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色々と自分なりに勉強してきた上でのまとめ。間違いがあるようならごめんなさい。
戦後世界は二つの側面から、同様に一つの時代を作った。利益を求める人達が作った資本主義の潮流と、労働者の理想を追い求める人達により「発見」された社会主義の潮流である。世界は二つに分かれたが、是を資本主義社会が共産主義の時代に移り変わっていく過程と見ることもできたし、単純にイデオロギー対立によって世界が紅白合戦を呈しているだけという見方もあった。何れにせよ世界は矛盾する二つの社会を内包しつつ、一つの世界の様にふるまってきた。民主主義を導入する国の内側では、その双方の潮流に与する政党、階級が競い合っていたが、多党制の最中、その対立の構図は誤魔化され続け、仮に一つの国家が自らの与する陣営を変えることを目論めば、たちまち双方の代表者であるソ連邦と米国によって阻まれた。二匹の毒蛇がにらみ合う恐怖が、世界の均衡を保ってきた。
そんな中、どちらの陣営が優秀かなどと断言する事は難しいにしろ、一つだけ確かな事があった。それは、共産主義は自壊しない限り永久に共産主義を採用し続けるだろうが、民主主義を採用する資本主義国は、見かけ上共産主義へと移行する可能性をもっていたという事だ。しかし、一見したところ資本主義の持っていた自由とは、実際その内部で生活する人間にとってかなりの不自由を伴う。成功する自由があると言う事は、失敗する自由があると言う事であり、言論する自由があると言う事は、言論を否定する自由もあると言う事だった。民主主義は最悪の制度だが、それよりましな制度がない。そういう様な事を言ったのは英国の保守政治家チャーチルだったと思うが、その通りだと思う。資本主義国は自然二大政党制の様相を呈し、それが共産主義に移行していく可能性は、どうもなさげだった。
それでも、保守的な人々は共産化を何より憂慮した。その為に、冷戦という圧力により国民の共産化は最大限妨害される一方、余程安定したポピュリスト政権ができない限り、資本主義国は社会主義の要素を少しずつ取り入れ、国民を懐柔させようとした。そのために、共産化を心配させ続ける内部の役割は必要だった。それがなければ、ビリヤードの様に遠まわしなやり方ながら、国を安定させることが出来なくなる。アメリカの様なガッチガチの資本主義国ではそのようなものは見られなかったのだろうけれど、主要な先進国の内側から資本主義の膜をけり破ろうと必死にもがく人達がいたがために、様々な社会保障の整備が進んだ。同時に社会は安定していき、同陣営内での大国間での戦争は起こり得る筈がなかった。負の力が、人類が望むものかどうかはともかくとして、世界を安定させているらしかった。
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