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久々の合戦と生産を堪能いたしました。
田倉崎
まず大決戦。
三日とも参加できました。
金曜は徒党を集めてたら久遠寺さんからアドバイスをいただきまして。
なんでも、かなり強化されてるので油断しないで!とのこと。
が、まだこの段階では実感が無かったもので、一応少しいつもよりディフェンシブに調整して行きます。
ちょっと狩ったら中陣武将:岡国高に取り付けるようになったので挑戦。
…マジつえー(笑)
感覚的には、中陣で昔の本陣7体に近いかと。
まず体力が底上げされて硬くなってる。
これはまぁ想定内。
が、攻撃力大幅UP+特殊技追加はキツイねー。
コイツ、「徹甲拳」って特殊技が増えてましてね。
怒髪衝天と同じモーションの準備なし単体技なんですが、フツーに極みの上から3500とか喰らっちゃう。
しかも連発してくるの。
強いのなんのって(笑)
しかも、お供も凶悪でね。
薬師は鬼門とか蛇紋呪連発するし、陰陽は氷晶やら五雷法連発、傾奇は槌して、神職は子守、僧もかなり術に物理に嫌な動き。
そして全員体力防御力攻撃力大幅UP。
いやはや、辛いね(笑)
2回挑戦しましたが壊滅したので、諦めて先に先陣武将をいくことにします。
たまたま突っ込んできてたのが坦中。
早速挑戦です。
先でもやっぱ強くはなってますね。
破天の中陣7体くらいの感覚かな?
油断したりツボ入ったら負けるかもみたいな。
坦中は特殊技が小雀や鶴と同じ「小発破」。
千鳥落としと同じモーションの技なんですが、どうやら狙撃属性で、旗に抜けると2500とかダメージ行くみたい。
零距離射撃もしてきますが、こっちは極みして釣ってたら怖く無いハズ。
ただ、油断してたらお供の発中の方が「つるべ撃ち」してきて焦りましたが(笑)
一応解説すると、飛龍前の武将技で最強と呼ばれた全体間接攻撃で、かなりの威力があるんですよ。
ま、でも、先陣ならなんとかなりますかね。
この後、鶴にも挑みますが、こちらは既述の「小発破」が旗に抜けて事故負け。
油断しちゃいけませんね。
日曜日は珍しく軍学+僧兵で参加。
普段は刀+僧兵で行って現場で集めるんですがね、この時は補充で入ったもので。
前日同様、無二・高山・小雀などを撃破。
高山はそんなに強くなってなかった気がします。
無二は「無二無三」って特殊技がありますね。
必中のちょっと強い技っぽい。
でも、どうも狙撃属性は無いカンジ。
月曜日は武将はなし。
護衛をやるけど、いろいろタイミングがあわなくて武将には取り付けなかったから。
でも、刀油が2つ出ましたかね。
取りにくくなった分、ありがたみは増すでしょう(笑)
あと、日曜の早朝に陣取戦にも参加。
高山→坦中→岡と撃破。
その後、芝辻を狙いますが、直では敗退。
やはり今の中7体は、勝てなくは無いけど運がいるみたい。
副将からやることにします。
副将はね、驚くほど弱いです(笑)
で、弱大した芝辻@5に挑みます。
芝辻君「芝辻流速射術」ってのを使いました。
要するに強力な乱射乱撃。
5体くらいに2000程度のダメージきましたよ。
あと既述の通り、お供の攻撃がいやらしい。
なので、5体とは言え楽ではありませんでしたよ。
ま、周りが強かったですし、勝たせては頂きましたが。
本当はもうちょっとやりたかったんだけど、この時は眠気の限界だったのでここで落ち。
このあと蛍行った人の話では、「群舞蛍」は確認できなかったけど、零距離で極み飛んだ鍛冶が即死したり大変だったらしい。
今後の合戦、とりあえずは中陣以降の撃破がネックみたいね。
5
金曜の大決戦後に角隈へ。
メンツは、武芸(トーイさん)・忍法(こたさん)・武士+鎧(こーさか)・暗殺(メイさん)・殺陣+修験(私)。
で、3回くらい挑戦して失敗。
土曜の大決戦後に晶へ。
