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2013年5月5日(日)
ごぶさたしてますは飽きたので、おはようございます。 秋亜綺羅です。
わたしはいま62歳。 詩を書きはじめたのが18歳でした。 いつもわたしが想定する読者といえば、いまのわたし自身か、18歳のときのわたし自身かの、どちらかです。
今回の 「ちょうちょごっこ」 では、「わたし」 でなくて、「ぼく」 が1人称です。 「ぼく」 は18歳のわたしです。 で、「きみ」 は、「ぼく」 の恋人という仮定です。
「きみ」 は津波で死んだのか、自殺したのか、病死かもしれないけれど、おそらく死んでいます。 津波を思わせる記述もありますが、津波とか震災である必要はないと思います。 2万人死んだから大事件ではあるけれど、好きなひとが死ぬことや、自分自身が死ぬことより大きい出来事だとは限りません。
「ちょうちょごっこ」 では、恋人が残した泥だらけで、ぼろぼろになったぬいぐるみを、いつも抱っこしているという 「ぼく」 の物語です。 タイトルは 「ちょうちょごっこ」 ですが、「ぼく」 と 「ぬいぐるみ」 は 「ぼろ雑巾ごっこ」 をして遊んでいるのでした。
ふつうに行分け詩で、6ページに及ぶあいかわらず長ったらしい詩ですが、その中に3か所ばかり、散文が含まれています。
その、散文の部分だけ紹介します。 もし、ぜんぶ読みたい方がいらっしゃれば、本屋さんへ。 ふぅ、長いCMでした。
国語の時間に「幸せってなんだろう」という題で作文をしなさいと先生がおっしゃった。きみがトイレに立つとぼくも追いかける。女子トイレから水が流れる音がかすかに聞こえるとき、ぼくは男子トイレで放尿する。きみのおしっこと、ぼくのおしっこが下水管でいま、いっしょになっているのかと想像すると。なんだろうと、思う
国語の授業で作文があった。ことばは意味を伝達するからことばなんですよと、先生はおっしゃった。あなたみたいに、わけのわからないことばかり書いても、ことばとはいえないですよ、と。そこでぼくは質問した。先生!「永遠」ということばは、永遠の意味を伝達していますか
きみの影が椅子から立ち上がるとぼくの影も追いかける。ふたりの影たちはおたがいの影を見つめている。ねえ、そばにいてよ。そばにいてあげるから。影たちは話している。ことばに意味なんてあるだろうか。影と影が重なる場所に、きみとぼくはいない。幸せってなんだろう
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