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国鉄時代の駅撮りシリーズVol.43
あぁ金沢駅☆21 こんにちは♪ ここ最近仕事が忙しく更新減便気味ですが(^^;; 訪問111,111回入線を達しまして、 御礼申し上げます☆彡 記念すべき6ゾロ目、踏まれたかたおめでとうございました!! 当方は見逃しました〜f^_^;) さて、しんしんと雪が降る金沢ですが、7日は24.1mの暴風が吹き荒れ2月にもかかわらず、いわゆる『春一番』とか(^^; これは、立春から春分までの間に日本海上にいる低気圧に向かって風速8m以上の南風が吹けば、『春一番』となってしまうとのことです。 しかし、暖かい風が吹くわけでもなく、暴風雪となり市内街なか側を走っていても、全く視界がなく信号が灯いてるのかさえも判らないぐらいでしたw ですので今回はちょいと 寒い絵で☆ 直江津発福井行きの旧客が停車中です。 床面や台車に雪が付着し、車体下側から凍りかけていました。 車内はEF81からのEG供給で暖かそうで、皆コートなどを座席横のフックに掛けていました。 この234レは金沢で18分停車します。 このバカ停の間に、富山第二機関区のハチイチから敦賀第二機関区のハチイチに釜換えします。 いわゆるローピンリレー 旧客バージョンですね♪ そのローピンリレーの様子をまとめました☆ 直江津からEF81 29【富二】に牽かれ定刻で到着。 客車と同じ感じで雪が付いてますね☆ (中) 29号機が解かれて、旧客8両が次の先導さんを待ちます。 写真右隅に、移動中の29号機の姿が写っています。 金沢機関区側(現在の金沢駅西口広場)の留置線に入線します。 (下) 西金沢側待機線より、EF81 123【敦二】がゆっくり進入して、車内の乗客に連結ショックを与えないよう見事なハンドル捌きで、旧客は僅かに動く事なくピッタリと連結していました。 これにてローピンリレー完了! 今からすると、見事な一次型から二次型ハチイチのリレーですね♪ その一次型ハチイチですが、今朝は富機に留置されていた25号機が帰らぬ旅に出発してしまったようですw この時のローピンリレーシーンも、このあと二ヶ月弱に迫った旧客全廃により見られなくなりました。 その代わりに線路上へ現れるのは、赤い食パン電車こと419系でした☆ 1985.1.26 金沢駅にて。 画像は全て写真を写メる |
あぁ金沢駅国鉄時代
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国鉄時代の駅撮りシリーズVol.41
あぁ金沢駅☆20 こんばんは☆ 今どきのアニメはサッパリわからないのですが、『花咲くいろは』といぅアニメが石川県内を舞台?としているようで、(スミマセン地元ケンミンながらよく知らなくて(^^;; そのアニメのイベントが先週あたりに、のと鉄道で行われたらしく時事報の画像には湯乃鷺駅(アニメ上/=西岸駅)に停まっている団臨の急行列車ゆのさぎ号のNT204の姿がありました。 アニメの登場人物らしき女の子が、その『ゆのさぎ』号の丸型ヘッドマークを抱えている姿になっていて、そのまま一体化されたユニークなヘッドマークでした☆ そのヘッドマークの、ゆのさぎ愛称部分のデザイン(配色)が、どこか懐かしく見覚えあるな〜と思っていたら、コレでした♪ キハ58 447 金ナナ 『ゆのさぎ』は、このヘッドマークの配色デザインを元にしたようですね♪ 『ゆのはな』が『ゆのさぎ』へと時代を越えて変身〜! 急行ゆのはな自体は、夏期を中心とした繁盛期の臨時急行で、70年代後期から86年までの国鉄時代に(JRになってからの1987年からは設定が無くなったかと思います) 急行能登路の補完で走っていました☆ この写真を撮った時は、まだ北陸本線を行き交う475系統の急行、快速、普通電車に各々ヘッドマークを取り付けていた時期。 