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仙台―新潟間をキハ58系臨時急行「おもいでの急行あがの」が走りました。 キハ58はエンジンを2基そなえており,優しい顔かたちながら,頼りになるちからもち。勾配区間が多い山線などで活躍しました。 同じ仲間の,エンジン1基だけのがキハ28といい,58ときょうだいです。28では少しパワーが不足な区間には,58を組み込んでパワーをアップするなどの使われかたをしました。 1961年に登場し,1980年台まで全国で活躍した急行型気動車です。 画像の背景がいつも同じで,あいすみません。 08年12月6日 キハ58系 9112D 東北本線 福島―南福島
Panasonic FZ18 35mm equiv.28-504mm |
気動車
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気動車を集めています。
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ひたむきだった。 私は,当時ようやくなじまれ始めた,新しいビジネスの専門技術者だった。 しごとは興味深く,サービスエリアを目一杯持たされて,東奔西走していたが,単独で行動するところが,自由で楽しかった。 画像は,仕事の途中に撮った1980年ごろの烏山線「小塙」を通過する,・・たぶんキハ40である。
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気動車とキューロク単機回送の交換風景。米坂線・西米沢だったと思う。 気動車は,Wikipediaのページで参照すると,どう見てもキハ20系の顔だ。宇津峠の山越えを考えると,画像はキハ52であろう(憶測です)。 もし,そうだとすると,後期型100番台の登場は1962年とのことだから,画像は誕生して10年目のキハ52の姿である。 2007年,水郡線に使われていたキハ110系を転用して,JR東日本の老朽化したキハ20系は置き換えが進められて来たが,新潟地区のキハ52,7両は線区の状況にマッチした後継車輌がいまのところ見当たらないので,当分の間,引き続き使用される見込みと,フリー百科は述べている。 蒸気機関車 29668 番は,出あいがまれなカマだった。 よく出あったのは 29622 番。このカマは米坂線無煙化のあと北海道に渡り,岩見沢機関区に所属(未確認),幌内線で活躍したという。わたしが,本邦最後の蒸気機関車が残っていた室蘭本線と,「三笠」「幌内」を訪ねた昭和50年9月,彼は,わたしのどこか,すぐ近くにいたのだ。 1971(昭和46)年4月 米坂線 西米沢 ☆画像の気動車は,さまざまな特徴からキハ55であることにしました。ご教唆くださいましたブロガーさん,ありがとうございます。 水平線に対して画像が,傾いていますが,画像処理ソフトを誤って削除してしまいました。補正ができませんでした。
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もと「南三陸号」に使用されていましたキハ58,国鉄修学旅行色2両が 「会津若松」「只見」間に運転されます。「只見雪まつり」です。 すみかの小牛田車輌センターから出動。会津若松へ回送中。 シャッター,早すぎもせず,遅すぎもせず。 撮影・2008年2月8日 10:53 福島−南福島 須川鉄道橋
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1月29日,米坂線訪問の記事は,きょうでおしまい。ご退屈さま。 「つばさ 122」です。これに乗って福島に帰ります。 オールドファッションのキハたち。有難う。また会おう! 米沢駅の車輌センターと言うのでしょうか。出番を待つキハ群.右 奥に見える5番ホームには1135D(キハ28 2371+キハ58 1022)が発車 時刻を待っています。 給油しているキハ52 121。 ラストの1枚,どれにしようかな。400系搭乗記念に,もうこんなも のしか残っていないのです。 撮影・2008年1月29日 米坂線 米沢 Nikon F100 Zoom-Nikor 28−105mmf3.5-f4.5D(IF)
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