489系(JR時代)

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小松へ行ったクハ489-501 ケータイ投稿記事

こんばんは☆

昨日の暖かさから一転し、午前中チラチラ雪も舞い出した金沢です。
昨日と気温差が16℃近くとかw
先日は、さらに気温差22℃な日もあったりと、春麗になったりヒュルリララ〜な真冬になったりと、全く季節感がわからなくなりそうです(^^;;

さて昨日、11日未明に松任工場から陸送され小松の地に腰を下ろしたクハ489-501を見に行って来ました☆
501は8日夕方頃にDE10 1035号機に引きずり出されたようで、翌朝には通称陸送準備線に留置されている姿を確認していました。

そして陸送時に障害となり外された屋根上ヘッドライト、ケースと検電アンテナは元に戻されていました。

でわ♪


イメージ 1

白山連峰側に顔を向け鎮座されたクハ489-501

白いメッシュ状のシートに全体を囲まれていますが、わりとハッキリその姿を拝む事ができました♪
(昨日の段階では)

塗装は、いくら小松市自治体主導事業とわ言えども、松任工場に再塗装の依頼は予算的にも叶わなかったのか、勇退留置後の姿のままで両側共に外板塗装剥離があちこちに発生しています。

まだ痛々しい姿ですが、市はこの後、塗装を施し綺麗な姿に復元するとの事で、『復活』する日が楽しみですね♪

なお、501お披露目のオープニング式典は4月下旬のGW入り口日辺りを予定との事で、式典後はクハ489車内を一般開放されるとの事です!

イメージ 2

もちろん、横軽協調ジャンパ栓受けやスノープロゥも現役時代そのままです♪

貴重なボンネットスタイルを、現役時代を知らない世代にも永く伝えていってくれそうですね♪

余談ですが、オカンの実家がこの小松市なので、お盆などお墓参りの時の楽しみがひとつ増えました☆
ま、いつでも行ける距離ですがf^_^;)


2013.3.13 小松駅付近にて。


画像はPC画面を写メる

リバイバル白山 ’06 ケータイ投稿記事

こんにちは♪
久しぶりの更新になってしまいました(^^;;

さて、特急白山が3月2日にしなの鉄道コラボにより団臨で軽井沢→金沢をリバイバル運転されるようですね♪

新ニイの国鉄色が使われるようで、永らくぶりになる非貫通ヘッドマークの白山が見られるようです☆

なんでも両端クハとで、イラスト入りと文字式を再現するとか♪

いきなりT-18が使われたら驚きですね〜!
ありえない"四つ目" 白山もオモシロイかもデスf^_^;)
ま、K-1かK-2編成充当でしょうけど♪

しかし、金沢到着が暗くなった時間とかすか〜w

バルブなら白が多いイラストなので、ステッカーと言えどもかなり難しそぅ↓

時期的にまともな走行シーン撃ちなら最西でも新潟〜富山の県境あたりまでかな??

ま、何はともあれ
また特急白山が走ってくれるので、明るい話題に変わりはありませんね♪

その白山関連付けで
今回は2006年に金沢〜長野往復でリバイバルされた時のシーンを☆

モチロン正当489系です♪



当時の翌日に地元紙に掲載された記事も入れてみました。

イメージ 1

金沢駅を出発し、一路長野を目指すリバイバル白山。
金沢から白山が出発するのは9年ぶりだったようです。
編成はH-03を充当。
末っ子のクハ489-505。

実は、このリバイバル白山の時は右腕を骨折していて、包帯でグルグル巻き状態にw
しかも肩から三角布で腕を吊るされてるので、利き手の右手は使えず。
左手だけでカメラを持つ事自体も思ったより難儀で、なんせカメラをホールドさせるのが大変でしたw

当日仕事だったのでゲバは持って行けず、てか運転も出来ずでしたから(^^;

