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国鉄時代の駅撮りシリーズVol.18 あぁ秋田駅☆③ いよいよ本日、東北新幹線の新青森までが延伸開業となりますね☆ それと同時に東日本区域はダイヤ改正に伴って、廃止や変更も多数。 そのなかでも、名称統合によって特急『つがる』へとなり特急『かもしか』の廃止、『いなほ』の秋田〜青森区間廃止など、新幹線開業の反面寂しい話題もありましたね・・。 かつて、様々な名称の昼行特急が行き交った通称奥羽北線秋田〜青森間も、今日から夜行などを除くと『つがる』だけとわ; この区間だけでも名称的に定期昼行特急では、『白鳥』『いなほ』『鳥海』『むつ』『つばさ』『たざわ』『かもしか』がヘッドマークを靡かせ485系で往来したことになりますね。 今回も1984年に秋田駅で見た特急と、おまけで新津駅での1500番台、さらに飛び道具です☆ ↑ 秋アキの1000番台で運転していた特急『たざわ』 イラストは田沢湖のネイビーブルーが国鉄色に鮮やかに彩ってました。 スキャンしたら頭上ライト切れました^^; この当時はまだ青森まで運転されていない頃で、多客時のみ東能代まで運転だったかと思います☆ 後ろの50系レッドトレインも懐かしい姿ですね☆ ↑ 18時30分過ぎぐらいに秋田を出て青森に向かう2041M『鳥海』の姿です☆ こちらわ盛アオの485系で、メモによるとこの先頭12号車(見難いですが12号車サボ写ってます)はクハ481−351です☆ 秋田ジャスコも今は無き姿に。 この時以来、秋田駅前には降り立ってませんが、かなり変貌したと思います☆ ↑ こちらは新津駅でのシーン☆ケツは4ツ目1500番台です。 残念なことにクハの車番は控えてありませんでした; 昼行特急としての『鳥海』自体は1982年11月改正から、それまでの10系寝台使用の急行『鳥海』の秋田行きを青森まで延長して昼行特急化、上越区間を廃止された『いなほ』の補完的役割でした☆ 1985年3月で定期特急の任務を終了しますが、臨時特急として数年間秋田までと短縮して走った後に今度はブルトレに変身して復活しました☆ この写真は定期廃止の一年前です。 こちらにも50系の姿と、ニッパゴッパが共に♪ ↑ 秋田駅に写真は戻って、次は『つばさ』です♪ 福島に向けて停車待機中の秋アキ1000番台。 この当時は、今後細かく運行経路が増える前で、福島〜秋田、上野〜秋田だけだったと思います。 この2年後には山形〜青森の『つばさ』も出来て、一段と運転系統が複雑になりましたが、当方も含めて横幕コレクターには嬉しい列車だったと思います。(こまくさも同様に♪ 『いなほ』はなぜか秋田駅で撮っていなかったので、代わりに当方の手持ち飛び道具で失礼します^^; ↑ エル特急表記時代の『いなほ』絵幕と、上越経由時代の初期横幕です☆ 自宅でバルブ・・・すいません^^; 同じく手持ち道具からw 『かもしか』は青森に行った時も、結局当方は拝むことが出来ませんでした; 昨日は秋田駅でセレモニーがあったよぅですね。お疲れさまでした。 T−11編成で青森に向かっていた『いなほ7号』はあの爆弾低気圧の影響で途中打ち切りになってしまったらしく、秋田駅にさえ辿り着けずにバス代替輸送に・・ 最後の青森ランは果たせなく残念でした・・。 様々なイラストヘッドマークを出して走った奥羽北線にまた、色々な愛称の485昼行特急が走ることを願います☆
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あぁ秋田駅国鉄時代
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国鉄時代の駅撮りシリーズVol.17 あぁ秋田駅☆② 小学校の時、初めて長距離の『一人旅』をしました。最初の行き先は秋田の男鹿半島! ガキの一人旅の選択先が男鹿なんて今考えてもシブイすぎる(^-^)ノ まるで演歌の世界のようだ♪ 男鹿線はタラコ色に揺られて乗った記憶があります☆ 男鹿半島に行くのが最終目的じゃなく、金沢→秋田→男鹿→上野→軽井沢→金沢とグルっと回って乗って来るのが目的で、一番の楽しみはやっぱ一人で乗るブルトレ♪ 寝台特急『出羽』に乗車することでした^^ 列車名で言うと、金沢→秋田『白鳥1号(福井発)盛アオ485系』〜秋田→上野『出羽 秋アキ24系24型』〜上野→軽井沢『あさま7号 長ナノ189系』〜軽井沢→金沢『白山5号 金サワ489系』と、現在では幻となった名特急ラインナップの豪華リレーでした♪ 全種類系統が違いますねぇ☆ 今回は、この時乗車した寝台特急『出羽』の秋田駅出発前の姿です☆ ↑ この時(1984年3月)は、まだEF81には『出羽』のヘッドマークが無く、オハネフとカニのテールマークを撮るのがメインな時代で、東海道ブルトレの他は、この1ヶ月前にあったダイヤ改正からようやく九州ブルトレの牽引機関車(EF30・EF81・ED75−300・ED76)にヘッドマークが復活、同年10月14日の鉄道記念日に『ゆうづる』のEF81区間と『あけぼの』のEF65PF区間にそれぞれ復活するのですが、それ以外の『日本海』『つるぎ』『出羽』『北陸』『明星』『彗星』『あかつき』『なは』は1985年3月改正までヘッドマークの復活は待たなければならなく寂しい時代でした・・。 