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こんにちは♪
前回は米子鉄道管理局のJT車ふれあいSUN-INの登場時の姿を出アップしたので、今回は同じ中国地区のJT車で広島鉄道管理局が送り出した20系ホリデーパルの登場時オリジナルの姿です☆彡 当時の姿を3+2枚でまとめました。 でわ♪ 1984年7月に幡生工改造によりホリデーパルは誕生してきましたが、当時JT車と言えばPCでは12系と14系が主だったので、20系を改造したといぅ珍しい存在でした☆ しかし塗装はそのままブルーで登場でした。 サワウに入って来て留置されたシーンです♪ 清掃ホームまでは敦賀機区駐機のEF81 116か126だったかが牽引、推進でデーテンに押し込まれて落ち着いたなりのホリデーパル8B編成。 写っている車両全てを説明すると、 右からホリデーパルのカヤ21 9(7の代用)+ナハネ20 702+701+703+オハ14 701(ロビーカー)+ナハネ20 705。 オハ12サワ波動車。 ミハ14系ハザ7B。(団体)。 クハ455車番不明。 クハ489 503(ヨ。白山)。 クハ455 302(元クハ165-140)。 (中) 横から見た図を。 今思うと錚々たる車両メンバーだった♪ ちなみに、赤クハの302番車は大宮工で165系から改造されて、迎えに来た475系伴車たちと共に東海道本線経由にて爆走回送してサワウに到着した直後日で、まだローカル運用に入ってない時です。 (下) ナハネフ22 701 側面は撮ってあったのですが、丸顔をなぜか撮ってませんでしたw たぶん、車止めギリギリの位置だったので標準50mmレンズでは収まり切れなくて諦めたのかと思います。 ホリデーパルの愛称幕は、オリジナルの行き先幕の位置に表示でした。 そして、本来の愛称幕位置には、『あさかぜ 』の文字が上部分だけ見えてました。 ホリデーパルとして団体列車以外の運用で、臨時あさかぜの運用があったようですね☆彡 そして、 オハ14 701 改造デビューしてまだ11ヶ月の頃☆ あの南シナのオシ14 1トップナンバーをロビーカーに改造して当時ただただ驚きました! この頃、寝台特急はやぶさに登場したロビーカーみたいな派手めな外観装飾は無くて、パッと見はオリジナルの食堂車にしか見えませんでした☆彡 (下) その形式を。 近くで見てみると【 ハ,7,0】は新調品の切り文字で、あとはオリジナル時代からの切り文字でした☆ この写真の4年半後に、塗装変更となったホリデーパルですが、当方は88年から97年秋まで非鉄期間に陥ったため、白ベース塗装のホリデーパルは一度も目にする事は出来ませんでした。ですので、ホリデーパルと聞くとこのブルー時代しか思い描けません(^^;; 1985.6.6 サワウ内にて。 画像は全て写真を写メる |
旧型JT(国鉄時代)
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こんばんは☆彡
今宵はJT書庫で深夜進行です☆彡 今回は米子鉄道管理局が1986年春にデビューさせた 気動車ジョイフルトレイン 『ふれあいSUN-IN』です♪ 北陸地区初登場の時か2,3回目の頃だったかと思います☆ まだ、2編成目の『ほのぼのSUN-IN』が落成する以前で、ノーマルグリーン車のキロ28を増結して4連でやって来た時のシーンです。 本来の2号車である中間車のキロ29 503は、(写真では前から3両目)当然まだ中央部の窓がノーマル形状に戻される前なので連続大窓サロン仕様になっています。 左から キロ59 506+キロ28国鉄色(車番不明)+キロ29 503+キロ59 505 走行写真は、往復共に授業中の運転時間だったらしく、サワウに停泊留置中の姿だけ撮ってありました。 SUN-INのロゴが大胆で爽快でした♪ 漢字では山陰で『陰』になりますが、こうした英記だと逆に『陽が当たる』と、なりますね。 なんかおもしろいです♪ 細呂木首カックン辺りで撃ってみたかったなこの4連わ(^^; 現在は後藤総合車両所と呼ばれてますが、まだ米子機関区と言ったほうがピンとくる世代デス(^^;; 中間キロ29以外の両端車はちゃんと貫通扉にヘッドマーク表示窓が設置されてましたね。 種別窓は白幕時代☆ 当方的には車番506と言うことで、誕生日と同じ数字になるので少々親近感が♪ さすがに乗ったことはありませんがf^_^;) 1986.5〜7月 詳細日失念 サワウにて。 画像は全て写真を写メる |
