あぶぶろぐ

草を一気に焼き払えっ!

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華麗に復活。
そしてリニューアル。

昔も書きましたが、このコーナーは、私の拙い知識と小説やらネットやらその他書籍やらという出所が怪しい資料を基に、私の主観で書いてます。
従って、歴史的に史実と違う可能性も非常に高いです。
そのあたりのことをご理解いただいた上で、話半分にお読みくださいませ。


山内一豊(やまうちかずとよ:織田家左翼先鋒将)

△連休顛末(06.10.10)

彼については過去にも2回(ココココ)軽く触りだけ書いてますよね。
大河ドラマのネタバレになるので詳しくは書きませんが、ご承知のとおり土佐藩24万石の始祖になった人です。
彼の銅像が、高知城の大手門を出てすぐのところに堂々と立ってましたよ。

個人的に好きか嫌いかで言えば、どちらかと言うと好きかな。
藤堂高虎とかと同じように、なんか媚びへつらって生き延びたイメージがあるから、どうも好きにはなりきれない。
でも、なんか彼の場合、いい意味で「凡人」だから愛嬌がある気がするんです。
決して猛者じゃなかったし、決して知恵者じゃなかったし、決して有能でもなかった。
でも、それを自覚していたらしい。
だから、上司だろうが同僚だろうが部下だろうが家族だろうが、誰の意見でも聞くべきは聞いたと伝わっています。
それって結構スゴイですもんね。


長宗我部元親(ちょうそかべもとちか:土佐大名)

△◇二本立て(06.10.11)

言わずと知れた「土佐の出来人」。
四国全土を統一したという意味で、中国を統一した毛利元就、奥州統一を成し遂げた伊達政宗、九州統一目前までにまで迫った島津兄弟に比較しても全く遜色ない「英雄」と言えます。
独自の軍事政策「一両具足」なんかも、並みの大名には真似のできる発想じゃないしね。
しかし、その割には評価は低い。
これは晩年の自暴自棄が祟ってるんでしょうねぇ…

彼はもともと「姫若子」と家臣に揶揄されるほどの温和な優男だったそうです。
ところが、初陣では自ら槍を奮って戦い、一気に「鬼若子」と畏怖されるようになったとか。
また、初陣直後に父が急死し、家督を継ぐと急激に勢力を拡大。
なんと父の代に復興したばかりの弱小勢力でありながら15年ほどで土佐を平定。
それからまた10年足らずで四国を統一します。

しかし、四国を統一したタイミングが、残念ながら少し遅かった。
統一から僅かに1か月後、豊臣秀吉による大々的な四国征伐が行われ、圧倒的兵力の前に無念の降伏。
結果、土佐一国のみを安堵されます。
まぁ、これはむしろ秀吉らしい寛大な処置と言えるんですけどね。

以後は豊臣政権の一大名として仕え、その手始めに九州征伐に参加。
あの「戸次川の合戦」の伝説的な敗戦により嫡男:信親を失います。
元親の信親に対する入れ込みようは有名で、正に「親バカ」そのものだったみたいですからねぇ。
それに、それだけ入れ込むだけの素質もあったみたいです。
その期待の二代目を、秀吉の代官:仙石秀久の暴走で失った。
これで一気に元親は「やる気」を失います。

この後、他の大名との交際もほとんど絶ってしまい、家督相続にも火種を残し、さらに家の外交方針も明らかにしないままに関が原直前の混乱期に死亡。
このため、家督を継いだ盛親には頼る大名家もなく、心情的には東軍でありながら西軍に組み込まれてしまい、弁護してくれる親しい大名家も無かったために長宗我部家は改易させられてしまうのです。


三好長慶(みよしながよし:三好家総大将)

△逆襲!(06.11.6)

「みよしちょうけい」と読む人もいますね。
どちらの読み方でも問題は無いかと。
ともかく、言わずと知れた梟雄にして、「畿内の覇者」というべき英雄ですよ。

彼を語る上では、やはりまず畿内の権力抗争を知る必要があるでしょう。
えー、無茶苦茶長くなるので、概要は過去記事を参照してもらいましょう。
過去記事はコチラ⇒「△五人の細川」

このように、畿内の歴史は細川氏の内部抗争に、その周辺勢力である三好や畠山・浦上・木沢・遊佐・一向宗などが複雑に集合離散を繰り返して、もう見事な泥仕合になっていました。
そんな中、長慶は三好家頭領:三好元長の嫡男として登場します。
父:元長はこの頃、細川晴元(足利家四天王)の腹心中の腹心で、晴元が細川氏の本家を実力で奪うに当たって尽力し、晴元を凌ぐほどの声望を得ていました。
しかし、そんな元長が次第に邪魔になった晴元は、木沢氏・一向宗らと今度は元長排斥を狙います。
その結果、元長方は天王寺合戦において敗戦。
長慶は阿波・讃岐の本領に戻りますが、元長はこの敗戦から立ち直れず、再び攻められて自刃します。

