ココア共和国

ここはどこだ。ここはココア共和国。きょうはここらでココアにしよう。秋亜綺羅のブログです。

カクテル・ポエム

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 こんにちは。秋亜綺羅です。
 わたしのカクテル・ポエム(詩の朗読)がYouTube にUPされたので、時間の許す方は覗いていってもらえるとうれしいです。
 昨年の11月に、仙台のエルパーク仙台で公演されたものです。
 
 きょうは、「九十九行の嘘と一行の真実」という詩です。
 
詩の朗読というので、吉永小百合の膝枕で子守り歌を聞くつもりだった方は、残念でした。
「これは受けつけないな」、と思った方も多いと思います。
 だけど詩っていうのはたとえば、不幸なひとを救う道具じゃない。むしろ不幸ということの、ひとつの形態だろう。とさえ考えています。
 
 すこし日にちをおいて、また後半を紹介しようと思っています。懲りずに来てください、ね。ますますマニアックですぜ。ふふふ。
 
企画・構成=丹野久美子
出演=伊藤文恵、斎木良太
詩=秋亜綺羅
制作=劇団I.Q150
 
 
 
 
 
 
カクテル・ポエム「ドリーム・オン」
九十九行の嘘と一行の真実
秋亜綺羅
 
 
九十九行の心電図に異常はない
九十九行の嘘と一行の真実という名の詩はラブレターである
たぶん
 
毎日長いキスをして、唾液と唾液が絡まって、相手の血液に自分の唾液が入り込む。そんなことを繰り返していると。いつかふたりは、同じ日に死ねるんじゃないか、って思ったりする
 
目を閉じると暗闇が出来るでしょ
その暗闇のなかで
目のなかの目を閉じるんです
 
ほら
暗闇のなかに
暗闇が見えるでしょ
 
暗闇って
かたちがあって
わりと明るい場所だよね
 
レモンスカッシュに溺れている紋黄蝶や
グラスには上半分の夕日と下半分の赤ワイン
金魚鉢のなかの水平線は波立っている
 
透明海岸の海では
水溶性の映画が上映されていて
遠近法が使用されることもなく
一行の真実はここにはなく
光る稲妻のようにやまびこが走っている
走っていない
 
やまびこというのは
新幹線ができる前からある盛岡ゆきの特急電車の名まえですよ
 
去ってゆく君の五月の七度目の休日日没(おわり)みちのくへの帰路
傷選ばず乗せては帰るやまびこの旅始まれば音沙汰未遂
旅烏漂い着きし鳥の島立つ鳥あとをとりつく島なく
もはや逢えず一枚二枚アパートにて想い着物は三枚四枚
禁じられし淋し白地図住所録伝言板大学ノート
きのうまで船乗りだった君いま逝き棚の海図を風の落と()して
たどり着く島さえあらずと無線打つ一本の風のたよりなき糸
呪うこと想い出すこと笑うこと腕立て伏せをきょうは九回
 
狼が来た
嘘だよ
 
 
 
   
 
 
 こんにちは。秋亜綺羅です。
 わたしのカクテル・ポエム(詩の朗読)がYouTube にUPされたので、時間の許す方は覗いていってもらえるとうれしいです。
 昨年の11月に、仙台のエルパーク仙台で公演されたものです。
 
 きょうは、「あやつり人形」という詩です。
はじめの部分、マイクが故障かなと思うかもしれませんが、ささやいているのです。
マイクを使用する目的は、拡声することだけではありません。好きなひとの耳元でささやくように、声を出すことができます。新劇の役者たちは、ささやきやすすり泣きまで、観客席に届くように発声練習をします。わたしはそれが嫌で、マイクをよく使います。若いころ、観客席のなかのひとりにだけ、糸電話を使って詩を聞かせる…みたいなことをしたこともありました。
 
 伊藤文恵、斎木良太のふたりの動きと気配が、わたしの詩のリズムを動かし始めています。
 
企画・構成=丹野久美子
出演=伊藤文恵、斎木良太
詩=秋亜綺羅
制作=劇団I.Q150
 
 
 
 
 
