あぶぶろぐ

草を一気に焼き払えっ!

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△ネタあまり

△心配ご無用
今朝も伊賀砦に参陣。
ゲリラで芝辻に行ったり、徒党で門番倒したりしてましたよ。
「ブログのネタにどっか行こうか?」
とか言われたりして(笑)
いや、逆にネタ貯めすぎて困ってるから!
気持ちだけもらっときますよ。

昼からも少し入ったものの、ウロウロしただけで時間になったので終了。
また朝がんばりますよー。


☆今日の武将
・芝辻清右衛門(しばつじせいえもん:雑賀衆右翼後陣副将)

芝辻妙西(みょうさい)とも言う。
太閤立志伝に出てくる芝辻仙斎(せんさい)とも多分同じ人だけど確認できず。

日本に鉄砲が伝わったのは1543年、種子島でのことでした。
その種子島で日本製の鉄砲が作られたのが1545年。
鉄砲製造の技術というのは当時の日本には全く無かった種類の技術だったそうで、特にネジや火薬調合の技術をに大変苦労したそうです。
そのような当時最先端の技術を紀州根来寺に持ち帰ったのが津田監物(つだけんもつ)こと根来杉之坊算長(ねごろすぎのぼうかずなが)。
彼はこの鉄砲を堺で鍛治を学んだ芝辻清右衛門に複製を命じ、なんとその年の内に清右衛門は紀州で鉄砲を作ってしまいます。
そしてこれが、「根来衆」とその周辺土豪連合である「雑賀衆」が鉄砲集団として発展する原因になったんです。

ちなみに石山合戦(天王寺合戦)は1575年。
この時に雑賀衆は鉄砲によって散々に信長を悩ませたのです。
こうやって見ると、鉄砲が日本で作られてわずか30年で、根来衆・雑賀衆は急速に鉄砲を量産し、技術を磨いて行ったことがよく分かりますね。

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