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国鉄時代の駅撮りシリーズVol.38
あぁ博多駅☆❸ こんにちは♪ こちらでは日本海、きたぐにが臨時で盆後半も活躍してますが、JNRステンレスエンブレムを靡かせて485系Do32が臨時にちりんで活躍してますね♪ 明日の19日までじゃなかったでしょうか。 そして22、23日には九州鉄道記念館でそのDo32とキハ66&67の並び撮影会が行われますね〜♪ 貴重になるその並びを見たい・・ あぁ九州に行きたい(^^;; にちりん絵幕もですが、やっぱりサイドにJNRエンブレムが輝く485は魅力的ですね☆ なにかガキの頃に戻れた感覚がして♪ 3年前に今無きDo-2編成をなんとか撮る事ができましたが、その感動と共に押し寄せるのは、あの眉毛無しの顔から湧く多少味気ない気持ちが(^^;; 今回は、そんな眉毛無しや、貫通扉埋め、短編成化などまだ無き時代のオリジナル200番台にちりんの姿です☆ でわ♪ クハ車番不明 門ミフ 9連 じいちゃんのカメラで撮ったら顔大きく切れましたが(^^;;汗 もし、このクハが256番車だったら現在のDo32のクハなんですが(^^; クハ481-256は、これを撮った前の年に盛アオから門ミフへ転属されて来ました☆ この当時は、まだムコの583系が間合運用で有明とにちりんで走っていて、12連の583系と9連の485系がにちりんで頑張っていました☆ 当方が乗ったのは、残念ながら写真の485系の方でしたが、大柄な583が左右に車体を揺らしながら日豊本線を走破する姿を見て見たかったです。 他のミフ485は、かもめ用の8連とみどり用の4連が別運用で就いていましたし、鹿カコの有明を入れると九州も485パラダイスでした☆ 背景に見えるのは、旧博多ステーションビルで、ブラウンの壁で大きな駅ビルだったのを記憶してます。 現在はJR博多シティとなり近代的ですね。 3年前に九州へ行った時は西は香椎までしか行かなかったので、工事中も含めてまだ博多シティになってから見てませんが(^^; 時が経てば、車両も建物も変わるものですが、九州485が風前の灯ながらも国鉄時代のままの姿で残っているのは嬉しい限りですね☆ 北越消滅まであと2年余り、ニイの485国鉄色編成もJNRステンレスエンブレム付けてくれんかなぁ(^^;; 手持ちからおまけ☆ 手持ちはモハ488-6なので、このコマを表示して実走した可能性が高いです☆ 画像は写真などを写メる |
あぁ博多駅国鉄時代
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国鉄時代の駅撮りシリーズVol.25
あぁ博多駅☆❷ あ" いつの間にか約一年ぶりのこのコーナーになりました(^_^;) さて、 北陸新幹線用の車両がE2系ベースのE7系となるなど、金沢延伸に向けて着々と具体化して行きますね☆ 県議会のほうでも、金沢開業と同時に博多南線博多総合車両所までのような、回送線を使っての旅行営業(新幹線規格在来線)を金沢から松任地区に建設中の白山総合車両所(仮称)で行う方向で調整予定など、色々着々と進んでいます。 ん〜少しは新幹線に興味を持つか(^^;; 思い切り0系世代で、祖父の弟が福岡市内に以前住んでいたのでガキの頃は何回も0系には乗車してたんですが、やはり車窓からの景色が在来線に比べると壁ばかりで見にくくあまり楽しくない、それならブルトレに乗りたい! と、ワガママ言って確か三回程『さくら』『博多あさかぜ』『みずほ』に変えて貰うぐらいでしたf^_^;) だけん自然と新幹線からは興味がなくなり、新幹線の写真もガキの頃に祖父のカメラで撮った0系のたった一枚だけ・・・ (^^;; 大人になり出張で、500系、700系、N700系とMAXたにがわ、、系式がでてこんたぃ^^;汗 に乗ってるは乗ってますが、それも各毎最初の一回だけケータイ写メだけとかf^_^;) 走行シーンなど当然、皆無。。。 ドクターイエローさんは鉄本とテレビだけっちゃよ! (^^;; ま、地元に新幹線が数年後には走りだすけん少しは学習を!