東北地方の鉄道写真のブログ

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板谷峠・山形線

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山形線 庭坂駅で

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朝日新聞にこんなことが載っていました。

「静岡空港阻む立ち木 高さ想定外,滑走路短縮」

つまり,来年3月開港予定の静岡空港が,滑走路の西端に航空法に定めた高さを超える立ち木があることがわかって,持ち主が伐採等を拒否しているため,滑走路を短くする。
滑走路を短縮すれば,立ち木がある場所の高さ制限は緩和される。短縮には,航空灯火の追加工事が必要となり,完成検査は遅れる見込み。開港も遅れる可能性があるという。
立ち木が見逃されてきた原因は,調査に誤差があった可能性が指摘されているが,県は訴訟を理由に説明を拒否している。

興味を惹くのは,知事が,定例記者会見で「木が成長して伸びた」と説明したそうである。

樹木は休みなく成長している。たとえば,裏磐梯高原である。
磐梯山が自分の体躯を1/3ほど吹き飛ばして水蒸気爆発を起こしたのは,明治時代,1888年のことで,噴火の歴史は浅い。このとき,谷がせき止められて桧原湖ができ,噴火のあと,いまの裏磐梯高原となる磐梯山の北東一帯はは岩と土石ばかりの荒地となった。

このままではいけないと考えた篤志家がおられて,高原に樹木の苗を植えた。
私たちがキャンプファイヤーのまわりに集い,青春したころの磐梯山は,水蒸気爆発で吹き飛ばした,自分の荒々しい山容を悪びれもせず見せていたが,それから40年あまり,その樹木が成長し,山はそれにかくされてしまったようだ。いま磐梯山を背景に記念写真を撮ろうとすると,いい場所は限られてきているのではないだろうか。

鉄道のかつての名撮影地もおなじ。鉄道が,樹木の枝が視界をさえぎるようになり,撮影に適さなくなった場所が増えつつある。

静岡空港の障害物の見落としは,調査手順の手落ちであろう。ヒューマン・エラー。ヒコーキなら大事故になっていよう。
「近くに将来,障害物となりうる樹木等があるか」。調査のマニュアルに,このような項目があったか。しかしなによりもかによりも,このような初歩的なミス防止に重要なのは,セクションの長の資質だ。想像力,洞察力が豊かなほど良い結果を生むだろう
現場の状況を充分に把握し,作業手順のイメージトレーニングを繰り返し,自分なりの作業計画をもつ。スタッフが策定した作業計画と照らし合わせ,スタッフの計画に遺漏があれば適切に助言する。

それにしても,木の成長は思っていたより早いもののようである。



画像 2008年10月21日 山形線 庭坂駅
   特急「つばさ」 400系  普通列車 719系500番台
   コスモス        Panasonic FZ18 35mm equiv.28-504mm
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「若葉もみじ」という題名で,まえに山形新幹線を紹介しました。背景を紅葉に替えたらどうだろうか,と,心安い隣人Kさんに車を出してもらって,同じところに行きました。

紅葉には,ちょっと早すぎました。カモシカが棲む,谷あいの線路を見下ろす林道。数年経過しただけながら,不法投棄された建築廃材のあいだから,場違いにセイタカアワダチソウが生え,様相は一変しておりました。

たぶん,いまの所がそうみたいだけどなぁ,などといいながら通り過ぎ,結局
そこが正解。すこし戻る。モヤがかかって気になりますけれど,それもまたよし。数カットを撮って帰りました。

この山形線は,400系,E3系で「つばさ」,各駅停車列車に719系の500番台が走りますが,いまの電車はすばらしいですねぇ。急勾配の登り坂でもギヤの歯面から発生する音など,騒音が出ません。モーターが軽く唸っているだけです。

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Kさんもカメラをやった。とおっしゃるので,200mmのレンズをつけて銀塩カメラを使ってもらいました。
ピントの合わせかた,わかりますね。
ウンわかってる。

撮影を終わってカメラを受け取ったとき,レンズが近距離位置に繰り出されているのに気がつきましたが・・。

いつも無理を聞いてくれる,いつものフォトショップで。
シゴッパチさーん,全部ぼやけてますが,プリントしますかぁ?

