率先して行きたいとは露ほども思わなかったはずですが
日本人として何か身が引き締まるような想いを感じ
三人の少年部ファイター(とそのママ達)とともに参加してきました。

で、結果から先に書いてしまうと三人とも惨敗。
一人も入賞に食い込むことはできませんでした。

JKJO色の強い判定基準にやや困惑した部分もありましたが
それを差し引いても東北地方のレベルはとても高かったです。

試合内容に関しては、なんせ皆さっさと負けちゃったんで
あんまり書くこともありませんので道中記を少々。




こんな機会が無ければあまり訪れることもないだろうということで
前日入りして宝珠山立石寺、通称「山寺」へ観光に向かいました。

切り立った山の崖面に数々の御堂が散在する様はまだ残る雪と相俟って
非常に美しくもあるのですが、同時に武骨な感も与えるため
鎌倉の武家文化にも似た、どこか懐かしい印象を受けました。

そんな壮観を山すその蕎麦屋から見上げつつ、店のおばちゃんから情報収集。
すると店の前から宿泊先のホテルまで無料送迎バスが出ており、一時間後のそれが最終だという。
それを逃すと電車を使わなくてはならず、乗り継ぎも含めて非常に便が悪い。

「じゃあ、1時間で登って戻って来ようぜ」という私の提案を聞いたおばちゃんからは
馬鹿を言うな。登るだけで2時間はかかるとあきれ顔で嗜められました。

しかし随分前に一度登った経験がある私は、うろ覚えの記憶ではありましたが
いや、そんなにかかった記憶は無い。15分かせいぜい30分で踏破したはず
という思いを強くし、年寄り基準の情報を与えるな!と心の中でおばちゃんを一喝。
心配そうに見送るおばちゃんを歯牙にもかけず、一同を引き連れ出発しました。

で、これも結論から言えば、時間内に踏破し無事送迎バスにも間に合った訳で
私の英断は正しかったのですが、過去の記憶以上に路は険しく、また雪に足を取られるため
容易に進めず、バスに間に合わなかったらどうしようという焦燥感がジリジリと頭をもたげ
徒歩→早足→マラソン→階段ダッシュへと徐々にその足取りは変化。

途中、松尾芭蕉の名句で詠まれた蝉の声がしみ入った岩盤や
数々の由緒ある建立物をことごとく見向きもせずに通過し
チアノーゼ寸前の青息吐息でひたすら走る、走る、走る!

なんか毎年夏に山梨で同じようなつらさを味わっている気がするなあ
いやそんなことより、そもそも試合前日に国の重要文化財で、なぜ俺は階段ダッシュ?
などの感慨が脳裏に去来するのをなるべく深く考えないようにしながらひたすら登り
やはり15分そこそこでトップの五大堂に到着。眼下に拡がる白銀の絶景を堪能しました。

子供達はというと、当初はユニバーサル・スタジオが無いとか文句を言い、
あまり気乗りしない風でしたが、いざ登り始めるとキャッキャキャッキャと
まるで猿のような素早い身のこなしで、嬉々として私より先に登頂。

その後、私。

最後に汗だくでメイクも流れ落ちた(それでもなお美しい)ママ達が苦笑混じりで到着となりました。
イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3


こうして、もののあはれもへったくれもあったもんじゃない文化遺産観光を無事終え
さくらんぼ畑の間を走るバスに揺られてホテルにチェックイン。
せっかくだし明日への英気を養おうと街にくり出し、山形牛の焼き肉に舌鼓を打ち
再びホテルに戻ると、疲れ果ててアッという間に眠りに落ちました。



大会当日は前述の通り、横浜北の道場生達の試合内容はパッとしませんでしたが
一般中量級決勝で実現した古巣鎌倉支部の児平と地元の期待を一身に背負った山形支部日野君の試合は
ワールドカップ出場権を賭けていることもあり、最終延長までもつれる白熱した熱戦となりました。
私も久しぶりに燃えたのですが、途中ふと見ると横浜北の道場生が
今まで会ったこともない児平に、私の後輩だという理由だけで
一生懸命声援を送ってくれていて、なんだかとても嬉しかったです。
こういうのって良いもんですね。

結局、児平は負けちゃいましたが、最後に素晴らしいものを見せてもらいました。
組手、地味過ぎるけど。



大会も無事終わり、さて会場を後にし帰路につこうかというところで
鎌倉支部の先輩である赤松さんが駅まで車で送ってくれるというので、甘えさせてもらいました。
車中では鎌倉支部時代のエピソードの数々を横浜北の道場生とママ達に披瀝したのですが
その内容の九割は野見山さんがいかに困った人物であったかということに終始しました。
私も、そしてたぶん赤松さんも野見山さんが大好きなんです。あんまり尊敬はしてないけど。

山形駅で赤松さんに手を振り、駅でお土産を購入。無事帰路についたのでした。

数々の貴重な経験を得られた良い大会に招待して下さった山形の伊藤支部長に改めて感謝申し上げます。

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