ですね(^^;; では、そんな当方が辛うじて撮っていた唯一の新幹線写真です♪ 構内進入中の0系フル編成☆ 長いので切れてますが^^; あ、右を空けてるのは祖父のカメラがクオーツデート機能があったので、スカートに被らないように日付けが入る分を空けて撮りました。 いちおうガキながらに計算しとったみたいやわ(^_^;) ん、なら、もっと後方で編成全部いれて撮らんかい! と、今思いました^^; この時、山陽新幹線博多開業からまだ6年目でした☆ 確か、『ひかりは西へ!』 と言うキャッチコピーで、CMだったか駅ポスターでガキの頃に見た記憶があります♪ 同世代鉄、先輩鉄な方々ならきっと分かるハズ(^_^) ん〜違ったらスミマセン(^^;; 1981.8.18 国鉄博多駅にて。 画像は写真をスキャンしてPC画面を写メる |
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国鉄時代の駅撮りシリーズVol.24 あぁ博多駅❶ 今朝は全国的に寒かったですねw 北海道・陸別で氷点下28.7℃や長野・菅平も氷点下25.1℃と冷凍庫の世界でしたね(^o^; 九州も各地で氷点下。当方も遠征した事のある温暖な海沿いの宮崎・高鍋も氷点下まで下がってましたw と、ここで九州に話を持って行ったところで、今日は『にちりん』デス(^-^) 6日〜昨日13日まで検査等で休んでいた大分の5連国鉄色485系ですが、今日からまた活躍しているよぅですね♪ 九州からも485系が定期運転離脱するといぅ事が『雷鳥』と共に今だに信じられません;; 飯塚市に全く非鉄な、いとこが住んでますがヨンパーの写真頼もうカナ^^; て、また九州行きてぇぇ〜(^o^; 行けませんがw 『富士ぶさ』遠征の時に、かろうじて都濃でDoー2編成は撮れましたが『RE』だし・・ やっぱ5連の『にちりん』絵幕は撮りたいですねぇ〜^^; で、今回はボンネット『にちりん』です♪ 以前、福岡市内に祖父の弟が住んでいたので、幼い時〜中学までの間に数回ですが福岡に行った時に、博多駅で駅撮りした写真があります☆ 初期ボンがレッドエクスプレス色になる前の国鉄色時代です♪ それでわ☆ 九州のボンネットは、1975年に大ムコから鹿カコに初期ボンのクハ481−1〜18、31〜40が転属して485系九州配置の歴史が始まりました☆ その後、鹿カコ⇔門ミフで行ったり来たりしたり、仙センからボンネットの初代クロ481が転属したり、『あさま』『あずさ』『とき』で走って来たEC181系の最終増備グループの残党だったクハ181−109がクハ481−501へ、横軽ジャンパ剥き出しのクハ180−5がクハ481−502にサプライズ改造して転属したりと、九州ボンネットは特徴ある顔ばかりでした☆ 85年の特急『ひたち』編成見直しで、定員合わせなどの観点から初期ボンの多数が仙台(勝田)に交換転属されましたが、最終的に初期ボンのクハ481では、33、35、37、39が残り、1996年3月末(除籍時)まで九州でボンが走っていました。 写真はイラストが入って凛々しくなった『ボンにちりん』で大分方面へ出発待ちの姿です♪ 番号は控えてませんでしたが、ロール字幕化改造されていない穴ナシな面と、この時点でシールドビーム未改造、ライトケース縁が向日町時代の銀のまま、タイフォンが上部凸無しスリットと、連結カバーの傷など色々なところから、これはクハ481−33だったと判りました☆ この数年後JRになってからこのボンも、誰もが驚いた真っ赤な単色姿になってしまいました^^; 情熱の鉄道会社JR九州のイメージもありますが、当方は情熱のイタリアン、フェラーリに見えました^^; て、多少言い過ぎです(^-^)笑 この33番車は、九州内では『みどり』以外の『にちりん』『かもめ』『有明』と、九州名特急たちのヘッドマークを付けて活躍しました☆ 1985.3.24
国鉄博多駅にて |
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