このくらいピントをはずすと,なんでも作品になるんじゃあないかなぁ。


撮影・2008年10月19日 山形線 庭坂―赤岩 大平林道

""" 山形新幹線 峠駅 """

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""" やくそく """

人はさまざまな約束をする。

約束は,楽しい約束がいいね。





画像 いずれも
   2008年10月17日 奥羽本線・峠駅 400系「つばさ」
   ニコンF3 ニッコール20mm F3.5 Venus ISO400 オート


奥羽本線はいまは山形線とも呼ばれます。山形新幹線が運転されている区間を言うのでしょうか。ははーん,やはりそうのようです。福島―新庄間の愛称と,時刻表にありました。

板谷駅と,隣り駅の峠は駅全体に屋根がかけられています。次の大沢もそうかもしれません。その名はスノーシェッド。冬季の防雪施設ですが,単なる雪除けではなくて,ほんらいは,山から雪崩れた雪を屋根伝いにそのまま滑らせ,安全な場所で投げ落とす働きを持たせたものをそのように呼ぶそうです。ですから鉄道ばかりでなく,道路にもスノーシェッドはあるわけです。

峠の名物力餅(ちからモチ)は山形県,とくに米沢地方の人たちに(と,聞きました),汽車旅の土産品として絶対の人気があり,今でも三代目が駅で立ち売りをしているのには驚きました。峠に停車する普通列車は一日5往復。せいぜい45秒の停車時間の商売です。いまは米沢で「つばさ」に積み込んで車内販売をしています。二代目は素晴らしいテノールの持ち主で,客車列車だったころ,スイッチバック前後の客扱いの3分間,美声を張り上げて走り走り売りまくっていました。この売り声をデンスケで採って録音テープを大切に持っていたので,持参して約30年ぶりに売り声を聞いてもらいましたら,それはお嫁さんをもらったばかりのころで,初代夫妻,つまり両親の売り声も入っているといって懐かしんでくれました。

峠駅はトンネルの出入り口があって,そこから,もとのスイッチバックの引込み線があったところまで構内約200メートルほどが,このようにシェッドで覆われています。ホームの一方はトンネルに迫っていて,列車が接近しますと,出口からボワーッと風が押し出されてきますので,上りか,下りか,わかる仕掛けになっております。ハイ。

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赤岩の駅から山道をしばらく登ると,戦後,農地を切り開き,再出発を目指す方々のいわゆる開拓地がありました。30戸ほどの規模だったようです。私の記憶です。戸数は未確認です。
集落には小学校の分校がありました。

駅舎は国鉄の標準的な設計で,本屋のほかに保線区の詰め所のような小さい建物も何棟か。
改札口からホームに行く通路に,沢からひいた湧き水を流しっぱなしの水場があって,バケツにヤマブキが一輪放り込んであったりして・・。その水で淹れたたおいしいお茶をたびたびご馳走になったものです。

待合室は少年マガジン,チャンピオンなどの漫画雑誌がずらりとならび,訪れたファンからのディーゼル特急などの写真がかなりの待遇でかざられ,のどかで温かな,いい駅でした。

赤岩,板谷,峠,大沢。奥羽本線といえば,4駅連続のスイッチバック有名でした。
通り過ぎる車輌はディーゼル特急,電車特急,電車急行と移り変わり,山形新幹線が営業を始めると同時に各停も電車化され,旧型客車列車は全廃されました。

使われなくなったスイッチバック。いまはどうなっているのでしょう。

撮影・昭56(1981)-2 奥羽本線・赤岩



この赤い機関車と一緒に写っていますお嬢さんたち,ならびにかかわりのある方々に。
1981年の2月にわたくしは赤岩駅でこのショットを撮影しました。画像は大切に保管しておりましたが,ブログというものができまして,フィルムが駅周辺の歴史を語る貴重な資料ではないだろうかと考え,このようにブログアップさせていただいております。
約25年前に撮らせていただいた画像でございます。思い出のひとこまとして笑い納めてくださいますようお願い申し上げます。
                  このブログの管理人 シゴッパチ

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