東北地方の鉄道写真のブログ

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アメリカで見た鉄道

全米のとある専門技術者のコンベンションが,ロサンゼルスで開かれた。勤め先のボスに呼ばれ,その年はわたくしが参加を命じられた。

アメリカはクルマが発達した国だから,大まかなルートで,大陸を横断する鉄道はいくつか存在する。

ロサンゼルスのオルベラ街は,ロスのスペイン系の人達が住む街で,近くに大きな駅があることを知っていたが,行かずじまいに終わった。(オルベラ街については錯誤があるかも知れないことを断わっておきたい)              

私が見てきたアメリカの鉄道は,この画像これだけである。
イメージ 1

燃料の暴騰や,地球温暖化を抑えようとようやく行動の変換に移りはじめたアメリカは,鉄道建設を検討しているとのことである。日本の鉄道技術をおおいに取り入れてほしいものである。

信仰厚く公正を重んずるアメリカよ,エコノミックな鉄道もいいけれど,そのまえに,エチル燃料をトウモロコシから作るのを早急にやめ,新らたな原料を開発してほしい。

穀類生産量のバランスを破壊し,収穫前から穀類を売り買いしてマネーを動かしているおとこ達もいるそうだ。
穀類を車の燃料に消費するアメリカと,マネーの亡者が,世界の食料需給に大きな影響を与えている。
➀青森県黒石町の馬車 
イメージ 1

国鉄と運送会社の日本通運は,鉄道貨物輸送に密接な提携関係をもっていたのであろう。
全国のおもな国鉄駅で「貨物取扱い」が行なわれて,駅に寄り添うようにかならず日通の営業所が設けられていた。地方の小さな町ほど駅前の黄色い丸通の看板はよく目立った。日本の原風景である。

馬車は荷を荷主からあずかり,駅まで運ぶ重要な手段であった。
サラリ−マンにも手が届く値段で「カローラ」と「サニー」という国民車が売り出され,日本の道路交通事情や,観光・流通に大きな変革をもたらした時代で,馬に荷を引かせて運ぶ馬車は非常にめずらしくなっていた。唐突だが,世界の産業構造をきょう,いまからこの時代のレベルに戻したら,北極海の氷は何年か後にふたたび結氷のきざしを見せるかもしれないと,しきりに思う。

➁大湊線 陸奥横浜
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私はこの旅は「スターレット」の弟に相当する「パブリカ」という軽い車を転がしていた。車重800キログラム,とりあえず組み付けたようなサスペンションはピョンピョンとわずかだがしりを振り,つねにハンドル修正を強いられる楽しい車といえた。

前夜の宿泊地は八郎潟,その前は,岩手県の江釣子という小さな駅の空き地であった。江釣子は岩手山の北側を望める小さな村であったが,東北自動車道が通り,同名のICができた。
鉄道を撮るつもりでカメラを載せていたが,北上線を一枚も写していない。

大館,浪岡をへて黒石に立ち寄り,下北半島へ。
陸奥横浜で銭湯を見つけた。隣りの雑貨屋でタオルを買おうとしたら売ってくれなかったおばあちゃんの話は,前に投稿した。新しいタオルを買わなくても,銭湯には放置タオルがいっぱいあるから,それを使えというのだ。

陸奥横浜の駅では,農家のかみさんに「何してる」といわれ,汽車の写真と答えたら大笑いされた。鉄道は日常のもののひとつにまとめられ,めずらしいものではないのだ。遠慮がないひとである。こういう人は"どもなんね"である。


・1974(昭和49)年5月6日 ➀青森県黒石市 ➁大湊線 陸奥横浜(要確認)
            サクラカラー リバーサル

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恐竜と聞いた「スターダスト」

富山市の路面電車
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「新潟」から「名立谷浜」までだった北陸自動車道が「富山」かそれ以南のどこかまで延伸した頃,私は数年T市の科学博物館に赴き,休館日を利用して,一連の専門的な作業にたずさわっていた。

休館日は,その作業のために設定されていたというのが正しいかもしれない。
3日間のその作業は,毎日夜8時まで待機している必要があった。

博物館は17時が閉館である。休館日もタイマーは作動して館内に閉館を知らせるメロデイを流す。ハリー・ジェームスの伸びやかなトランペットで「スターダスト」。

1階エントランスには巨大な恐竜の骨格が展示されて,暮れなずむ空に巨大なシルエットを描いていたが,そのたたずまいは,彼もスターダストにじっと聞きいっているように見えた。


撮影・1989(平成1)年7月 富山市    ニコンFE2 28mm コダクローム ISO 100
あれは手宮鉄道の名残りだったのだろうか・・。

現代の歌枕,小樽駅と
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明治の開拓精神を思わせる,格調高い造りの銀行街のあいだに敷かれている
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ひと筋のレールは
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義経号と弁慶号が往来した,「手宮鉄道」の名残りなのであろうか。

旅のスナップに添付しておいたANAの搭乗券は Year 表示がない。その頃の日記を見たら,グループ旅行で小樽を訪ねたのは1996(平成8)年の5月だった。

このレールが北海道の石炭史に名高い,小樽港と幌内炭鉱を結んでいた鉄道で,訪れたかった小樽築港機関区に通じる蒸気機関車の道でもあったのだろうか。 

☆2番目の画像をノーマルに撮れば
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長井線・荒砥 転車台

長井線「荒砥」にありました転車台です。

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撮影・1972(昭和47)年6月 長井線 荒砥

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