ココア共和国

ここはどこだ。ここはココア共和国。きょうはここらでココアにしよう。秋亜綺羅のブログです。

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受贈詩誌の感想(7)

水盤14号
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2015年2月15日
編集:平野宏
発行:水基盤
〒856-0835
長崎県大村市久原2丁目1201-88
 
数式の立て方
 
大勢のxになりたい。あとは値を入れてくれたらいい。
私がどんな顔をするのか、どんなふうに声を震わせ息をつくのか見てほしかった。
変体ではなく大事なことだから、そうしたかった。
中継を受け付ける気合であるが、彼はyとなるのに尻込んでいる。
慈善事業に白ける姿勢だけれども的外れは明白で、彼はもうyとなれないのかもしれない。所有されているのかもしれない。
 
(岩下祥子「Irregular」)
 
 
xyを見ると私は萌えます。数式のシンプルな美しさ、その軌跡(奇跡!)を想像して悶えます。数学は詩以上に詩的だと思います。という主観はさておきまして。とはいえ、やはり主観でしかないのですが。
 
「大勢のxになりたい」という気持ちは何となく分かる気がします。
 
そのようなxになるためにはyが必要です。yになりたいと思ったこともありますが、本質的に違うのです。自分ではyになれないのです。だから次のように要求するしかありません。
 
《私がxになるのであなたはyになってください》
 
だというのにyとなるのに尻込みされてしまったら、yになってもらえないのだとしたら! 数式を立てることは諦めるしかありません。美しい軌跡を描くことはできません。なんと口惜しいことでしょうか。
 
 
 
水盤14号
 
連詩の楽しみ
 
<1>森永
 
ふらりと出た旅先は
名前も知らぬひなびた町で
訪ねるところもない
時間つぶしはないものか
 
(中略)
 
<2>福間
 
その角を曲がれ曲がって進め
欲望の道を進めばいいのだ
あどけない人の足に躓いたのは旅に出て七日目
「獅子の舌」という名の食堂に入った
 
(中略)
 
<3>平野
 
曲がったさきはまた曲がって
どうやらそのさきもまた曲がっているようだ
時計回りの白い風がうごいている
歯にはさまった言葉を 舌の先が掻きだしているうのに気づく
 
(中略)
 
<4>岩下
 
聞き間違いに託して事を起こす
歯を立てるような右と
捲られ目を閉じて受け容れる左
続く逃げ道ではなく行き止まりへ
 
《企画》
連を繋いで「檻」まで行き、その「檻の中のもの」がなんなのかを明かしてください。
 
 
森永かず子さん、福間明子さん、平野宏さん、岩下祥子さん4名の連詩です。この順番で5順しているのですが、息が合っていて、最初は別々の人が書いているということに気付きませんでした。
最後にはそれぞれの檻の中が明かされます。そこに何があるのかは、読んでのお楽しみです。
 
 
 
hotel」35号
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2015年1月10日
編集:澤口信治
発行:hotelの会
〒263-0005
千葉市稲毛区長沼町288-227
 
やさしい言葉
 
やさしい釦
井本節山
 
ひびきが、一筋ずつ。とりわけて、この小雨は。毛布に、細い糸が落ちるようだよ。
雨の表と、裏を縫い合わせて。耳をすます。糸切り歯で、夜をぷつんと閉じて。おやすみ。
 
耳朶をかむ。声の先を湿らせて。ここにも縫い合わせる地平がある。シャッターを切るよ。
だんだんほつれていく。動かないで。陽が消える前に、針を通すから。襟に留めるから。
 
やさしい釦。異質なものは、互いにゆるく重ならんことを。隔たりのままに、やさしく身を寄せ合わんことを。
空隙は、この小雨で満たされんことを。
 
メールのようだ。息を添付せよ。髪を添付せよ。濡れた爪を添付せよ。
折りたたむことを拒まない、その風景を添付せよ。
 
燃えるよ、文字が。頼りないものに、耳を傾けて。まずしい音楽の始まりを。
君を出て、僕の耳へ導く、糸のようだ。さまよう針が、こすれて、細い炎を留める。
もうちょっと聴いている。明るい毛布のようだ。雨を包む、毛布のようだ。
 
 
ソフトな言葉と温もりのある情感が心地よく、ずっと聴いていたいなと思いました。
素朴なのに安易ではないところが素敵です。
 
 
 
hotel 35号
 
眩暈の快楽
 
だがリズムだ、リズムこそは眩暈とその固定という矛盾しきった欲望の運動の特権的な反映である。テンポある織物の中で、結論は拒まれている。構造は循環的である、中心紋ひらく、きれいごとは脱臼する。またがったり、切り刻んだりするものがふえる。非常に旋律的な線が伸びたかと思うと、不意の驚かせがあり、加速があり、横揺れだの縦揺れだの、もしも世界がひとつの婚礼の夜に還元されるなら、ぼくは喉首だろう。
 
(野村喜和夫「眩暈原論(12)」)
 
 
詩を書くことを詩に書いている感じがします。
この「眩暈」は一度経験すると忘れられない快楽であり、ゆえに詩を書くことはやめられません。
 
作品はあくまで結果に過ぎず、詩を書く真の目的はその過程にあるのではないかと私は思っているのですが、皆さんはどうなのでしょう。気になるところです。
 
 
 
藤川みちる (ふじかわ・みちる)=劇作家・俳優・詩人
 1991年生。 仙台市在住。


 
 
 
 

 
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