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入った時には阻止側6000vs侵攻側17000という状態。 まぁ、今回は雑賀&足利に対して伊賀&斎藤&今川&三好ですからね。 有利な展開になってもらわないと困ります。 私設に入ってみると知った顔が多かったのも嬉しかったなぁ。 斎藤の仲間とまた戦場で一緒にやれるとは思ってもみなかったし。 ま、そんな風に話してると取り付いてた武将を無事に落とせたようで、これにより3倍差コールドに。 結局今日は雑談だけで終了です。 明日からちゃんと働きますのでよろしくおねがいします。 なんか妙に落ち着かない!(笑) 普段の書類の山が無いと、妙にスースーするのよね… トコトン片付けられない人みたいですわ、私(笑) 百地丹波(ももちたんば)とも呼ばれる。 伊賀上忍家を代表する存在で、石川五右衛門や服部(霧隠)才蔵の師匠とも伝わる人です。 実際的には雑賀孫市と同じように、近隣土豪連合の議長格だったと考えるのが妥当な線かなぁ、と。 ちなみに信長onlineの世界を大体1560年前後とすると、当時の百地丹波はかなり高齢だそうで、同時期に活躍した凄腕忍者:百地三太夫とは別人になるそうな。 三太夫にせよ丹波にせよ両方とも世襲の名前みたいですから、「雑賀孫市」が何人もいるように、「百地三太夫」ってのは実際は3人くらいいるのかもしれません。 現代人の感覚からすればちょっと不思議ですけど、市川一門やら林家一門が何代も同じ名前を襲名するあたりと並べるとちょっと似てるかな? ともかくそんな百地一族。 2度に亘る天正伊賀の乱で大活躍したそうですが、最後の最後まで抗戦して死んだとも、最終的には降伏して根来衆に加わったとも、信長や家康に仕えたとも、とにかくいろんな説が伝わっています。 私は結局、どれも全部本当なんじゃないかな、と思います。 結果的に伊賀忍軍はこうやってそれぞれバラバラの道を歩むことになったのは事実なんですから。 ネタが貯まりすぎなので本日は2本立て。 もう半月ほど前に読み終えた本なんですけどね。 映画化された作品ですが、原作と映画は多分別物じゃないかな?
と言うのも原作は短編でして、正直映画にできるほど広がりが… ただ、作品としてはとっても読みやすい短編集でしたので、時代劇好きにはオススメですよ。 |

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ジツハおいらも斉藤側で行ってたりします^^; 伊賀の復興戦ですしねぇ...
2006/12/7(木) 午後 11:13
まだ読んでない会社購入の雑誌やら1年間続いたプロジェクトの資料やらCDやらフロッピー(!)やらいっぱい転がってます・・・
2006/12/8(金) 午前 8:53 [ 一来 ]
最長老:ほうほう、ほな近々会うかもね。 ようやく調子の戻ってきた姿を見てやってくださいな。 一来先生:今だけ期間限定で綺麗な机ですが、きっと来週早々にはまた元の木阿弥になると、自他共に認めてたりします。 一旦片付いたことに意義があるんだい! それはともかく、どうやら先生もコチラ側に移られたようで…(ニヤリ)
2006/12/8(金) 午前 9:13 [ あぶぶ@綺麗な机 ]