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休日の只中であるこの時間は本来なら、水曜日からの来たるテストに備えて、せめて形だけでも机に向かっていなければならない時なのでしょうが、ここ数日のニュースを見ていると、どうも頭の中で思考の波が蠢いて気が落ち着く様になりそうもないので、とりあえず思った事を書きとめておこうと思います。と言っても、この数日このブログを更新していない間におこった出来事、その中でも記憶に残されるべき出来事というのはあまりにも数がありすぎ、何から手をつけていいのか戸惑う様な感覚があります。
とにかく今問題なのは、今自分のいる環境が偶然に平穏な一方、社会の現象としてある出来事があまりに数的、量的に膨大すぎるがゆえに、その中に自分が組み込まれているという意識をなくしてしまいがちなところです。僕は社会の一員としての自分が思った事を、単純呟こうと思います。
第一にタイムリーな話題として、浜岡原発の停止ですが、僕はにわかな知識に基づく考えながら、英断だったのではないかと考えます。原発の中でも特に危険な立地とされる浜岡原発に対する不安は、確かに現地の方にとってリアルな問題だと思いますし、原発利権に絡め取られた政治家には出来ない事だったようにも思うからです。この事は、それによって現政権を持ち上げるとかそういう話では無く、情勢に対する評価の表明はあって問題はないと思うのです。しかし僕は同時に現政権に、それ以上の踏み言った対応を期待したかったと思いました。 次に、ウィキリークスがまたしても暴露した沖縄問題に関するもろもろの記事ですが、この事が今様々な話題に隠れ曖昧にされそうなことに、悔しい思いもありながら、或る意味で仕方ない様な、複雑な気持ちでいます。ビンラディンの殺害に対する感想も同様に、僕個人には少なからず複雑なものです。そもそもの話が、米国の言うテロとの戦争なんて概念自体、本当にありうるのでしょうか。テロが主体的な敵ではなく、地面からじわじわ芽を出してくる雑草の様なものである以上、それを根絶やしにしようとする試みは、有意でしょうか。 結局のところアメリカ、そして人類にとって、最も根本的なところで多文化主義の時代を生き抜こうとする努力だけが、本当の意味で有効なのでは? アメリカのやっている事はテロにテロで報復する行為であって、結局終わりの無い復讐合戦なのでは? 疑問は無尽蔵に湧いてきます。この問題はビンラディン一人が殺されたことで局面を迎えるほど、単純なものでしょうか。センセーショナルなマスコミの報道の裏で、この感覚は実は誰もが感じている事ではないかと思うのですが、はたしてそれはどれだけ、一般に共有された認識としてあるのか。
そういう点について、僕はいつも、自分の書きたい事を自由に考える事は出来ても、それを実際に文字にし、共有する事が出来ない様な、上手く表現しにくい葛藤を感じています。思った事や考えた事をもっとダイレクトに誰かに伝える手段があれば、世の中もっと手っ取り早く事が進むのですが、人間にとってそのための方法は常に、行動と言語という、とても曖昧で間接的な二つの選択肢しかありません。そのため社会の一員として十分な機能を果たせていないという、もどかしさをいつも感じています。最後に少し本題からずれて、僕はいつも思うのですが、はたして僕が読んだり書いたりするこの空虚な文字の羅列は、どれだけ人の考えを表現する事が出来ているのやら。そして人間はどれだけ確信を持って、自身の行動と思考を選択しているのやら。 |

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京都大学の湯川秀樹研究室から、北大の原子核研究室に移られた田中一(はじめ)さんと言われる原子物理学者がおられます。札幌に住んでおられて、私とは「非核の政府をつくる北海道の会」で面識があり、先日送っていたただいた、自伝的研究目録を先ほどまで読んでいたのですが、そのなかで、田中先生は、人類が”好き嫌い”等の価値判断をするようになって十数万年たったが、論理的思考をするようになってからは、未だ数千年しか経っていないため、言葉で自分の意思を伝えるのは、これからの課題だと言っておられます。私は庶民の言葉が、社会に影響を与え始めているのがブログだと考えています。
2011/5/7(土) 午後 11:41 [ 琵琶 ]