 
カクテル・ポエム「ドリーム・オン」
あやつり人形
秋亜綺羅
 
 
完璧な暗闇で目をつむると
水溶性の映画がやってくる
世界でいちばん明るい場所がそこにある
 
マッチを擦って煙草に火をつけた
瞬きすれば使い捨てガスライターの時代が使い捨てられる
 
わたしの国の天井では電球から蛍光灯へと吊るし換えられた
わたしたちの命題は夜を暗闇から葬ることなのか
 
地震が起きて電源が失われる
わたしたちのあやつられる足はそのとき言語を失調する
 
人生なんて人形芝居
ひとがあやつり人形にすぎないのならば
 
この足は思想が足かせ
こちらの足は装置が足かせ
 
疑惑をもみ消した信念など役に立たないのだ
人形たちが望むものは理論なんかじゃなく、仕掛け
 
ユートピア理論の敵は、自分のこころをユートピアにしてしまうことだ
人形たちのこころはじゅうぶんに貧しく。傷口だらけ
 
せめてできるだけ底の薄い靴を履くこと。地球を踏みつぶせる感じがして
そんな感じを履きたいとおもうのだ
 
自分の匂いがおもいきり染みるまで一着の服を着替えない
そんな日数を着たくなる
 
わたしは人形を背負った少女を背負っている
わたしは<かたち>と背中合わせ
 
少女はわたしにだけ唄う
あんたのこと好きじゃない
殺したいほど好きだけど
ほんとに殺すほど好きじゃない
 
少女はわたしにだけ囁く
ねえ、あたしのそばにいてよ
あんたのそばに、いてあげるから
 
一発の銃声は人生を変える
一度放たれた弾丸は世界のどこかに必ず当たるものなのだ
 
わたしの国では火のついた導火線の利用法を会議している
死んだふりした幽霊たちと、身を隠した透明人間たちと
 
誰かは走った
誰かは走らなかった
 
入り口が見つからなければそこはもう世界なのだ
出口がなければ<出口はない>と逆説する
 
インスタント食品<最後の手段>を買いにマーケットまで
詩も思想も笑いながら焼き捨てて
 
おそらく食事はおいしいとおもうのだ
いま飢えているところだし
 
一家団らんする
わたしと、逆説されたわたしと
 
わたしの人形と
逆説されたわたしの人形と
 
あやつられる時代と
逆説されたあやつられる時代と
 
 
 
   
 
 
 こんにちは。秋亜綺羅です。
 わたしのカクテル・ポエム(詩の朗読)がYouTube にUPされたので、時間の許す方は覗いていってもらえるとうれしいです。
 昨年の11月に、仙台のエルパーク仙台で公演されたものです。
 
 前回(きのう)は「プロローグ」でした。
 今回(きょう)から詩の始まりです。
 
すこし以前にわたしは、このブログで詩を9つ連続して書きましたが、読者に意味を伝達して、感動を「与える」みたいなものばかりでした。だけど、そんな詩にはぜったいにウソがあります。自分で書いておきながら、ごめんなさい。
 
 実は、このカクテル・ポエムこそが、わたしの本性だと思っています。
 戦場で傷つく兵士のために、どんな慰めの詩が書けるだろうか。交通事故にあって路上で血を流す幼女のために、どんな詩が書けるというのだろうか。不治の病と闘う病人のために、どんな詩が書けるだろうか。徹夜で勉強に追われている受験生のために、どんな詩が書けるだろうか。失恋して食事もできないでいる少女のために、どんな詩が書けるというのだろうか。
 なにも、できないんじゃないだろうか。わたしにできることといったら、目のまえのこんなにちっぽけなことにさえ、こんなにも本気な自分がいるんだよ。他人のためなんかじゃない。自分のために、自分が本気でいるんだよ。ただ、それだけを表現する。ただ、それだけしかないんじゃないだろうか、と思うのです。
 
 ふたりの男女の俳優が登場します。ふたりはわたしの詩を感じて演じ(踊り)ます。わたしはまた、ふたりの舞踏を感じて詩を組み立てていきます。
 
 この最初の詩「ドリーム・オン」では、ふたりの俳優はまだほとんど動いていません。台本はもちろんありません。ふたりの俳優もまた、自分自身のために舞踏しつづけるだけです。
 
企画・構成=丹野久美子
出演=伊藤文恵、斎木良太
詩=秋亜綺羅
制作=劇団I.Q150
 
 
 
 
 