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こんばんわ☆
今日は2012年12月12日 12がたくさん並ぶ日ですね♪ 笑っていいとも!では放送中に12時12分12秒を迎えると言うコトで、特別企画【2012年12月12日12時12分12秒を祝う】と称して、出演者と観覧者で記念撮影をしていました☆ そしてもう一つ今日は、【今年の漢字】の発表でした。 京都は清水寺で行う、漢字一文字で表す毎年恒例のアレです☆ 2012年の漢字は『金』に決まりました☆ ミヤネ屋で中継を見てたんですが、森 清範貫主の書かれるその文字があまりにも達筆すぎて、宮根氏も含め出演者全員わからなかったといぅハプニングがありましたがf^_^;) みなさんの【今年の漢字】は何でしょうか? 当方的には、寝台特急日本海が定期運転廃止、489系H-01編成も映画ロケ撮影運転をもって運用離脱し7両が解体、最後の419系が陸送にて伏木へ運ばれる、JR貨物のEF81がまさかの改悪番される。 という事もあって、 やはり『寂』になりますね。。。 これらによって、自身の出撃率が大幅減便にもなってしまいましたし(-。-; さて、気を取り直しまして今回は12にちなんで コレです♪ デビューして丸一年後の姿です☆ 名古屋鉄道管理局が12系を和式化改造し、1983年に名古屋工場施工により誕生した両端に開放展望デッキ付きの和式編成でした☆ 当時の12系改車には珍しく、立派な展望車があるにもかかわらず意外にもなぜか『愛称』がこの編成には付け与えられなくて、仕方ないので当時から【ナコ座】や【ナコ展】と呼ぶしかありませんでした(^^;; 写真は富山方面から団体客を乗せて名古屋方面へ帰る時の姿で、手前6号車『三河』のスロフ12 916(元スハフ12 89)の姿です☆ この牽引機はEF81 41号機【富ニ】で九州で402号機に改造される前のオリジナルの姿でした。 (当方ブログの書庫EF81データーの39〜49号機)にそのシーンを掲載してあります♪ 展望廻りにはクリーム12号ではなくステンレス帯が貼られ、豪華なイメージを演出していました☆ やや大型のヘッドマークには、名古屋城の【金のシャチホコ】を模したデザインのイラストに、白字でお座敷列車と描かれていました。 今日は【12】と【金】と言うコトで、列車をナコ展にしてみました♪ 1984.3.18 金沢駅にて。 画像は写真を写メる |
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【サロンエクスプレス東京 14系改欧風】
9月になりました☆ 伝票の日付け欄に思わず8と記入しそうになりましたf^_^;) さて、27年前の今日9月1日は金沢に西からユーロライナーが、東からサロンエクスプレス東京が夕方のほぼ同じ時間帯に到着して、両者がサワウで顔を合わすといぅサプライズがあった日でした♪ この書庫の前回記事からの続きです EF81 129牽引のユーロ入区回送を迎撃して、程よく反対方面からはサロンエクスプレスがやって来ます☆ 引っ張って来たのはー (上)釜+スロフ14 702 (下)金沢駅に進入するシーン スロフ14 701〜 当時の移動手段チャリ機では、ユーロ発車からサロンエクスプレス到着までに移動してしまうと、撮れなくなる事から待機しました。 しかし、この場所は上り側の先頭からの編成撮りは障害物で撮れないので、妥協してこのツカ中のシーンとケツ撮りだけを撃ちました☆ そして撮影計画では、この後にサワウへ入って来るサロンエクスプレスの入区の前にユーロライナーの車内を見学させて貰い、回入サロンエクスプレスの到着を待つと言う慌ただしいもの(^^;; そのため前日にサワウへ行って見学の事前申請を済ませていました☆ 近くと言えどもチャリ機を激コギしサワウに到着。 