マルチで♪

イメージ 2


右上
見難いですが、上がリバイバル白山の電光掲示で、下には、はくたかの時刻案内も表示されていたので、リバイバルと頭に表示があるものの、まるで国鉄時代の信越、上越コンビを思い浮かべる光景でした☆

右下
横幕には可愛らしいリンゴマーク付きの『特急 白山 長野』を掲出でした☆

左上
クハ489-5側と475系北陸色との段差並びを。
クモハ475の車番は不明ですが、今は貴重なシーン☆

左下
回送北陸とリバ白山の並びを。
489系もでしたが、北陸はまだまだ毎日元気に走っていた頃☆彡
スハネフは記憶が正しければスハネフ14-27か32だったかと。

この数年後にどちらの姿も見れなくなるとわw


この駅撮りに際して、当方の包帯グル巻き状態を見て、多くの同業鉄の皆さんがわざわざ場所を開けてくれたり、もたつく当方の撮影を待ってくれたり、とある乗車組の方はカメラの右側を支えてくれたりと、テツの温かい心意気を受けた日でもありました。

数年経ちますが、
あの日あの朝、金沢駅で撮影されていた皆さん、
ありがとうございました!!



2006.8.26 金沢駅にて。


画像は全て写真等を写メる

489系最後の中間車か ケータイ投稿記事

こんばんは☆

明日は久しぶりに国鉄色あさまが戻ってきますね♪
国鉄色が復活した長ナノ183/189系N-101編成は特急シンボルマークも取り付けられたと言う事で今後の活躍も期待されますね☆

シックなあさま色も好きですが、やはりあさまのヘッドマークには国鉄色がイチバン似合いますね♪
(↑コレを言ったら国鉄型特急のほぼ全てが当てはまりますがf^_^;)

なので今回は国鉄時代のあさまをと思ったのですが、同じく碓氷峠を共に駆け抜けた489系の姿です。

しかし、今回はショッキングな画像です・・。


それでは、、



イメージ 1

昨日18日AM。
解体線に佇むモハ489-6の寂しそうな姿です。
天気にも表れているかのようでした・・。

作業員が中に入りガラスを処理しているところでした。
左横下は前回に解体処理されてしまったモハ488-6の残骸が積まれていますw


そして、今日19日。

注※この先がショッキングなシーンとなります。
画像は一枚だけですが、あまり見たくない方はスルーして下さい※










これまで古くは、旧客やEF70、最近では451,475,EF81,419など多くの解体シーンに遭遇してしまいましたが、解体中の画像だけは撮る事をしませんでした。
しかし、今回のモハが489系の中間車ではおそらく最後の解体だと思われる事と、当方の鉄人生のなかで一番多く乗車した思い出の車両が489系だった事を踏まえ、あえて断腸の思いでケータイのシャッターを一枚だけ切りました。
初めてでした。





イメージ 2

重機の手と化したカッターが、モハ489-6の身を抉っていました・・
メキメキと時々大きな音をたて、なにか言葉にできないような音で屋根から側面諸共切り刻んでいました。
大きな力が掛かったのか左の床が折れ曲がっていました。

そしてガシャーンと二度目の大きな音を聞いて居たたまれなくなり、その場を去りました。

モハ489-6は当方が好んでよく車窓の人となったモハ488-6のユニット相方でした。
金沢に帰る時、EF63とチカラを合わせ碓氷の峠を越えている時のこのユニット達のモーター音は一生忘れる事はないでしょう。

澄み切った青空が、長い間の労をねぎらっているかのように見えました・・


今までお疲れ様でした。


モハ489-6

1971.7.3 近車
大ムコ

1973.3.15 転属
金サワ

2012.9 中
車内装,害粉撤去

2012.10.17
解体作業線へ

2012.10.18〜
解体処理へ

(追記:2012.10.20 解体終了)



