|
2011年10月19日(水)
こんにちは。 秋亜綺羅です。
10月8日(土)に青森市で、日本現代詩人会と青森県詩人連盟が主催する、「現代詩ゼミナール”東日本” in 青森」 が開かれました。
東京と東北6県の詩人たちが集まり、シンポジウムや自作詩の朗読などが行われました。
わたしも呼ばれていて、大好きな伊藤文恵の舞踏といっしょに、詩を叫んで来ました。 伊藤文恵は仙台の新鋭の舞踏家で、1時間踊れば1時間だけ歳をとって見せることができる、身体表現の詩人、天才の舞踏家です。 わたしより、30歳ばかり若い。
VTR=伊達泳時
わたしの今回の詩は、マイクロフォンも、音楽も、音響も使わずにやること。 演劇的な面白さも、音楽的な面白さも排除する。 ステージのうえでふたりは目を合わせることはない。 という点を確認しあっていました。
マイクロフォンを捨てたのは、機械を通して声は、音に変化してしまうからです。 伊藤もわたしにとっても、音を使わないというのは、とてもつらいことです。 ふたりともずっと、音楽をメトロノームにしてきたからです。
観客にはとても退屈だったろうけれど、ふたりにはとても恐怖でした。 わたしも伊藤も裸足でした。 この会場内で裸足なのはふたりだけ…。 怖いので、ステージの床をとおして、手(足?)をつないで、演じていたというわけです。
ふたりが目を合わせない、という約束は、ふたりはおたがいも、観客すらも見えていない。 という設定で、詩を読んでいるからです。
たがいの身体の気配と、ことばという名の観念だけを頼りに、ふたりはステージに立っています。
音を使わないことで、観客たちの呼吸を感じることができました。
実は、そこに今回のステージでの朗読の目的があったのです。
ひとの呼吸をメトロノームにすること。
まあ。 たぶん、うまくいったとは思えませんけれど…。
わたしはこれまで、詩の朗読をするとき、
「ひとりの少女が交通事故に遭って、倒れたまま自分の血で 『おかあさん』 と、アスファルトのうえに書いたとする。 その5文字のことば以上の衝撃がないものは詩じゃない」
などと、ちょっと偉そうに話してきました。
だけど、3月の震災後の被災地の風景には、「おかあさん」 という5文字が、いたるところ、どちらを見回しても、現実として存在したのでした。 現実の 「おかあさん」 は強烈でした。
もうわたしは二度となにも書けないんじゃないか。 と思ったりしました。
だけど何か月か過ぎて、わたしもここで、がれきのひとつになって、「おかあさん」 と叫んでみよう。 と考えるようになりました。 この場所と時間から、詩でないものを引き算していってみよう。 そこにもし、いとおしさと切なさが、ちょっとでも残っているようだったなら、わたしの詩は、ぜんぶが津波に流されたわけじゃない。
今回のわたしの詩 「津波」 は、海岸で水平線に向かって叫ぶために、書かれたはずのものでした。
実際、イベントの翌日、青森の海に行ってみたのですが、津波のイメージとは程遠く、暖かく、穏やかで…、帰って来ちゃいました。
ビデオの伊達泳時などは、海の中から伊藤文恵とわたしを撮ろうと、海水パンツまで持って来ていたんですけれど、ね。
仙台に戻って、仙台の海や、閖上などにも行こうとしたのですが、通行止めばかりで辿り着けませんでした。
わたしの宿題はまだ終わっていない、というわけです。
ところで、今回の青森で、うれしいことがひとつだけありました。
その日すべてのイベントが終わって、トイレに入って小便をしていると、となりで同じく小便をしていた若い男性2人が顔を見合せながら話しているのです。
「あの、金魚の踊りの、伊藤文恵って、よかったよ、ね」 と。
となりで秋亜綺羅が聞いているのに気づかずに…。
ふたりの男が小便を垂らしながら、「伊藤文恵はいい」 と言ったのです。
どんなマスコミに取り上げられるよりも、どんな評論家に褒められるよりも、おチンチン片手の2人の男に認められちゃった。
仙台の伊藤文恵が、世界の伊藤文恵になった瞬間でした。
●●● 「季刊ココア共和国第7号」 のおしらせ ●●●
●●● 秋亜綺羅自身による詩の朗読 ●●●
●●● ツイッター! フォローし合いませんか? →秋亜綺羅 ●●●
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2011年10月19日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]





