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仲井真知事、協議会「厳しい」 前原沖縄相と会談
2010年8月2日 http://ryukyushimpo.jp/themes/shinpo2008/images/b_entry.gif http://b.hatena.ne.jp/entry/image/http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-165737-storytopic-3.html http://ryukyushimpo.jp/themes/shinpo2008/images/delicious.med.gif http://ryukyushimpo.jp/themes/shinpo2008/images/ybm16.gif
仲井真弘多知事は1日、来県中の前原誠司沖縄担当相と那覇市の沖縄ハーバービューホテルクラウンプラザで面談した。仲井真知事は米軍普天間飛行場の移設に触れ、鳩山由紀夫前首相が「最低でも県外」としながら名護市辺野古崎への移設になったことに対し「百八十度考えが変わった。極めて厳しい」と述べた。
政府が普天間飛行場移設に関する国と地元自治体の協議会の設置を検討するなど、県内移設を前提にした手続きが進むことに不快感を示した形だ。
一方、面談後の会見で、前原氏は協議会について「(知事は)そういったこともぜひ考えてもらいたい(と話していた)」と述べ、知事が移設に関する協議会に前向きな姿勢を示したと受け止めており、今後波紋を呼びそうだ。
面談後、仲井真知事は記者団に対し、移設決定の経緯などについて「具体的な説明を受けていない。しっかりとしてもらいたい」と述べ、まずは説明が先だとの見解を示した。 ただし説明を受けた上でも、県内移設を前提にした協議会参加には「厳しい。簡単に政府が決めても前に進めるのは簡単ではない」と強調。「基本的に県民が納得いく解決策を政府が出さないと始まらない」と述べた。
一方で、地元自治体と政府が意見交換する場については「将来そのような場が要ることは確かだ」と述べ、県内移設が前提ではない協議機関の設置については一定の理解を示した。知事周辺は「移設についての協議機関に参加はできない。ただ、普天間飛行場の危険性除去などテーマによっては意見交換の場は必要だ」と説明した。
(見出し記事とは内容は異なりますが。。)
先月行われた参議院選挙沖縄選挙区の結果について、先日、県内紙の「声」の欄に、こんな記事が紹介されていた。何でも同紙に寄せられた「声」として、本土在住のある読者から、今回の参議院選挙において、普天間基地県内移設反対を繰り返し強調していた革新陣営の敗北を根拠に、沖縄県民は本当のところ、普天間基地の県内移設を望んでいるじゃないか、という様なものがあったのだという。記事の文脈を見る限り、彼がどういった思想的な立場から、そういった主張をしたのかはわからない。しかし、いずれにせよこういった「普天間基地沖縄県民受け入れ容認論」は、特にネットにおいて、意外にありふれているように思う。ハッキリ言って、盲目的であると言わざるを得ない。それでは、一体どう盲目的であるのか。今日はその点について、僕なりの意見をまとめる。
まず、第一に、これは情勢を読むという観点からいって盲目的だと思う。そもそも今回の参議院選挙において、沖縄選挙区が革新陣営を輩出したからと言って、それが普天間基地の県外移設に繋がっていたとは限らない。むしろ、政権を離脱した社民党の山城候補や、事実上三つ巴の争いといわれた中、いまいち伸び足りなかった共産党の伊集候補に比べて、かつて県内移設容認派であったとはいえ、影響力、認知度ともに高い自民党の島尻候補が当選した事は、ある意味、選挙としては自然な成り行きであり、それを県民が県内移設に容認的なベクトルに向かえっている証拠とするのは、あまりにも実情を顧みない、乱暴な論調だ。問題の見方があまりに淡白ではないか。どのような立場にとっても、普天間問題はそんなに簡単な問題ではないはずである。
そして第二に、これは言うまでもないが、事実に対して盲目的だ。普天間基地問題に対する県民の世論は政権交代以来一貫しているし、それは各種調査などによって嫌というほど明るみにされている事だった。問題に関心を持つ人間として、物事の見方が多少偏ってしまうのは仕方がないのかもしれないが、しかしそれにしても、どういった発想で、それを県内紙に投稿しようと考えたのか。革新候補が敗北した事に対する腹いせなのか、或いは県民に対する冷やかしか、或いは、本当にそう思っての投稿なのかは知らない。沖縄の米軍基地問題において良く聞かれる、この「沖縄県民普天間基地移設容認論」だが、こういった虚構はどういった発想から生まれるのだろう。縞馬に対しておまえは只の馬だと主張する、その滑稽さを想像してみてもいい。事実に対して盲目的であるという事は、時に致命的だ。
そして第三に、これが何よりだが、常識に対して盲目的である。そういった主張を盲信する人物は、沖縄の県民の何を知っていて、物知り顔をしているのだろうか。政治思想は自由でも、事実を捻じ曲げる事は、はたして自由だろうか。それが不確定要素であるなら良い。そういった問題については、当然議論はなくてはいけない。しかし、これほど明らかに確定的な要素に対して、何故わざわざそういった発想が必要になるのか、或いは、何故そういった発想が生まれてくるのか。彼ら自身、それが事実でない事は理解しているはずだ。現実としてそこにある問題について主張しているのだという自覚が、あるかないかという違いではないか。
人間社会には様々な要素があって、ある一面だけを切りとって、全く別のものを読み解こうとする事は、存外に難しい事であると思う。選挙についても、それは同じ事であるべきだ。参議院選挙の側面は、保革などという単純な枠組み一つではない。物事の側面はいつどのような話題にしても、多様性に富んでいるからこそ面白い事が起こるのではないか。当選した島尻議員も辺野古移設反対を訴えて当選した議員だ。敗れた候補の分も、しっかり参議院の最大野党の議員として、自分自身の掲げた公約を強く主張する事を、僕は期待する。
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