画像は全てiPhoneで撮り写メる

さよならモハ488-6 ケータイ投稿記事

こんにちは♪

今夜から深夜勤務に入るので仮眠せぬうちにzzz

さて、松任工の489系たちですが保存対象のクハ両端以外は、ことごとく解体されていってますw

先日はラウンジ車のモハ489-19が潰され国鉄色のクリームと赤色の残骸が無造作に山積まれています....。

そして、昨日は害粉処理を済ませた一両のモハ車が奥から運ばれて来ましたw




イメージ 1

DE10 1035+モハ488-6

これがモハ488-6にとって、生涯最後の動くシーンとなってしまいましたw

この後、魔の黄色い招き猫(重機)が待ち構える解体線に押し込まれて動きを止めました。

今朝現在は、まだ解体が始まっていませんでしたが、このカタチある姿は時間の問題です・・・。



イメージ 2

まだまだ元気に走っていた時の姿。
左からモハ489-19+モハ488-6+モハ489-6にクハ489-1

このモハ488-6には思い出と言うか、思い入れがありまして、当方と同い歳である事、この車が最初に装着した初期の横幕を所有しているといぅ縁もあってか、特急白山に乗り上京したり帰沢の都度このモハ488-6が連結されている編成なのか、乗車する前にホームを歩き探して、運よく連結されているとラッキーと言わんばかりに迷わずこの車窓の人になっていました。
そして通算7回お世話になった車両でした☆

白山に乗車した回数は30〜40回あるのですが、国鉄時代がほとんどでJR化になってからはたったの3回だけ。
その内の一回は1992年に軽井沢で式を挙げた結婚の時でした☆
その時の白山は、残念ながらモハ488-6じゃありませんでしたが(^^;;

そして通算8回目のモハ488-6の車窓の人になる機会は、489の定期能登が廃止される少し前H-01編成にプチ乗車した時に訪れましたが、この時はその横に連結されているラウンジのモハ489-19に座りましたので、8回目の車窓は果たす事無くやがて廃車となってしまいました。

そして、間もなくその姿さえを消そうとしています。

残っている他のモハは見える限りで、ユニットの相方だったモハ489-6だけかと思いますw


たくさんの
思い出をありがとう。



モハ488-6
1971.7.3生まれ 近車
大ムコ
1973.3.15 転属
金サワ

2012.9 車内装撤去
2012.10.10〜解体作業線へ
(追記→)2012.10.12 解体処理終了

2012.10.10 松任工
2010.6.2 南条〜王子保にて。


画像はiPhone撮りとPC画面を写メる
こんにちは♪

今朝は仕事が特に忙しく、いつもの松任工寄り道は出来ず構内の489系やEF81たちの様子は見る事ができませんでしたw

が、帰宅して朝刊を開くとうれしいニュースが目に飛び込んできました!!

それは☆





イメージ 1

『ボンネット小松駅で静態保存へ!』

今朝の地元紙北國新聞に掲載されました♪

まだ準備段階で正式決定ではありませんが、JR西日本は保存に積極的な事からも保存が決定する見通しとの事です♪
こうして公の場に489系が保存される事が発表されたのは初めてですね☆



イメージ 2

9510M TDR H-01 クハ489-501

ボンの保存先となる小松の地元有志や地元自治体の小松市も協力との事で、募金活動などをとおし早ければ来年春に小松駅前周辺にて保存展示されるようです♪

個人的にはより近いサワウ内にも、もう片方のボンを保存して欲しいところですが、小松はオカンの出身地で小松駅にも近いので、盆正月に小松へ行く楽しみがひとつ増えます(^_^)
ま、いつでも行ける距離ですが♪

今はMTで色褪せ塗装剥離もあちこち出てるボンさんですが、このようにまたピカピカな国鉄色の姿を見れる日が楽しみですね♪

北國新聞ウェブ版にもこの記事が掲載されていますので、アド貼っておきます☆
http://www.hokkoku.co.jp/subpage/HT20120922401.htm

2012.9.22 家
2010.3.10 西金沢駅にて。



画像はiPhone撮りとPC画面を写メる

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