申請どおりの数の黄色のJNRヘルメットと、今回所内を付き添って頂く職員さんがスデに待機されていました☆ さすがの国鉄時代デス(^^; そして、ユーロ車内を編成全て案内された頃に、『そろそろシナ客が入線する時間になるょ』と教えていただき車外へ。 さすがに、操線ホーム上では危険なので横位置に案内され入線シーンを撮りました☆ 金沢駅で機回しして、そのまま127号機が牽引して来ました☆ 停車した瞬間です。 この後、127号機は切り離されスロフ14 701が再び顔を出しました♪ 横には明朝の白山2号となる489系貫通扉の200番代側や、まだオリジナル国鉄色時代のクモハ475もいます☆ この当時、127号機のナンバーは白く塗られていましたが、元 酒田機関区所属だった釜は全機そうだったかもです? 127号機と言えば一時、着雪防止塗装の黒スカート化になった試験時期もありましたね☆ そして、サロンエクスプレスとユーロライナーの横並び(厳密には他車両を挟んで)が現れましたので、横位置と乙丸陸橋上から撮りました♪ その様子は、画像が二枚しかiPhoneからは貼れないので、また次回のこの書庫で☆ 1985.9.1 東金沢〜金沢 サワウ内にて。 画像は全て写真を写メる |
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【ユーロライナー 名ナコ
12系欧風】 前回記事のEF81 729号機(129号機)つながりで、今回は国鉄時代の姿を☆ ユーロライナーを従えてサワウに入所するシーンと、休憩するユーロライナーの姿です☆ ユーロライナーはデビューしてまだたった8日目のピカピカな姿で、北陸初登場の日でした☆ でわ、さっそく♪ +名ナコ12系改 6B 金沢駅で団体客を降ろしサワウに回送入所するユーロライナー、本線からポイント転線で折り曲がって5両編成に見えますが、オロ12 705のみ減車の6両編成です。 129号機は全てオリジナルの姿ですが、現在は番号が変わったり小変化したりしましたが、この時同様にローズピンクひと塗りが救われます☆ これでユーロのヘッドマーク装着だったら最高だったですが、このデビュー当時の初期ユロ釜は稲沢機区のEF64 66とDD51 592の二機のみ、デビュー間際もありヘッドマークはまだ他機区釜へは門外不出だったのかな? そぅいえば、TOMIXからユーロライナーが発売された時に予約して購入しましたが、釜は原色のDD51を自家塗装して牽かせてました(^^;; そして、この日はもぅひとつ大きな来訪JTが♪ なんと、この数十分後に反対方面から今度は南シナのサロンエクスプレス東京が長岡の127号機に繋がれて登場するといぅスペシャルな出来事も!! そのサロンエクスプレスをこの場所で迎撃してから、ユーロライナーのいるサワウへ向かいました♪ (そのサロンエクスプレスのシーンは今後またアップします) そしてサワウで見学手続きをして、ユーロライナーのもとへ☆ 間近で見るとさらにピカピカ さすがデビューして8日の新車♪ホースも綺麗で感動しました。 展望窓横上部には小型のJNRステンレス文字も見えています☆ この後、サロンエクスプレス回送入所まで少し時間があるとの事でしたのでユーロの車内を見学させて頂きました☆ (その様子は今後またアップします) 左の14系ハザは待機する出602レ能登で、右は七尾線のキハ28/58普通です。 やがてサロンエクスプレスが入線して来て、サワウに当時の三大欧風客車(大ミハ=なにわ、南シナ、名ナコ)の内、二編成が同じ視界に鎮座するといぅ、信じられない光景が展開しました! (そのシーンも今後アップします) ネタふり予告ばかりでスミマセン(^^;; ローズピンクとユーロのライトブルーイッシュグレーが爽やかな夕方でした☆ ちなみに当ブログの管理人HN由来とユーロライナーはあまり関係ありません(^^;; 単に名前の略です^^; ユーロライナーは大好きですが♪ EF81 129 1975.9.13生まれ 日立A10410-2号機 1985.9.1 金沢〜サワウ、サワウ内にて。 画像は全てPC画面を写メる |





