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こんにちは☆
久々の更新になってしまいましたw 5月下旬まで鈍行ペースになる予定です-_-b 鈍行ペースと書いておいて 今回は旧客でもなく 特急雷鳥デス^^; でわ 特急列車の長大編成とは 今は過去の栄光か幻か。 富山方←6号車サシ481+5号車サロ481+4号車サロ481→大阪方 12連のトッキューが毎日 北陸路を行き交う時代。 また見てみたかった この当時の列番はややこしいですf^_^;) 手前と後ろのサロはAU13とAU12とでクーラー形状が違っていて、サシのAU12キノコクーラーとでキノコ連続になっていました☆ 手前のサロはサロ481-107で、この2年後にカヌへと転属。 さらにその11年後に3000番台化改造される事になる車体です。 ←左からサシ481-36+サロ481-48+サロ481-107→ 日本食堂や帝国食堂(ホテル)、鉄道弘済会などいろんなクルーが食堂車に乗り込んで温かい食事を提供してくれていました。 流れゆく車窓からの食事は やはり格別でしたが、雷鳥などに食堂車があった頃は終盤でも当方中学生の頃。 おじいちゃんのお供でしたら、かなり良い(高価な)料理を食堂車で吟味する事ができましたが、ガキが一人だけでは、最上級でサンドイッチでしたσ^_^; 一番最後にサシ481で食事したのは、福岡からの帰りに米原で乗継した特急しらさぎで食事したミックスサンドとミルクシェイキだったと記憶してます☆ その時ではありませんが、ハッキリ覚えているエピソードは、食堂車に入ったのが、小松を過ぎてからで(混んでいた)、あれよと言う間に松任通過、やがて犀川鉄橋を渡る音が聞こえだし、大慌てで残りのサンドイッチを詰め込んだところで金沢到着〜!。。。(富山行しらさぎ) と、いう思い出があります ^^;汗 1984.10.21 金沢駅にて。 画像はPC画面を写メる |
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サロが2両にサシが1両…まさに古きよき時代の、いかにも特急然とした貫禄に満ち満ちた姿ですね
私のような人間は、もはや写真でしか見たことがありませんが…
かつて、地元を走っていたDCくろしおも相当豪華な編成だったことは書籍からしか読み取れませんし…
このまま、食堂車は完全消滅かと思っていたなか、昨今のしまかぜやおれんじ食堂のような車両が登場したことを嬉しく感じています
2013/6/4(火) 午後 9:04 [ よっちゃん ]
>よっちゃん様
コメありがとぅございます♬
遅くなりすみませんw
時代背景や人件コストの関係もありましたが、そのように近年見直されてきた感が嬉しいですね♪
2013/7/20(土) 午後 3:25
私は図書館で雷鳥の食堂車の事を調べて見ました
メニューはハンバーグ定食と能登定食と判明しました
2019/1/10(木) 午後 9:05 [ tatsu3113 ]