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何か書きたいとは思っているのに、なかなかパソコンに向かう気になれない。最近ご無沙汰している数週間の生活は、どうもそんな感じだ。だが或いは、それはむしろ、僕自身にとっていい事なのかもしれない。仮想空間での言論が生活に占める割合の低下は、そのまま復学後の生活が充実しているということの裏返しとなるし、実際、生活は冬頃よりかなり良いものになっている。この島には、そもそもとける為の雪が無かったのだけれど、それは文字通り春の雪解けの感だ。こうなると、悩みに悩んだ末に何一つ前進しなかった昨年一年間が、馬鹿みたい思えてくる。 もっとも、実生活のぬるま湯につかった事で社会に対して興味を失ったのかというと、それはそうではなくて、新聞やニュースサイトはまるべく読むようにしているし、頭の中では自分なりに物事を考え続けている。去年受けた授業のなぞりがき、年初めの恐ろしく初歩的なところから始まる数学や世界史の授業などになると、殆どうわの空で話を聞き流しながら、考えているのは全く別の事。沖縄市で交通死亡事故を起こした海兵隊が、公務中であったがために日米地位協定に従って不起訴になった。宜野湾市は基地内の米軍住宅を被災者の住宅として提供しようと主張している。内地のメディアではこれを、どういう風に報じられているだろうか。ここのところの原発報道を見ている限り・・・僕は正直、余り期待していない。
福島の事故も沖縄の問題も、本来なら他の地域の人々にとって他人事でいられるものではない。原発の問題に対して日頃無関心な暮らしをしていた多くの国民は、今それ思いを知らされているはずなのにと、僕は思う。復学してまず最初に思ったのだけれど、僕たちの日常の生活と社会の問題との間には距離がある。その為に、人間は日頃社会の矛盾を無意識に許容する。無意識のうちに世界は周り、それはあらぬ方向をめぐって、そして最終的には僕たちのところに帰ってくる。その状態が変わらなければ、未来に希望の光は灯らない。
今度の一件を受けて、フランスでもスイスでもドイツでも、原発反対派が盛り上がり、韓国や中国は日本国民以上に、放射能に対し強い反応を示しているらしい。はたして彼らが異常なのか、僕たちが異常なのか。日常を生きていきながら、社会の物事を考える事も両立しないと。それが、僕のこれからの課題になるだろう。
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