キャベツ白書

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南宗寺

ぶらっと堺の南宗寺を訪れました。

この寺での美術的な見どころは、国指定重文の仏殿でしょうか。

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内部の天井画に「八方睨みの龍」があります。

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どこの場所から見ても龍に睨まれているように見えるのですが、ま、二次元図なので当然か(笑)

歴史的な興味は、この寺は、戦国後期に堺を拠点に一大勢力を築いた三好長慶が建立したこと、ではなく、スーパー歴史伝説の証拠群にあります。

 ずばり、「徳川家康は、大坂夏の陣の際、茶臼山の戦いから駕籠で逃走中、後藤又兵衛の槍を受け、堺で死亡していた、というものです。
 又兵衛は、中に誰かが乗っているのかわからぬものの不審な駕籠と思い、槍を一突き。実は中には家康が乗っており、運悪く槍を胸に受けたものの、手で刃先の血を拭い、又兵衛も槍を抜いて血がついていないのを見て「気のせいか」とわざと見逃した、なんていう講談があるそうです。

 なんとか堺まで落ち延びたものの、駕籠を開けてみると、家康はすでに事切れており、遺骸を南宗寺の開山堂下に隠し、後に改葬した」という伝説があるそうな。
 これだけだと「あ、よくあるウラ伝説ね」で終わるのですが、ここからがすごい。
 寺のパンフレットに書かれている順にご紹介しましょう。

 しょの1 坐雲亭の謎

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 徳川2代将軍秀忠、3代将軍家光がこの建物を訪れ、堺の復興を眺めたという板額があるそうで、なぜ将軍がわざわざこんな建物にお成りになったのか不自然

しょの2 開山堂跡の謎
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 この寺の中興の祖である沢庵を祀る「開山堂」の床下にあったこの丸い石碑こそ、なんと家康公の墓なのだ。
(それにしてはショボ過ぎ、というツッコミはごもっともですが、いろいろ事情があるのです。(汗)

しょの3 昭和の家康の墓の謎

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堂々と「徳川家康墓」と書かれた石碑のウラには、建立発起人の代表者の名が列記されています。
 水戸徳川家の家老の末裔である三木啓次郎氏の他に、堺市長、大臣、茨城県知事と並んで、あの松下幸之助氏の名もあります。ここが家康公の墓であることを超VIPなかたがたも署名入りで認めていたんですな。ふえ〜。

しょの4 唐門の謎

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 ちょっと見えにくいけど、屋根の丸瓦の紋所は、あの「三つ葉葵」なんです。

つまり、家康公は、駿府城ではなく、大坂夏の陣で堺で戦死、亡骸はこの南宗寺に密かに葬られたんです。

 なんで密かに、かというと、そらあーた、豊臣との戦いの最後の詰めで実は肝心の家康が死んだとバレたらマジやばいですやん。家康の替え玉を立てて、難局を乗り切り、見事夏の陣に勝利、徳川トップの超安定政権樹立大成功になったわけ、ですと。

 いや、面白い寺です。
 石庭も綺麗だし。
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番外編は、お約束の麺類です。

南海湊駅前「カレーうろん 晴一」の「肉カレーうろん」500円也。太麺とカレーのマッチングがよいです。
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