急行ゆのはなも臨時運転ながら、能登路のイラスト入りヘッドには負けるにしても、このように立派なヘッドマークを取り付けて走っていました♪ が、一方で同時期に走っていた同じ28/58気動車で、しかも定期運転の急行しらゆき+白馬、急行のりくらには全くヘッドマークの設定がありませんでした(^^; おそらく理由は、併結と分割を繰り返す運転だったからかな。 サボ☆ 愛称板はプラサボでした。 サボは両方ともサワ持ち。 ニッパゴッパの所属は金ナナ(七尾機関区)でした☆ 急行ゆのはなは、金沢〜和倉温泉を一往復していて、ワンシーズンだけだったかに芦原温泉〜和倉温泉といった温泉駅から温泉駅へと珍しい運転設定もありました☆ 運転設定は各年の行楽シーズンが主でしたが、運転されない年とシーズンがあったりとして、当時の北陸急行たちの中では、あまり目立たない存在な臨時列車でした。 『ゆのはな』 漢字にすれば、湯の花、湯の華。 素敵な愛称でした♪ 1982.8.21 金沢駅にて。 画像は全て写真を写メる |
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国鉄時代の駅撮りシリーズVol.37
あぁ金沢駅☆19 こんにちは♪ 待ち遠しかったあの寝台特急日本海の運転が夏臨で始まりましたね☆彡 しかし初日の青森〜敦賀を牽引した108号機には残念なコトにカン無し状態(・_・; GWの時と違って、釜送り込み段階でスデに取り付けていなかったと言う情報からイヤな予感がしたのですがw ん?と言う事は今夜の青森出発分も107号機にはカンが無いのかな? 今夜の大阪発を牽引する106号機には、カンが付いたようなので一安心ですが(^^;; と言う事は、もし107号機がカン無しなら、直江津での日本海並びは、カン有り日本海とカン無し日本海のツーパタン見られる事にもなりますね^^; しかし、なぜヘッドマークを付けて回送(もしくは運転台載せ)しなかったんだろぅ?? やはり初日ともあって鉄の混乱防止策なんかな(・_・; で、初日日本海は深夜からの勤務日にブチ当たったので姿も見れずでしたので、今回は多少懐かしい姿の日本海テール姿でも♪ でわ☆彡 カヤ24 10 大ミハ 警戒枠から伸びる一文字ラインが懐かしい姿です☆ マイクロスカートも愛嬌がありましたね♪ カヤ24のスカート部分は白線が入ってましたが、カニ24初期タイプのマイクロスカート付きにはステンレス銀帯が下に回りこんで無かったので、そのためかカヤと比べるとカニのマイクロスカートの方が見た目に重圧感が漂ってました☆ カヤ24 6or8 大ミハ この当時は、金沢駅も地平時代で朝の光がカヤ24の面を照らしてました☆ ガランとした背景は当時の金沢貨物駅の操車線。 EF81のテールランプが少し写ってますが、出目金形状な一次型ですね♪ 富二区持ち時代も懐かしいです☆ そぅ言えば、この時はハチイチにヘッドマークが復活する前なので、日本海を駅撮りする時は専らネフか電源車ばかりを撮ってたなぁ^^; 今回のカン無し日本海は、その頃の1985年3月改正までの姿を再現と・・・。 いゃ編成数も短いし、まるで天理臨みたいな感じだったのでしょうね(^^;; 今夜は深夜勤務は無いので、テールを闇撃ちしに行くかな☆彡 とりあえず、久しぶりにブルトレの雰囲気を少しでも味わいたいし^^; 金沢駅にて。 画像は全て写真を写メる |
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JT書庫があるんですがコチラで☆
