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D51が曳くのはいつも1,000トンです。 ですから、まともに発進しようとして加減レバーを引いても、機関車の動輪が 空転するばかりで、2軸なら40両、4軸ボギー貨車なら20両、連結の列車は動き 出しません。発進するとき機関士はまず、そろそろとバックして、連結器の遊び を押し縮めます。こうしますと連結器には前進に対して遊び(わずかなすきま) ができるのです。 最後尾までの連結器の遊びは極わずかですが、これがものをいいます。 発進です。鉄道用語に発進はないかもしれませんね。発車が正しいでしょう。機関 士は逆転器を回し前進モードにして加減レバーを静かに引きます。 貨車は前から1両ずつかたんかたんと順序良く曳き出され、荷重が分散されま すので動輪が空転することもなく発車することができるのです。 北海道は平坦線が多いので、走り出した列車は惰性でしばらく走ることができます。 その間に機関助手は、発車のとき使い果たしたボイラーの水を補給し、石炭をたきぐ ちから投炭して火力を強くし、大急ぎで蒸気を作らなければなりません。機関助手の 仕事はとても忙しくきびしかったということです。 これはものの本からの私の受け売りでございます。 画像は1982(昭和50)年9月 幌内線・三笠です
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あと、動輪の角度の問題もあったようです。
左右でクランクが90度違うのですが、まったく力のでない角度であると発進できない場合もあり、そのためにもわずかに後退したそうですね。
機関助士、ものすごい体力だったと思います。
自動給炭装置が無い場合、一日に2tから4tもの石炭を手で焚くわけですからね。
また、圧力計を見て、水面計を見て、後部確認もし、時にはこぼした石炭を掃除してと急がしかったようです。
2009/5/25(月) 午後 8:40
クランクに90度の位相差をつけても、回転力が弱い角度があったのですね。
2009/5/26(火) 午前 11:43
シゴッパチさん、お久しぶりです。待っていました♪
お元気だったのが何よりです。5月の終わり頃には?と…
D51ですか。懐かしいです。モクモクとあがる煙の匂いも
1両ずつかたんかたん。まさに其の通りです。引っぱられるように
だんだん加速されて行く。ホームに入る時の様子も鮮明です。
母はこの匂いが好きで子どもの頃列車のそばを走ったそうです。
その母もすでにこの世になく寂しいです。母の年を越えました。
2009/5/28(木) 午後 9:15
こんばんは♪
そのタネ本、ひょっとすると読んだかもしれません。羽越線方面か東海道線中間地点あたりのおハナシだったのでは?なんて♪
なんせ、ここのところ本を読んでも覚えるより忘れる速度がブッチギリで向上してきちゃいまして…
それより、【三笠】という駅名がすごいですね。これが幌内だったら失神していたかもしれません。
2009/6/4(木) 午後 11:33
急行まつしま さん、類書はたくさんございます。生理的健忘症は私のほうがひどいでしょう、たぶん。きにしない、きにしない。
ご訪問ありがとうございます。
2009/6/7(日) 午後 2:36
素晴らしいブログなのですね。
大変勉強になっています。
2009/9/9(水) 午後 11:17 [ 匿名 ]