しかし、当時はブルトレいっぱいありましたね^^; オハネフ24は11、牽引は酒田機区のEF8164か74号機だったと思います☆ ヘッドマークが無いので撮っていなかったのが残念ですが、まだ小学生だったので当然一眼レフを持っていなかったので反対ホームから編成バルブもまだ出来ない頃でした☆ 駅員さんがカンテラでしきりにオハネフの下回りを照らしていましたが、何を見ていたのか今でも謎です^^; ちなみにこの当時、アキの24系24型も三段式寝台からニ段式化になっています☆ ↑ カニはカヤ24じゃなくカニの100番台が連結されていました☆ オリジナルのステンレス銀帯です♪ 車番はうる覚えですが『6』が付いていた記憶があるので、106か116どちらかだと思います。 秋田と青森には当初100番台のカニは配置がなかったので、おそらくこの年の2月かその前の改正で大ミハから転属になったカニだと思われます☆ しかも! お気づきでしょうか??? もぅ一度テールマークをよく見てください☆ あるハズのマークがありません、、、 それは、 なんと『☆』寝台特急マークがこの幕には無いのです! 印刷ミスなのでしょうね?!! 上のオハネフの写真には『☆』寝台マークがちゃんとフツーに入ってます☆ 実は当方も気付いたのが、ここ3、4年ほど前なのです!20数年間全く気付きませんでした^^; デザイン的に込み合って判り難いからかも・・・いゃ〜あんな大きいマークだし目立ちますよね^^; 推測ですが、このカニの『出羽』コマは加印刷だと思います。 そこで、業者さんが入れ忘れて・・?? ん〜謎です(^-^); ちなみにデザインのイラストは出羽三山の山並みを表しています♪ この『出羽』は元々はDC急行。10系寝台急行の『鳥海』を統合して、寝台特急『出羽』として1982年にブルトレデビュー。 その後1993年に逆に統合したハズの『鳥海』に名称を奪われ、そして『あけぼの』が上越・羽越・奥羽線経由に変更になると今度は『あけぼの』へと名前が変わった!といぅ変わった経歴になるこの寝台特急『出羽』号でした☆ 1984.3.26 国鉄秋田駅 |
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国鉄時代の駅撮りシリーズVol.8 あぁ秋田駅☆① ☆当方がガキの頃、国鉄時代に『駅撮り』した写真から懐かしいものを載せよぅと思います☆ 最初、列車名でいくか系列で分けるか、と迷いましたが、『駅撮り』なのでそのまま駅で分けることにしました☆ 駅シリーズ1回目は秋田駅です♪ 列車は寝台急行『天の川』 とても懐かしいですね☆ と、反応できるのは(ナマで見た事あるのは)おそらく32歳ぐらいから上の方だけと思います^^; 若い鉄チャンは『寝台急行』と聞いたら、真っ先に『銀河』デスね♪ 勿論ウチらの世代でも『銀河』を思い浮かべますけど(^-^)/ 座席の車両が無くオール寝台車両の『寝台急行』、時刻表のマークは『寝台特急』マークを反転させた、白抜きで表示されていましたね☆ そのなかで☆星に関する『寝台急行』の名称は『銀河』『天の川』ぐらいだったかなぁ〜?? イマイチこれぐらいしかピンときません^^;(急行→特急格上げは除きます★ では、その寝台急行『天の川』〜☆ ↑ 懐かしい20系の姿です☆帯も上の白線が残っていてオリジナルの3本線。 登場時、走るホテルと称され優等列車の証でした☆ 中線に移動して来た『天の川』。職員さんが給水ホースを接続していました。 わかり難いかもですが堂々の12Bか13Bです☆ 電源車はカヤ21ー5とメモに書いてありました。 バックサインは『急行』;;『天の川』と素敵な愛称があったのに、『銀河』と違い最後までイラストもありませんでした・・。 ↑ サイドには、さすがに『天の川』愛称名がちゃんと入ってます☆ 20系の行き先&愛称横幕はフィルムでは無くて当時は『布』でした。 [秋田⇔上野] [天の川] そして丸い形の号車表示窓が時代を感じさせますね♪ この1年後の1985年3月14日ダイヤ改正で寝台急行『天の川』は廃止されてしまいました; 定期廃止後は夏臨などで『天の川』は数回復活してますが、この素敵な愛称でまた走って欲しいです☆ 1984.3.25 国鉄秋田駅 FIN。
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