 
カクテル・ポエム「ドリーム・オン」
ドリーム・オン
秋亜綺羅
 
 
ドリーム・オン、ドリーム・オン
明日に至る病いを抱えてドリーム・オン
 
ドリーム・オン、ドリーム・オン
ベッドに倒れて切符を切るドリーム・オン
 
ドリーム・オン、ドリーム・オン
借りなんて返さなくていいドリーム・オン
 
ドリーム・オン、ドリーム・オン
あなたにはシッポがないのでシッポを切る
ドリーム・オン
 
ドリーム・オン、ドリーム・オン
あなたにはクチバシがないのでクチバシを切る
ドリーム・オン
 
ドリーム・オン、ドリーム・オン
あなたにはミズカキがないのでミズカキを切る
ドリーム・オン
 
ドリーム・オン、ドリーム・オン
あなたにはトサカがないのでトサカを切る
ドリーム・オン
 
ドリーム・オン、ドリーム・オン
あなたにはツバサがないのでツバサを切る
ドリーム・オン
 
ドリーム・オン、ドリーム・オン
鳥は足がなくても飛べるので足を切る
ドリーム・オン
 
ドリーム・オン、ドリーム・オン
あなたには手がなくても歩ける手を切る
ドリーム・オン
 
ドリーム・オン、ドリーム・オン
かたつむりは家を背負っていることに気がつかないツノを切る
ドリーム・オン
 
ドリーム・オン、ドリーム・オン
あなたには家がないので背骨を切る
ドリーム・オン
 
ドリーム・オン、ドリーム・オン
魚は意識がなくても泳げる意識を切る
ドリーム・オン
 
ドリーム・オン、ドリーム・オン
眠るのに肉体はいらないから肉体を切る
ドリーム・オン
 
ドリーム・オン、ドリーム・オン
めくらには目がいらない目を切る
ツンボには耳はいらない耳を切る
オシに口はいらない口を切る
 
一年二年、ドリーム・オン
ひと昔ふた昔、ドリーム・オン
一秒二秒、ドリーム・オン
あしたあさって、ドリーム・オン
 
 
 
   
 
 
 こんにちは。秋亜綺羅です。
 わたしのカクテル・ポエム(詩の朗読)がYouTube にUPされたので、時間の許す方は覗いていってもらえるとうれしいです。
 昨年の11月に、エルパーク仙台で公演されたものです。
 
 きょうは「プロローグ」ということで、詩が始まるまえのところです。
 ステージの中央に立てられた仙台市の地図…。観客全員に自分の住んでいる地点に画びょうを押してもらっています。
 実は画びょうには夜光塗料が塗られていて、暗転になるとステージの上に星空が出来あがるという仕掛けです。
 その暗闇のなかでわたしは、これから出演する2人の俳優の紹介をかねたプロローグを「棒読み」しています。
 家庭用のビデオのため、夜光塗料の光をじゅうぶんに捕えていません部屋を暗くしてご覧いただくと、見やすいようです。
 
企画・構成=丹野久美子
詩=秋亜綺羅
制作=劇団I.Q150
 
 
 
 
 
 
カクテル・ポエム「ドリーム・オン」
プロローグ
秋亜綺羅
 
 
コンサートといえばクラシック音楽ばかりだった時代に、
世界で初めてのジャズがホールで披露されたとき、
観客はしらけてしまい、ブーイングが渦巻いたと思う。
だが、この歴史的な時間と場所に立ち会ってしまったことに、
ずっとあとになって、観客は気づくことになる。
 
今回の丹野久美子のくわだてには、
そんなスケールの巨大さを感じるのである。
 
男女2名の行為は10時間に及ぶ。
そこにはおやつの時間や、食事、お昼寝タイムもあるという。
 
ここは日常なのか、それとも演劇の中なのだろうか。
観客は自分が観客であることを問うことになる。
だが、この演劇に観客論はない。
単独犯なのか、共犯なのか、立会人にすぎないのか。
観客自身が決めればいいことである。
 
演劇のステージの上では、ある種の錯覚こそが、
もっとも劇的なる現実、ということになる。
 
夜、眠り始めた瞬間に、目覚める夢を見る男がいる。
朝起きて夜寝るまでの一日を、そっくりもう一度夢に見てしまう。
 
朝、目覚めた瞬間に、昨日の夢とまったく同じものが始まる女がいる。
夜じゅう見つづけた夢が、現実で確実に実行されるのである。
 
男はある日、死ぬだろう。
二度くり返す人生の夢なんか、もう見なくてすむんだよ。
 
女はある日、死んだ夢を見るだろう。
夢からさめない方法を、だれに尋ねたらいいだろう。
 
斎木良太と伊藤文恵にはそんな感性を覚えるのだ。
そんな男女が、エルパーク仙台のステージで出会うことになる。
それは夢の中で、なのだろうか。現実で、だろうか。
 
仕組まれた日常と、
なにもしない演劇。
 
声が出なければ、
叫ぶしかないよ。
 
ここが暗闇ならば、
凝視しつづけるしかない。
 
泣きたければ、
歌うしかないさ。
 
気づいた時にはもう遅い、
夢中だった。
 
気づいた時にはもう遅い、
ドリーム・オン。
 
切る! 切り裂く!
夢だと思ってなんでも切る!
 
 
 
   
   

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