メンツは、仏門(うららさん)・刀+陰陽道+殺陣(先生)・暗殺(メイさん)・軍学+僧兵(私)。
で、3回くらい挑戦して失敗。
うーん、2つとも私が足引っ張ったかなぁ。
角隈は回復量不足、晶は時間管理が不十分+攻撃力不足。
特に晶は2戦くらいしかしたことなかった上、まだ突破したキャラいないからね。
成功した時のイメージってのがない分なかなか難しい。
でも、勝てなくは無いですし、また近々に行きますかね。
生産再開
あとは結構生産してました。
鍛冶で金策用の槍を作ったり、薬師で修得用の薬を作ったり。
薬師は最近、陰行薬・改が結構売れるので、あれで修得稼いでますが…
染料作るのが面倒ねー。
Nから買うと儲けほとんどないしー。
ま、ボチボチ作ります。
☆今日の武将
・高山重友(たかやましげとも:大和先陣武将)
言わずと知れたキリシタン大名「高山右近(たかやまうこん)」のこと。
洗礼名は「ジュスト」。
後陣武将「高山友照(たかやまともてる:ダリヨ)」の子。
以後文中での呼び方は、最もメジャーな「右近」で統一しますね。
高山氏はもともと摂津の国人で、三好氏や池田氏の支配下にあったが、信長が畿内に勢力を伸ばすと信長にいち早く加担します。
この後、荒木村重が勢力を拡大するとその組下となり、村重の組下では中川清秀と共にトップクラスの勢力となります。
この後、村重が信長に謀反しますが、高山親子は信長に加担。
さらにその後の本能寺の変でも、光秀からの再三の加担要請を断って秀吉につき、天王山(山崎)の合戦では一番槍こそ中川清秀の抜け駆けに奪われたものの最前線で活躍します。
このように、勢力の盛衰が激しい摂津において、常に勝者の側に立ち続けたのは高山親子の時勢眼がいかに正確であったかを物語ると思います。
特に右近は非常に聡明であった上に、体も逞しい大男で、しかもかなりのイケメンだったらしい。
さらに教養も豊かで茶道に長じ、千利休の高弟「利休七哲」にも数えられている他、合戦では勇猛果敢な勇将として活躍し、内政では専門的な築城技術に通じ、ついでに高潔で誠実な性格だったので領民や家臣・同僚の大名みんなから愛されたというスーパーマン。
文字通り、当時のキリシタンのカリスマだったみたいですね。
当時、最も熱心なキリシタンがこの右近で、本能寺の変後、焼失したセミナリヨ(神学校)を自分の領地に再建させたりしています。
そんな右近ですから、秀吉にも重用されて明石6万石に出世してたんですが、秀吉はあるとき突然バテレン追放令を出します。
この時の追放令というのは、秀吉としては外国人を追い出す為に出したようで、同じキリシタン大名だった黒田如水や小西行長など、改宗したポーズ見せればそれ以上追及されずに従来どおりにできたみたいです。
が、右近はこれを潔しとせず、あくまでも信仰を捨てないとして、領地と財産を全て捨てて出奔するのです。
当の秀吉もこれには驚き、ポーズだけ取ればいいとまで言って千利休(右近の茶道の師匠)を通じて説得させたそうですが、それでも断ったのでそれ以上の説得を諦め、かと言って追手も出さずに敢えて見逃したそうです。
以後は小西行長に匿われ、その後前田利家に招かれます。
前田家では1万5千石という大名待遇で扱われ、相談役や普請役として裏方として活躍したそうです。
その後、時代は徳川幕府となり、キリシタン追放令が出ます。
前田家としてはなんとか匿おうとしたみたいですが、右近は迷惑をかけたくないとして、内藤如安らと共にフィリピンのマニラへ亡命。
現地で病死しました。
攻略は特に特記事項なし。
薬師武将なので、嫌な技は多いですけど、致命的に強力な技はないですし。
尚、蛇足ですが、今回倒した他の武将は数人、過去に紹介しております。
それぞれコチラを参照してください。
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