機区転所公開・見学(国鉄時代)

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あけましておめでとうございます☆

本年は去年以上にアーカイブ的記事ばかりとなると思いますが、皆様のご入線お待ちしております♪

本年もよろしくお願い致します☆彡



イメージ 1

手前右より
EF81 1 日本海
EF70 1002 日本海
EF70 36(34)お召し
EF70 1001 つるぎ(青)

顔が写ってませんが
EF70 1(4) つるぎ(白)

1984年夏の敦賀第二機関区『栄光のEL 展示撮影会』より。
開催日は7月25日〜29日。

イベント名や開催期間連続4日など、当時の国鉄は気合が入ってました♪

この1984年夏に当時の国鉄のイメージアップと、約2年7ヶ月後に迫る国鉄分割民営のJR分社化に向けてのデモンストレーションをも兼ねて、この敦賀第二機関区から皮切りに米原機関区、浜松機関区、金沢運転所など、各主要機関区・所で一般公開が初めて続々と行われていきました☆

この時に登場した日本海のヘッドマークは2種類。
ハチイチに付けられたものが1975年のヘッドマーク取り付け廃止消滅までに実際に使われていた歴史ある物。
そして隣りのナナマルに取り付けられた物は、1985年にヘッドマークが復活する際に試作された物で、下部のNIHONKAI周辺のみが、若干色が濃く、上部にかけて青の明るさが変わるグラデーション仕様の日本海カン☆

この試作カンは、この後10月10日に開催されるサワウの『’84 機関車&車両展』でEF81 111号機に取り付けられ、さらに11月23日(当初の予定は11月3日の文化の日だったと聞きました)の4004レ日本海4号の敦賀〜大阪のみ1回限りに試験的に実装され走りました☆

その後結果的に、このグラデーション効果が見た目に表れない、単色と差異が無い、塗装に手間取る、修繕の際に色合わせが大変、との理由から(実話)この仕様での日本海カンの量産は幻となりました。

この日の他のカットは釜別に撮ってあるので、またの機会に記事にしたいと思います☆彡

ちなみに、EF81 1号機の区名札が【敦二】になってますが、これは敦賀第二機関区職員さんの遊び心で、実際の所属は富山第二機関区です(^^;
全検標記は57-10松任工と当然今では見られない昭和表示と旧名称です☆

しかもハチイチはダブルパン上げ(当時の敦賀は交流区間)、さらにEF70は全機1エンド側のパン上げで、通常2エンド側の直江津側パンを使うナナマルですので、これも敦二職員さんのサービス心で、当時この現場に来たテツからは歓声が湧きました♪


1984.7.29 敦賀第二機関区にて。




画像は写真を写メる

85年夏の敦賀第二機区 ケータイ投稿記事

こんばんは☆

昨夜から今朝にかけて双子座流星群がピークに達すると言うことを耳にしていたのですが、ちょうど深夜勤務の日だったので途中二度の休憩タイムに、計8回の流れ星を目撃できました☆彡
正味10分間で8回だったので、一分間ちょいで一回流れ星が見れた事になりました☆
氷点下だったので激寒でしたが綺麗でした(^_^;)

さて、鉄的に流れ星と言うと、やはりブルトレですね☆彡
今回はそのブルトレの顔でもあるヘッドマークを付けた機関車たちの姿です☆

では、1985年夏の敦賀第二機関区一般公開撮影会よりです♪



イメージ 1

左から、さよならPCきたぐに、つるぎ、北陸、日本海の各ヘッドマークを付けて整列した釜たちの姿です☆
釜は左から、EF81 1、EF70 1001、EF70 1002、EF70 1(4号機のダミー)の4釜たち☆

開場からのオープニングは北陸本線系統のブルトレ勢カンで飾りましたが、程良い感じの時間入れ替えで、こちらのカンも登場しました



イメージ 2

富士(おわん型九州仕様81-300,ED76用)、さくら(PF用ピンク仕様)、みずほ(PF用)
のカンを、ナナマルたちが飾りました☆

実際にも、門司機関区へ転属して行ったナナマルが、さくら、など鹿児島本線系統の一部ブルトレを牽引していましたが、1000番台と丸目(→ブタ鼻化)の一次型は九州に転属されていなく、また当時は九州内でもヘッドマークの皆無な時代だったので、これは幻の姿です☆

