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今週の金曜日は学年行事の遠足だった。楽しみにしていた行事といえばそうだけれど、高校生にもなって、いささか子どもっぽ過ぎる様な気もする。オキナワの四月は感覚から言えば、殆ど夏の様なものであり、遠足先のビーチでは、太陽がさんさんとして異様に眩しく感じた。海はサンゴの途切れる辺りからエメラルドグリーンと濃青の二色に綺麗に分かれて、殆ど自然そのものといった色に彩られていた。思わず綺麗だねーと話をしていたら、座間味村出身の友人曰く、離島の海の純度に比べればあれでもかなり濁って見えるらしい。とっさに、沖縄本島の海岸はきれいだとよく言われるけれど、それでも随分開発が進んでいるのを思い出した。何も手を加えられていない海は、本来それほどきれいなものなのだろうか。 ところで、この離島からやってきた友人なのだけれど、彼女は話をしてみると実に聡明な人だ。クラスメイトの割に日頃は図書館でしか会わないけれど、昨日はお互いかなり暇を持て余していたので、随分長い間話をした。日差しが強すぎる、クラスメイトが快活すぎる、RADWIMPSの「狭心症」は良かった、その他込み入った話云々。それからブログで原子力について取り上げたいという話を経由して、原発近くの被災地からトラックで逃げ出した自衛隊員の話になる。彼女いわく、あれは責められない、自分は理解できるとの事。さらに踏み言って、政治家には被災地に行って指揮を執る人なんていない、ともいう。そう言われると、全く一理ないでもない。
遠足が終わるころには、これ以上焼けようが無いと思っていた肌が真っ赤に焼けていた。考えてみれば、太陽光の力は強い。海風だって強い。原子力の力には到底及ばないのかもしれないが、僕らが言った西原のビーチのすぐ近くにある知念村でだって、大きな風車が二機、ぐるぐると回っていたし、採算が取れないのならともかく、作ることに意義があるものなら、二つ作れて三つ目が作れない理由というのも見当たらない。浦添には、まるで箱モノランドとしか形容しがたい大公園がある。同じ場所に違う展望台を二つ立てる事より、三つ目の発電機を作る方がはるかにましな予算の使い方であるという事は、僕にだってわかる。世の中そんなに簡単なものではない、といわれてしまえば、それまでなんだろう。しかし、それにしても、色々な事を考えた。
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自分の事
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明日から当ブログは、早めの冬休みをいただきます。
今年中には復活するつもりでいますが、どうなるかなー。是ばかりは自分でも分かりません。
その間、ブログを通したコミュニケーションや、皆様方のブログへの訪問も難しくなると思います。
とはいえ、別に体調を崩したとか、ブログが嫌になったという事ではなく、
単純に管理人個人の生活上の都合によるものですので、ご心配なさることなく。
ではではみなさん、
良い冬をお過ごしください。
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先日お伝えした一部記事、コメント欄において、
コメント欄のある人物を名指しで、統合失調症ではないかという指摘をしましたが、
信頼できるブログ仲間からのご指摘によると、精神疾患を持った方ならそもそもこういった行動自体しないだろうと言う事です。
申し訳ありません。
誤解を避けるため、お詫びと訂正申し上げます。
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自分自身を苦しめる事の無い、痛みを伴わない変革はあり得ないけれど、しかしそれは良識の範疇で行われるものでなければいけない。この一ヶ月間様々な事があり、悩みぬいた末の結果として、何故こんな簡単な事に気が付けなかったのかと、自分自身をいぶかしむ様な気がする。僕はたったそれだけの事を、多くの人の支えの中で教わった。それは決して自分自身で考えだした事ではなく、誰かに教えてもらって初めて分かる事だった。結局のところ、僕は尊大にふるまおうとするほど何も分かっていなかったのだと思う。そしてその事に気が付けただけで・・・それは進歩じゃないか。
このブログを見ることになりえる、色々な人に対して告白するのだけれど、僕はつい数日前まで真剣に死のうと考えていた時期があった。具体的な日時まで決めて、そう長くは生きないつもりだった。生きていく事は、自分自身の慣習に対する妥協であって、一番不自然な道を選んで初めて、僕はけじめをつけられるのだと、そう考えていた。良識の外にある方法で、痛みを求め、そして、それを疑わなかった。病気のせいと言えば病気のせいだし、自分のせいと言えば自分のせいだ。もっと言えば、うつ病もまた僕の一部じゃなかったのか。病気を口実に逃げていたと言えば、そう言うことになると思う。
何をやっても、何を言われても傷つくばかりの毎日。先が全く見えない毎日は、今でも続いているし、きっとこれからも続く。同じ状態でない人に、この気持ちが分かるか?それはあり得ないと思う。だから、誰かのアドバイスは半分の意味しか持たない。しかし、それでも僕は自分をあきらめないし、自分に嘘をつくべきではない。人の意見に対しても謙虚である必要がある。僕は生きたい、のだと思う。そうでなかったら今まで生きているものか。人生という道はいつでも二つに分かれていて、片方は死へ、片方は生へと繋がっている。片方の道は終わりへと続き、片方の道は続きへと続く。僕はいつでも無意識のうちに、続きの方へと進んできた。それが、なんやかんやと言いつつも、結局のところ今の今まで生きている僕の深層心理を客観的に証明しているじゃないか。
さっき生が妥協で、死がけじめだといったが、生も死も結局のところ同じ事だったのだと思う。過去を皮肉って、破壊し、そして美化し、再生する。それを半永久的に繰り返す、無限の修正が人生じゃないか。死を選んでしまえば、確かに人生は過去のものになって、それはある観点からは正当化されるのだろうけれど、それは全く将来の可能性を失うことになってしまう。けじめにせよ妥協にせよ、それがかつて踏み固められた過去という基盤の上に成り立った消極的なものであるという意味で、決して違いはないのではないか。ただ、将来の可能性を残すか、無くしてしまうかの違いだ。
「過去」の失敗は、確かにすでに固定的な事実として実在する。しかし、それは確かに出来事として事実ではあるけれど、真の意味にリアルに感じられる、『実際的』な現実にとってはそれは存在せず、むしろ、流動的で不安定な「現在」こそが、本当に『実際』ではないか。出来事としての過去は固体的で、現在は液体的だ。人はつい、つかみどころのある方へ・・・固体的な方へ、永久の過去を作る方へと、その歩を進めたくもなる。しかし、未来には何があるか。未来は気体であり、期待である。それは確かにあるのである。目には見えないけれど、きっと確かに。
これだけ簡単な事を一々教えてくれたあなたに、
多分、このブログを永久に見ないあなたに、ありがとう。
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