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平等とは?

「サッダンマ(正法)たるべきダンマは人間間の平等を弘めてゆかねばならない」
「人は生まれながらにして不平等である。ある者は壮健である者は病弱である。ある者はより知能に恵まれある者は劣っている。ある者はより能力があり、ある者は乏しい。ある者は裕福で、ある者は貧しい。総ての者はいうところの生存競争に加わらざるをえない。生存競争においてもし不平等が競争原理であれば弱者は常に追いつめられる。このような不平等原理が人生の法則として認められていいのだろうか。
 ある者は適者生存説を基にそれを主張する。だが、適者が社会的観点から視て善なのだろうか?これについて恐らく誰も積極的な答えはできないだろう。この疑問の故に宗教は平等を説くのである。何故なら、善なるものが適者でなくとも生存できるようにするのが平等性だからである。社会が真に必要とするのは善なるものであって適者ではないのだ。宗教が平等を唱えるのは正にこのためである。これがブッダの考えであり、その故にブッダは平等を説かない宗教は宗教たるに値しないといったのである。人を悲しませることで己の幸せを得たり、自らを、あるいは、自他双方を嘆かせることで他人に幸せを与えたりする行為を推奨する宗教を信じられるだろうか。自らの幸せをも願いつつ他の幸せを図り、抑圧を許すまいとする宗教の方が優れていると思わないだろうか。このことをブッダは平等に反対するバラモンたちに厳しく問いつづけた。ブッダの宗教は人間の良き性から湧き出た全き義なのだ。(ブッダとそのダンマ・B.R.アンベードカル師)


すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。(世界人権宣言第1条)


Engaged Buddhism=菩薩の道とは?

「自己の安心立命のためだけに引きこもるのでなく、同時に現代世界の状況そのものに深く関っていこうとする姿勢を持つ仏教実践、すなわち自己とかかわる一切とのつながりに気づき、そのかかわりを自己の生活そのものとして生きてゆかんとする仏教」(ティク・ナット・ハン師)

「おのれいまだわたらざるさきに、一切衆生をわたさんと発願し、いとなむ」
「自未得度先度他」(発菩提心の巻)

「仏いわく 〜行ずればすなわち証その中にあり〜 と、未だかって〜中略〜行ぜずして証を得る者を聞くことを得ず」
「修証一等」(学道用心集・道元禅師)

「戦争は最大の差別であり人権侵害である」(松本治一郎)


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