ウィキリークスがまたしても暴露した沖縄問題に関するもろもろの記事ですが、アメリカと日本の間の八百長です。国民を丸ごと騙そうという「詐欺」国家です。原発問題も菅首相が動かざるを得なかったのは国民世論だけです。彼には思想がありません。様子を見て今回原発に関しては国民相当真剣に向かい合っているなと感じたのでしょう。貴方の深い疑問を国民が共有したときこそ、日本の未来を確信を持って語れるように思います。アメリカ国の正義と日本のお偉い方の正義が全世界の世論に潰される日はそうとそう遠くは無いと思います。アメリカの良心はマスメヂィアで流されるだけではないと思います。日本でも沖縄がおかしい、原発はおかしいと声を上げている報道は余り流されません。真実を見極める力を持って生きなければと日々思っています。世相(勝手に作られた)に踊らされることの無いようにと…
2011/5/8(日) 午前 11:04 [ yuu*a2*miki** ]
いつもながらテーマが多く、それぞれのテーマ共感しているのですが、ビンラディンについて、
暴力は、決して解決は出来ません、暴力は新たな暴力を生み出し、果てしなく続きます、
ビンラディンの殺害、死体遺棄は、単なる犯罪行為では無く、アメリカ国民のみならず、世界の人々、を脅威に晒す事になってしまいました。
日本国憲法前文に書かれている、人類普遍の原理、人間社会の不変の法則、を、武器に暴力の連鎖を止めなくてはならない。
2011/5/9(月) 午後 7:21
琵琶さん。
コメントありがとうございます。ブログは庶民のメディアにもなりえますが、その分様々な勢力によって利用されます。ブログというツールの中で、より良識的な働きかけをする存在が、重要になると考えます。
mikiさん。
思想的な人間は常に敬遠されがちですが、思想のまるでない人間というのはそれ以上に異質な存在だと考えます。とりわけ主体的に物事を考えると言う事が、世論操作が簡単に行われるようになったこの時代に必要なものの一つだと思います。
2011/5/12(木) 午後 7:37
よこ八さん。
ビンラディンが犯罪人であることに異論はありませんが、しかし、それを無条件殺すこともまた、テロの一種だと考えます。テロにテロで復讐する、その復讐の連鎖の果ては、いくら追いかけてもたどり着けない遠方にあると、僕は確信しています。
2011/5/12(木) 午後 7:39
明日のお勧め記事目録に加えます。
ところで、テストは終わりましたか?
2011/5/13(金) 午後 9:46 [ 琵琶 ]
別冊「宝島」1752号「誰も書けなかった日本のタブー」というタイトルのムック本。見開きにINTRODUCTION「さらば八百長メディア」
というタイトル記事が記載されてる。結局大手メディアは収入源である広告料や、様々な取材に対し接待漬けにされて、都合の悪いことには手心を加えていたから、追求するにも出来ない。ということらしい。本文の記事はそれ以外のタブーとされてることが書かれている。これをどこまで信じるかだろうが。何らかの問題があるからこそ出てくるのだろうし、少なくとも裏付けの取材は行っているから出版したのだろう。あとは我々がどう判断するかだろうが。
転載させていただきます。
2011/5/14(土) 午前 7:34 [ waterdrinknoumin ]
琵琶さん。
ありがとうございます。昨日で終わりました。結果は・・・かなり微妙なものになったかもしれませんが、とりあえず終わりました。あまり気負わずにやっていこうと思います。
waterdrinknouminさん。
コメント、紹介、転載ありがとうございます。マスメディアの問題は彼ら自身が報道しない為に、あまり知られないものになっていると思います。記者クラブ制度にしてもそうですが、やはりその点を意識する必要はあるだろうと思います。
2011/5/14(土) 午前 8:44
itさんアクセスありがとうございました。僕たちの9条バンドも9条の会で、沖縄の歌や、平和の歌を歌っています。沖縄の基地はなくさないといけません。やはり、民主党もオバマさんも出来ませんでした。日本独占主義とアメリカ帝国主義の二つから開放されないと日本はなくなります。平和に乾杯!
2011/6/6(月) 午後 10:04 [ masa ]
masaさん。
非常に返信遅くなり申し訳ありません。コメントありがとうございます。このブログは実質的に休止状態ですが、今後何らかの関わり合いがある事もあるかもしれません。以後、よろしくお願いします。
2011/6/12(日) 午前 10:08