ちなみに、このPFカンはこの春まで(EF66に代わるまで)実際に使われていた東京機関区所有のもので、裏を見たら東京機関区6や12と手書きしてあり、使用感もたっぷりありました♪

この写真の他にも、この春で引退し最後まで現役機であったナナマルの13,18,45,1004号機にも(1005,1007は確認できず)あさかぜ、はやぶさ、瀬戸、富士(PF用)が用意されて各々に取り付けられました☆
なぜか出雲カンだけが登場しませんでしたw(おそらく)

これらだけでも、物凄いのですが、しかし今述べたラインナップは全て前菜のようなもので、ホントのメインは写真の検修庫の裏にズラリと国旗を掲揚して並んだ、あの伝説のお召牽引機5機並びの、ED75 121、EF70 36(34号機のダミー)、EF81 120、ED76 55、EF64 58がメインでした☆
(↑その時のようすの一部が、当ブログ書庫のEF81データー内、EF81 120〜126の中にあります)

この文章のなかで、いったい何機の釜やヘッドマークが出たでしょうね(^_^;)

それぐらいに85年の敦賀第二機関区(厳密には敦賀機関区に名称は変わってるが)気合いが入っていました☆


,とも
1985.7.28 敦賀第二機関区にて。



画像は全て写真を写メる

EF67若き頃 ケータイ投稿記事

こんにちは♪

昨日、ついにEF210 301が新製され出場となりましたね☆
3機新製されるようなので、そのままEF67の0番台3機を置き換えという事ですねw

元EF60からの国鉄型のひとつがまた去ってゆき寂しいですが、100番台に頑張ってもらいたいですね☆

と、いう事で今回はそのEF67基本番台で、国鉄時代に瀬野機関区を見学させて頂いた時のシーンです☆





イメージ 1

EF67 1(EF60 104改造)

東京側のデッキ付の顔。

この日は年末もあってか貨物がヒマだったのか、当時まだ2機体制(EF60 88は未改造)だったロクナナは2機とも瀬野のネグラでお休み中でしたzzz

ん〜、お休みの大きな別の理由には、この当時は貨物列車輸送の大きな見直しもあって減便政策も影響していたかもですw



イメージ 2

EF67 2(EF60 129改造)

こちらはデッキの無い2エンド側の顔です。
ルーペで全検標記を見ると56-5(1981年)広島工でした。
ちなみに、この2号機への改造は1984年2月なので、改造は改造、全検は全検て具合ですねf^_^;)

後ろの直流機色はEF61 207号機です☆

1982年に1号機が改造されて、このオレンジ色と黄ヒゲで登場した時は度肝を抜かれた感じで、皆驚いたのを覚えています(^^;

今はJR時代なので、電車の海坊主や抹茶やカラシ?などの色が登場してきても、さほど驚きませんが(^^;(強いて言うなら、呆れですかw)この時代はまだまだ国鉄時代、直流機色の概念からすると、想像もつかないトンデモナイ色でしたホントびっくりでした(^^;

モチロン、セノハチ補機専門と言う事もあって視認性を高める意味でのオレンジ色塗装なのですが、広島地区とあってか宮島名物【もみじ饅頭】から【もみじ色の機関車】として親しまれてますね♪

しかし、今回新製されたEF210 300番台は、そのオレンジ色はどこにも採用されずに、ロクナナの飾り帯の黄色だけが、300番台の車体のラインとして入れられましたね☆



1984.12.30 瀬野機関区内にて。


画像は全て写真を写メる
今日は8月1日
夏本番へ!
いゃ暑さ本番になってきますねぇw
スデに連日猛暑ですが(・_・;
仕事の担当でショッピングモールとスーパーさんを廻ってるんですが、猛暑もあって特に年配層の来店率が格段と低下しているとか。
一方、食品24h営業、早朝開店してる某ショッピングモールさんの方は、深夜と早朝に年配層が格段に増えたとか。
相対する人の流れ。
【暑】さ高温による影響は各々多いですねw