国鉄時代の駅撮りシリーズVol.30 あぁ金沢駅☆ 18 JR九州が誇る(ことになる)超豪華クルーズトレイン『ななつ星in九州』がJR九州公式に発表されましたね♪ こりゃ一言、凄い!! 専用牽引機はDLのようですが、イラストを見た限りではF級に見えます☆ ん〜ED76にも牽かせてもらいたいところですが・・w ED76のJT機と言えば78号機が最初にサザンクロスの専用機として名を馳せましたが、福岡市内に住んでいた祖父の弟がサザンクロスのデビュー前年に他界し九州と疎遠になってしまい、さらに当方の非鉄がJR化してしばらくの1987年後半〜1997年の約10年間といぅ長期に渡ってしまったため、ED76 78号機どころかサザンクロス自体おそらく一度も目にする事なく廃車されてしまいましたw しかし、そのサザンクロスのJT先輩にあたる12系和式改造の『海編成』『山編成』は門司鉄道管理局時代の姿で撮ってありました♪ 今回はその懐かしい姿と金沢駅高架化事業が始まった頃のコラボシーンです☆ でわ♪ スロフ12 801か802 まだオリジナルの青20号に極太グリーン帯が配置された改造登場時の姿で、深い緑色に塗り替えられる前年の姿です☆ 遥々九州から団体客を乗せて北陸路へ♪ 牽引は敦二駐機の富二のハチイチでしたが釜番は控えてありませんでしたw 写真左の足場工事は、旧金沢機関区、旧金沢貨物操車線跡に西口の仮設口を貫通させながら高架化工事をしている最初の工期の姿です。 手前2本目のホーム柱にはまだホーロー板の『かなざわ』の懐かしい物も見えます。 この『海編成』は12系和式改造グループの一番最初の改造で、このデビューの3年後の1983年には、ほぼ全く同じ容姿の『山編成』も登場して一瞬見分けがつきませんでした(^^;; 外見で判断するには、九州各地の海(山)の名称が記されたサボを見るか、山編成にあった外板ステッカー、海編成だけにあったスロフ貫通扉の愛称板差しの有り無しで、海か山編成を判断してた覚えがあります☆ 遠目では全くいっしょに見えた門鉄の2編成でした(^^;; そして1994年にサザンクロスもろ共に運行を終了してしまったようですねw 『ななつ星』JR九州の社運を掛けると言っても過言でないそのクルーズトレイン、今度は永くレールの上を走って欲しい共に、かつてのJTたちのように全国各地を走って欲しいですね☆彡 1986.12.27 旧金沢駅にて。 画像は写真を写メる |
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国鉄時代の駅撮りシリーズVol.27
あぁ金沢駅国鉄時代☆17 ここで懐かしい日本海の姿を☆彡 1985年3月14日改正から、いよいよ日本海、つるぎにヘッドマークが復活、そして北陸にも新設される事から逆にヘッドマーク無しの釜姿が貴重になると言う事で、カン無し姿の日本海を撮っておきました♪ 当方のガキの頃は、東海道九州ブルトレ以外は釜にカンが無く、他のどのブルトレもテール姿やテールマークを撮る事がメインでしたので、カンの無いELを頭から撮る事はほぼありませんでした。 ま、ガキの頃のフィルム時代て事もあったので^^; それと駅撮りでは昔の金沢駅の仕組みも多少影響があったかなと。 でわ♪ ヘッドマーク復活の一ヶ月ちょい前の姿です☆ この当時、金沢駅に金沢貨物がまだあった頃なので、日中や夜間も貨物列車がホームや中線に停まり、金沢貨物発着の貨物列車は、写真のように中線と海側の金沢機関区との間にある線を使って切り離しや組成をしていました。 その組成中の国鉄コンテナに挟まれるように4番ホームに入線して来た青森行き日本海1号。 撮影は1番ホームからですが、手前のコンテナ後ろの2番3番ホームは富山側先端に機関車待機線があったので他のホームより短く、その横の4番ホームに入る日本海は編成を頭から撮る事が出来ず、この位置からの撮影でした。 ちなみに上り日本海4号はこの撮影位置の1番ホームでしたが、2番ホームには後続の普電がいたので、これまた編成写真は撮れませんでした^^; この日の4001レは敦二から富二に書類上転属した120号機が充当、秋田までED75 700番台にバトンを渡すまで頑張ります☆彡 この120号機はこの後、全検に入るのですが、特徴的だった寄り目120の切り抜き文字がエンド逆に取り付けられて出場して来ました☆ わかり難いですが、寄り目1エンド時代の120号機と、カン無し時代の日本海の姿でした☆彡 次のカン無し日本海は盛アオへの返却回送時に見られます☆ 1985.2.3 旧金沢駅にて。 画像はPC画面を写メる |




