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あの日の国鉄〜Days☆44
こんばんは☆ 今回の繁盛期の目玉のひとつだった583系臨時あけぼのの運行も無事終了だったようで、続々上がるブログ記事や動画を酒の肴に♪ しかし、JR東は国鉄型国鉄色車両の起用法が旨いね(^-^) 車体に青色があるんで、青魚にもかけてミマシタ♪ でわ、便乗して☆彡 いゃ、臨ぼのにマル便も乗車も撮影もしてませんがー でわ♪ もちろん代走営業中の白鳥では無いのが残念ですが(^_^;) 急行きたぐにが、14系PCから583系ECに変わって暫くしたある日。 反対側ホームからバルブ撃ちした後に車体番号をメモして入線ホームを歩いていた時に発見しました♪ 幕機故障なのか乗客のいたずらっ子鉄のシワザなのかわかりませんが、最初コレを見た瞬間に同行者と『おっ!白鳥、(幕に)入っとるんや!!』と同時に大声で叫んだのを覚えています(^^; この撮影当時の特急白鳥は、盛アオ485系から向日町の485に運用移管されたダイヤ改正時の頃なので、583系の幕を更新した際に、不意の備えとして白鳥幕も印刷しておいたようです☆ 向日町の583が白鳥を代走した事は実際にあって、JR化後ですが1998年1月29日の大阪発と翌日の青森発に583系の10連が充当されていました。 (RF誌445号PST参照) ただ、この時はスデに国鉄色では無く、現在のきたぐに塗装で、しかも前幕と横幕は【白無地 】だったようです。 幕的には、代走時期からするとナインドリーム甲子園やシュプールやシャレー軽井沢などが印刷されている頃だと思うので、さすがに上の写真の白鳥と13年も離れてるので、この白鳥横幕はとっくに消滅していたのかと思われます。 ムコ車での583系国鉄色の白鳥代走が実現していなければ、これは幻という事になるのかな☆ 1985.4.21 金沢駅にて。 画像は写真を写メる |
あの日の国鉄
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あの日の国鉄〜Days☆43
こんにちは♪ 前回記事に鉄橋を渡るEF81牽引の青ワムを掲載しましたが、今回はその同じ鉄橋の28年前のシーンでDD13牽引貨物です☆ 世代によって、懐かしいなぁ〜と思う方や、逆に新鮮だと思う方もおいでるかもしれませんね♪ では☆ これは金沢運転所⇔松任工場を往復していた配給列車で、工場休日以外の毎日運転していました。 センターキャブの小柄な姿が愛嬌ありますね♪ 列番は少し変わりながらも近年までこの配給専用スジが残っていて、このDD13が引退後はDE10へ、そしてEF81やEF510までが担当してきました。 また、2008年10月終わりから2009年2月まで貸出出張で富山機関区に来ていた門司機関区のあのEF81 301号機もこの配給仕業に就ていて話題になりました☆ DD13の仕事場は貨物ヤードや所区などが主でしたが、支線や本線へ出ての客車や貨物牽引をしていた地域もありました。 やがてDE10,11へと世代交代されて国鉄からJR化へと移行された際に全機廃車となり、地方鉄道線や臨海鉄道線へと一部が譲渡されたりして生き残る釜もありました☆ 帰り道は、部品を積んだ松任工場と書かれた白帯入りの茶ワムや検査出場の貨車を引き受けて戻って来ます☆ 648号機にとっては羽根を伸ばせる唯一の楽しい時間だったようです(^_^) DD13 648 1967.3.18生まれ 汽車会社 【高】(富山第一/高岡支区)→【富一】→【金】 1986.3.31付 廃車 金沢〜西金沢にて。 画像は全て写真を写メる |
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あの日の国鉄〜Days☆42
こんにちは♪ 秋らしい晴天が続いてますが、秋らしいものと言えばコスモスやモミジやススキ。 ん〜今回はススキに絡ますと良さげな色にしましょう☆ では♪ 26年も前の秋も終わりな頃、それまで生い茂っていたススキたちも幾分間引かれたような景色でした。 陽も陰り肌寒い新疋田の大カーブ界隈。 そこへ暖色系のオレンジなこの方がツカして行きました。 金ツル キハ40かキハ48 前撃ちはピントリングに失敗したようで?あきらめたのか撮ってませんでした。 せめてケツ撮りを、と思い構え直すも目の前にススキが居たので、とっさにススキにピンを合わせた記憶が少しありますf^_^;) ま、このアングル位置に居るという事は他の上り列車を待っていたら後ろから来たので、ちょい横移動しただけで適当に撮ったて感じが見え隠れしてますが(^^;;笑 小浜線の間合い運用のようで、この架線下を行く気動車を見られたのも、小浜線が直流電化された2003年までだったのか定かじゃありませんが、JR化の1987年3月改正時刻表にはまだ設定されていました。 側面が写ってなくてタラコが両運か片運か記憶もビミョーですが、これがもしキハ40だったなら、この後のJR化後に金タオに転属となるので、もしかしたら後々のハットリ君仕様車の素な姿の頃だったかもです☆ 1986.11.30 新疋田〜敦賀にて。 画像は写真を写メる |
