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C11 325 号機の国鉄時代,最終所属は,米沢機関区だったようです。 1971(昭46)年3月,左沢で降る雪の中,ターンテーブルに乗っている同機の画像があります。 その画像は投稿してはおりませんが。 それから約2年後,米沢機関区を訪ねたとき,荒縄でクランクピンを養生し,グリースをたっぷり塗られた蒸気機関車の動輪を見かけましたので,カメラに収めておきました。 この画像がそれです。 動輪のボスに,ちいさい文字の刻印が。C11 325 と。 文字が小さいうえに,グリースが塗ってありますので,刻印は読めません。そのため,記事の迫力に欠けるのですが。 のちに真岡鉄道に輿入れすることになるカマとは,夢にも思いませんでした。 撮影・1973(昭48)年1月 米沢機関区
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無機質な金属の写真ですが、人間の暖かな営みが感じられますね。でも荒縄で補修して大丈夫だったんでしょうか?
2007/4/10(火) 午後 11:01 [ soybean ]
soybean さま,金属が摺り合わせ,おまけに大きな力がかかる部分ですから,打痕などがつかないように,比較的やわらかい荒縄で養生したのだと思います。
2007/4/11(水) 午後 3:32
昔、コンロッドを外して無火回送するとき等に荒縄で縛ってあったと言うのを何かで読んだ記憶があります。動体保存機との不思議な巡り合わせは感動的ですね。
2007/4/11(水) 午後 5:17
マッピー店長様,そうですねえ。ばらばら取材でも,同じカマで,そのうえ動態保存機だったという。刻印はオリジナルの印画紙をみますと,左側の荒縄に上部,富士山型の平面がありますがその麓に当たるところに C11 325 と,小さく水平に打ち込まれています。参考までに。
2007/4/11(水) 午後 5:52
凄いですね(^_^)
これも有りの時代ですかね
今は考えられないですけど、実にのどかな時代でしたねー
いいなぁこういうの
2016/11/2(水) 午後 2:10 [ 東中道 ]