同じ【アツ】イでも、こちらは【熱】イです♪

8月1日、ハチイチの日。
ココはやはりEF81 1の登場
トップナンバーに飾ってもらいましょう♪

でわ☆彡


敦賀第二機関区(敦賀機関区)
’85 お召し列車けん引機関車展示 公開時より☆


イメージ 1

『さよなら客車きたぐに』
ヘッドマークを装着する1号機☆
この特製ヘッドマークは、501、502レ運用持ちだった富山第二機関区職員の有志による手作り製で、照明装置内蔵になっていて実際のPCきたぐにラストランで実走しています☆彡

見にくいかもですが、区名札は今では懐かしくなった【富二】です。




続きまして☆


富山第二機関区

富山第二機関区開設20周年記念展示撮影会 公開より☆


イメージ 2

栄光の1号機には、やはりメインの富二区20周年記念ヘッドマークを♪

Wパン上げサービスで、よく見ると発煙筒がニョッキしてます!

この時のELラインナップは
EF81 1,EF81 20,EF81 24,EF81 43,EF70 48,ED76 55,EF15 200,EF64 1047,EF65 1。

ヘッドマーク内容は、上とほぼ同様で、特記は富二区20年,お座敷(粟津温泉の旅号),民謡,第221列車さよなら客車,サントリービアガーデン列車。

だだこの日フィルム残量が少なく、主たるものしか撮影していなかったので、他のハチイチやヘッドマークの種類もまだ若干あったかもです^^;?

開催日は1985.8.9,10


このように、まだ現役バリバリだったEF81 1号機も新幹線工事を横目にしながら朽ち果てています・・。

日本海環状ラインの立役者を是非保存して欲しいところですが、痛みが激しく無理そうですw
なので、むかし敦二区がやった他釜からの復元でもせめて。。
もちろん同じ一次型で!


画像は全て写真を写メる

ED75 121御召装備姿 ケータイ投稿記事

本日は7月5日と言う事で
ナナゴーことED75デス(^-^)

国鉄時代の走行写真を!
と、いきたいところですが残念ながらナイので、今回はED75 121号機が敦賀第二機関区を訪問し、華麗なる御召装備を再現した際の姿です☆


でわ♪



イメージ 1

ED75 121【長】

風に国旗をなびかせながら、前年の御召本務機の大役を見せてくれた121号機の晴れ姿☆

これは1985年夏に開催された敦二のイベントで、『お召し列車けん引き機関車集合!』と銘打ち、長町機関区のこの121号機の他には鹿児島からED76 55や篠ノ井のEF64 58号機が集結、地元からはEF70 36(復元機)そしてEF81 120号機の計5機が、お召し装備の再現(国旗掲揚、一部銀差し)をして横一列に並ばれ勢揃いしました☆

その時の御召5機並びの様子は、当ブログの書庫『EF81データー』内の『EF81 120〜126』と言う記事に掲載してありますので、もしお時間等ございましたらお立ち寄りください☆

121号機の御召列車牽引は、このイベントの10ヶ月前の1984年9月25日〜27日のご日程で、天皇皇后両陛下の御結婚60周年フルムーン記念旅行の際に、黒磯⇔福島を牽引本務機として任されました。
また、他区間ではロイヤルエンジン東京機関区EF58 61や、福島機関区のED77 12号機も御召本務機として走っていて、27日の最終日にはこの3機の超豪華リレーも実現したと記憶しています。
(当時のニュースでトップニュースだったと思います)


敦二のお召しイベントの記念切符買ってありました♪



イメージ 2

上部がナナマルとハチイチで、下がナナゴーです♪
記念切符のナナゴーのお召し写真は実際に121号機がお召し牽引をした当日の写真との事で、釜側面に銀テープが装飾されていました☆

当方の買った記念切符は、この三機のモノですが、もしかしたら他の展示機のナナロクとロクヨンのバージョンも発売されていたのかもしれません??
なんせ当時中学生でしたので、敦賀往復旅費にフィルム代、その後の現像プリント代まで考えると、このセットをひとつ買うのがギリギリだったのかもです(^^;;


大きな記念日の御召牽引から貨物列車牽引まで活躍した121号機も、時代の流れと共に2006年度にて現役を引退したようです。

ED75 121
1967.9.25生まれ 三菱
【長】→【青】→【長】〜【仙貨】



1985.7.28 敦賀第二機関区内にて。
2012.7.5 家。


PS,明日はナナロクの日ですが、おそらく更新できないと思いますw


画像は全て写メる

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