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あの日の国鉄〜Days☆41
こんにちは♪ 昨日の、いすみ鉄道社長ブログに掲載されていましたが、元 高岡色のキハ28 2346が鮮やかな国鉄急行色に復活し蘇っていました♪ ツヤツヤピカピカな国鉄色見事な綺麗さでした☆ 先週それらしき姿が松任工の検修庫窓からチラッと上部だけ見えたのですが、暗がりな位置だったので489系クハの国鉄色の方かイマイチ判別がつかず、それ以上確認できませんでしたが、時期的にもそれはキハの国鉄色だったようです☆ 文章を読むと、最終的な整備をしている(スデに完了しているかも)ようなので、間もなく北陸を旅立ち千葉に乙輸送される日も近いようですね♪ キハ28 2346の第二の活躍が間もなく☆ モケットも国鉄時代の懐かしい青紺に張り替えられている姿が掲載されていました。 当方が学生の頃よくキハ28/58などに乗ってた時は、この青紺のモケットしかありませんでしたが、またこの色のモケットにゆっくり座ってみたくなりました♪ 今回はそんな国鉄時代のニッパゴッパで急行能登路です☆ 4+2の6連 顔が黒焦げですが(^^;; この能登路4号は、能登線珠洲駅を424D普通列車として4連で出発した列車と、七尾線輪島駅を338D普通列車として出発した列車が穴水駅で併結して6連となり、列番も304Dと変え急行能登路4号として金沢を目指します☆ 今は、その珠洲や蛸島、そして輪島への鉄路が両方とも途絶えてしまいましたが・・。 わかり難いですが、前4両の行き先サボが紺色ホーロー板、後ろ2両が白色ホーロー板と編成で分かれていました。 能登の実りの穂を横に見て大カーブを能登路が駆けてきました♪ 真夏の暑い日でしたが、風通りが良くて爽やかだったのを覚えています☆ そして。 (画像はiPhone側で顔に露出を調整したので、サイドが飛んでますが) カントで頭を傾げながら304Dはツカして行きました☆ 惰性区間でダイナミックなエンジンサウンドはほぼ皆無だったですが、今となれば迫力の国鉄急行色の6連シーンだったかと思います♪ 千葉に行くキハ28 2346もいずれキハ52とタッグを組んで、そして迫力を見せてくれる日が楽しみですね☆ 1985.8.11 西岸〜能登中島にて。 画像は全て写真を写メる |
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あの日の国鉄〜Days☆40
こんばんは☆ 今日は8月31日ですが、ガキの頃は夏休みの最終日。 まだ終えて無い宿題(特に読書感想文w)に切羽詰まった思い出が(^^;; 地域によって違いますが、今の世代の義務教育の子達は、この8月31日が夏休み最終日とは限らないようですが・・。 今回は真夏の思い出となった撃沈写真をf^_^;) でわ☆ 南シナ 14系ハザ 8B EF65PF 釜番不明 中坊だった頃、遠征用にと友人の兄に借りたX2エクステを当時の愛機CanonAE1-P装着し無謀にも600ミリでサイドから責めるも、ピン甘&SS不足のダブルプレーにて撃沈w なぜ撃沈したのか、それはこの日サロンエクスプレス踊り子の運転設定が無い日だったので、この14系の臨時踊り子にEF58 61号機が充当される可能性が高いと、大いに期待していたからでした(^^;; 現代のように携帯やPCと言ったリアルタイムな情報ツールは何も無い時代、ウヤ情はありましたが、当時はあまり精度が(ry 苦笑 でも、そんな行き当たりバッタリが、今思うと凄く楽しかったかもですf^_^;) PCのチカラで少しばかりですが見れる絵に復活できましたが、釜番は判読不可能でしたw ヒジョーに判り難くいですが、(いずれも踊り子が判別できませんが)PFの顔にカンが付いている事とハフのテールマークに白では無く色がある事が若干判るかもです(^^;; この当時は、名門東京機関区が書類上、釜未配置に。 札的には、【新】の新鶴見になりますが、事実上の釜運用は東京機関区駐機扱いでこなしていました。 なので、釜番は不明ながら【東】生え抜きのPF1096〜1116号機のどれかの姿になるのですが(^^; そして、JR化移行のために次は【田】を付けた、元東京機関区のPF達でした。 この撃沈は、当然フィルム時代のため金沢に帰った後日に発覚するのですが、26年も経てば今では、この青い海バックに思い出の詰まった一コマになってます♪ この時の撮影メンバーは幼なじみの鉄3人ででしたが、極稀に集まるとコレは酒の肴になってます(^^;笑 1986.8.10 根府川〜真鶴にて。 画像はPC画面を写メる |





