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2015年3月13日(金)
こんにちは。 秋亜綺羅です。
このブログ、藤川みちると恋藤葵のふたりの詩人にすっかりまかせっきりで、わたしが記事を書くのは、ことしになって初めてのような。 …
昨年12月発行の、東京大学生協のPR紙? 「ほん」 第389号に、詩人・永方ゆかが、秋亜綺羅 『ひよこの空想力飛行ゲーム』(思潮社) を評してくれています。
詩集のなかの 「来やしない遊び友だちを待ちながら」 を取りあげ、
読後、私の中にカレイドスコープの様な多色性の感覚と共に波状的に立ち上ってきたものが
あった。 それが一体何なのか直ぐには分からず、余韻を噛みつつ作品をふり返っていると、
不図気がついた事がある。 それは、冒頭の留守録のような不条理台詞と、不意に差し込まれ
た 「入院する朝ぼくにくれた電話の声」 とが、既視感を伴って重なっていたのだという事で、そ
の瞬間、読後に立ち上ってきたものの正体も知れた。
と。 詩は的確に捉えられてしまっています。 ありがとうです。
わたしはいま、 「現代詩手帖」(思潮社) 4月号の 「詩書評」 を脱稿。 ゲラ戻しの原稿を、編集長が出張校正で待っている印刷屋さんに、FAXをするところです。
それが終われば、「ココア共和国」 vol.17 の原稿を書きます。
では、近いうちにまたブログUPします、ね。
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秋亜綺羅の近況
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2014年12月9日(火)
「現代詩手帖」 12月号年鑑で、劇団月蝕歌劇団を主宰する劇作家・演出家の高取英が、秋亜綺羅 『ひよこの空想力飛行ゲーム』 (思潮社) を批評しています。 高取とは、お互い学生の頃からの知り合いで、詩集のタイトルになった詩の背景などにも触れています。
この現代詩年鑑には 「2014年代表詩選」 として、秋亜綺羅 「来やしない遊び友だちを待ちながら──あるいは伊東俊への弔詩」 が掲載されています。
きょう届いたばかりですが、「詩人会議」 1月号に 「新春作品特集」 として、秋亜綺羅もまぜてもらっています。 「これはソーセージではない/メッセージ/一卵性メッセージ」 と始まっていくのです。 「夢からさめると/青空と屋上は接触している/太陽は分裂する瞬時だ/きみが地上に落とした人形の呼吸/赤い骨と白い血のネガフィルム/目をつむった目のないことばたち」…とつづきます。
11月23日に行われた 「宮城県詩人会10周年朗読会」 では、伊藤文恵の舞踏といっしょに、この詩をコード表にして即興しました。
詩のタイトルは 「フランクフルト幻想」 。 「フランクフルト」 というのは、はい、ソーセージです。
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2014年11月13日(木)
宮内文子写真展 「太陽がいっぱい」 が、新宿区四谷の CROSSROAD GALLERY で、きょうから始まりました。
宮内文子は1942年生。 個展はこれで10回め。 2012年には写真集 『思い出の時間』(あきは書館) を出版しています。 またこれまで、秋亜綺羅の詩とのコラボも何度か行っています。
などです。 今回の個展は、写真集出版以降の新作ばかりです。 お時間のある方、ぜひ覗いてみてください。 秋亜綺羅は、16日(日)午後5時〜7時、お邪魔する予定です。
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2014年11月12日(水)
そんな、すごい伝統あるコーナーを知らずにいたわたし。 編集者の依頼の電話に、「長さの制限はありますか?」。 「1行27字です」。 「行数は?」。 「8行から10行です」。
「ええっ! その短かさは生まれて初めてです」 と思わず。
で。 このページはエッセイの文字が詰まっていて、埋まってしまいそうだったので、ちょっと叫びかげんな詩にしました。 タイトルは 「路線バスを待ちながら」。 「人間が幸福を感じる生物であるのはなぜですか/ひとが死んだとき、ああ自分じゃなかったと思うからですか/バケツいっぱいのプリンを食べて死のうと夢見るからですか」 といった調子です。
ちょうど、「ココア共和国」vol.16の詩を同時期に書いていたためか、ココアのほうのタイトルが、「時刻表にないバス」。 というわけです。
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2014年7月7日(月)
めずらしく連日の更新です。 秋亜綺羅は、「文學界」 8月号に巻頭詩を書かせてもらっています。 タイトルは 「さみしいがいっぱい」。
「文學界」 は、日本の純文学をリードする月刊誌のひとつです。 小説たちの中に、詩がひとつ。 ということで、意図的にストーリーと意味を排除し、ことばのリズムというより、スピードを意識しました。 純文学の読者のみなさんがどう受けとめてくれるのか、怖いけれど、ワクワクもします。
ぜんぶで25行ばかりの詩ですので、ひとめで見渡せます。
すべてのものはゼロで割ると無限大になる
が、最初の行です。
百年の孤独のゼロ割りを注文しようじゃないか
が、最後の行です。 最後の行から、最初を振り返ってもらえば、そこから読者個人のストーリーが始まっていくはずです。
青空には数えきれない糸電話が飛んでいる
見える死体と見えない死体はたがいにさわれない
きみの幽霊とぼくの幽霊が瞬時触れたものは手でしたか?
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