長慶はこの時10歳。
しかし、家中は当時の畿内勢力には在り得ないほどの結束力を持っており、さらに阿波細川氏とも強力な連携体制を強いていたために晴元・木沢らは攻めあぐね、さらには内部反乱分子や一向宗の抵抗もあって、最終的には講和に落ち着きます。
講和後は晴元の武将として徐々に頭角を現し、ライバルであった木沢氏などを滅ぼして、父と同様に晴元を凌ぐ勢力に成長します。
そして、時機を見て晴元に敵対。
晴元と将軍:義輝を近江に追放し、機内を完全に掌握するのです。

この時期までの長慶は、正に「英雄」もしくは「梟雄」そのものなんですが、この後、突然その精彩を失います。
原因と言われているのは大きく2つ。
1つは自らの腹心:松永久秀に毒を盛られたというもの。
毒によって徐々に正気を失わせたとする説ですが…
正直、これは信憑性が薄い気がします。
もう1つの説。
それは、相次ぐ身内の不幸に心身の健康を蝕まれたという説。
彼は、その苛烈な経歴に似合わない「優しい文化人」という一面もあるんです。
例えば、細川氏との権力抗争に明け暮れながらも、将軍家には最後まで礼節を曲げていない上、かつての主家:阿波細川家も完全に滅ぼさずに勢力下に吸収しています。
連歌などにも深い造詣があり、武将のイメージもありながら、どこか線の細い貴公子然とした優しい雰囲気を漂わせてるんですよね。
そんな彼ですから、早くに父を亡くした分、弟達や嫡男に対しても戦国人らしからぬ優しさで接していたのかもしれないですね。

彼が変調するのは、弟:十河一存、同じく弟:三好義賢(実休)、嫡男:三好義興と相次いで失った時。
3人とも、急な病死や戦死でした。
このことに、教養人の彼は常人以上に無常感を感じたのでしょうか。
この後の彼は、明らかに全てを「投げて」しまいます。
松永久秀が勢力を強めても、まるで無策に放置してしまいますしね。
最後には正常な判断もできないようになっていたのか、もう1人の弟:安宅冬康まで誅殺してしまい、自らも後を追うように病死したと伝えられています。


大館義実(おおだてよしざね:足利家右翼先鋒将)

△読み方講座(06.11.24)

幕臣として義輝様に仕え、義輝様暗殺後は義昭様の潜伏先で合流。
以後義昭様に随行しますが、義昭様都落ち後は堺に隠棲していたそうです。
その後、いつの頃からか加藤清正に拾われ、朝鮮出兵にも従軍。
その戦功により旧領を回復したそうです。
あと、セリフから分かるとおり甲冑ヲタクだったそうな。

えー、戦い方は特記事項なし。
七条と同じ感覚で戦えるカモ。
武将初体験!みたいな人にオススメです。


曽我尚祐(そがなおすけ:足利家左翼後陣副将)

○紅葉狩り(06.11.27)

彼は、古いしきたりや礼儀作法を司る「故実家」と呼ばれる専門家だそうです。
そういう特殊技能があったため、足利家が滅亡後も織田→豊臣と、代々の権力者に重宝されたそうです。
とは言え、関が原前夜にはどうやら自力で徳川支持を表明したようで、徳川政権下では旗本として千石の知行を貰っているあたり、単なる専門バカではないみたいですね。
その後も故実家として活躍し、数々の書物を編纂したそうです。

戦い方としてはLV50の陰陽武将ですから、凶風・迅雷などの極悪な準備なし全体術と痛〜い術方剣があるハズ。
まぁ、弱体6体にさえなっていれば余裕はあるハズです。
落ち着いて確実に止めつつ、序盤は回復早めがいいかもですね。


三宅国村(みやけくにむら:三好家中翼中陣副将)


恒例の蛇足でございます。
現在の僧の上司武将。

摂津の有力な国人の一人。
官職名は「出羽守」。
当然のように例の細川氏の泥沼の権力抗争に絡んできます。
最初は高国派につきますが、形勢不利とみて裏切って晴元につきます。
以後は晴元に仕えますが、三好長慶が台頭してくると今度は長慶につきます。
そこからは所領である三宅城を奪われるなどの困難にあいながらも三好の武将として各地を転戦。
しかし、河内の畠山高政が三好を攻める際に畠山につき、畠山勢が敗北したために没落。
以後は中川清秀に仕えたそうです。

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