あぶぶろぐ

草を一気に焼き払えっ!

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

武将紹介とちょっと違うけど、「今日の○○」の中から戦国を楽しむ上でいいかも?という予備知識を集めてみました。
ただし、大いに私の主観が入ってるので、鵜呑みにするのは危険ですよ?


○△五月雨は露か涙かほととぎす(05/4/24) http://blogs.yahoo.co.jp/cacti_abu/1911845.html
☆今日のドロップ
・将軍弑逆の太刀(しょうぐんしいぎゃくのたち:刀)
私が拾ったんじゃないんですけど、三好政康を撃破した方から譲っていただきました!
何を隠そう、この太刀こそが我らが将軍足利義輝様の最期に纏わる品なのですよ。
以下、釈迦に説法かとは思いますが少しその話をご紹介…

義輝様は将軍家の復権を願い、上杉謙信や織田信長をはじめ、多くの大名と親交を深めようとしました。
それは、長慶死後の畿内の実権を握った松永久秀と三好三人衆(三好政康・三好長逸・岩成友通)にとってとても邪魔な行動でした。
結果、久秀と三人衆は将軍殺害を決行します。

久秀と三人衆が御所を取り囲んだ時、義輝様は僅かな人数のお供と共に文字通り「獅子奮迅」の大暴れをしたと伝えられます。
義輝様は「剣豪将軍」と呼ばれた剣の使い手。塚原卜伝から免許皆伝をもらった人です。
将軍家に代々伝わる宝刀の数々を鞘から抜いて畳に刺しておき、寄る敵を片っ端から斬り捨て、刀が刃こぼれすると次の刀を畳から抜いて斬りまくったそうです。
久秀・三人衆方はあまりの強さに手がつけられず、最終的には部屋の板戸を盾にして四方八方から取り囲み、寄ってたかって押し倒して動けなくしてから滅多刺しにしただとか、全ての仕切りを取り払って鉄砲や弓矢の集中砲火でとどめを刺したとか伝えられます。
いずれにしても「幕府の将軍」のイメージとはかけ離れた壮絶な最期だったと伝説化されています。

ちなみにタイトルは義輝様の辞世の句。正確には以下のとおりです。
「五月雨は露か涙かほととぎす わが名をあげよ雲の上まで」


△3連戦おつかれさま!(05/8/17) http://blogs.yahoo.co.jp/cacti_abu/8970304.html
☆今日の敵兵
・金房一派(かなぼういっぱ:三好家本陣哨戒兵)
読み方も知らなければどういう人達かも知らなかったので調べてみました。
どうやら戦国期に活躍した大和鍛冶の一派のようです。

刀鍛冶には山城・大和・備前・相模・美濃の5つの系統があり、そこから戦国期へ分派しながら脈々と鍛冶の技が伝えられたそうです。
そのうち1つ、大和の国の東大寺の西門のあたりに「手掻一派」と呼ばれる鍛冶集団がいたそうです。
これが時代が下り、分派したのがこの「金房一派」らしいです。
戦国期には大和風の作刀は衰退しており、金房一派も以前の大和物を正確に伝承していると言うより、美濃や備前の影響を強く受けているとか。
で、この名前は「金房」を苗字のように使ったことからついたそうです。
彼らは南都に住んだため興福寺など(つまり筒井家や宝蔵院)と結びつきが強く、あの「宝蔵院流十文字槍」も多く作っているようですよ。
ちなみに有名なのは「金房政次」など。

ふむ、なるほど、調べてみると知らないことがたくさんあるもんだ。
でも、まてよ…
なんで奴らは鉄砲撃ってくるんだ?

ちなみに足利NPCの「平安城一派」は、同様に戦国期に活躍した山城鍛冶の一派のようですよ。
有名な「伊勢国村正」の師である「平安城長吉」から続く一派だそうです。


△大津へ向けて…(05/9/21) http://blogs.yahoo.co.jp/cacti_abu/11376349.html
☆今日のドロップ
・影法師(かげぼうし:刀)
稲葉で100貫で売ってたのでつい衝動買い。
これでも一応、義輝様に影響を受けた「刀コレクター」なもので…
無駄遣いの上限額を最近150貫まで上げましたので、稲葉で安いドロップを探すのが最近楽しくて…
ちなみに最近は、リアル先祖に関する書物を頂いたのを機会に、書物系も集めてたりします。

さて、これは、武田家の猛将:土屋昌次のドロップらしいですねぇ。
でも、なんで「影法師」って名前なんだろう…?
で、調べてみると、こんなエピソードがあったそうな。

第4次川中島の合戦でのこと。
この時はあの有名な「啄木鳥の戦法」を山本勘助が提案し、実行するものの謙信に裏をかかれ、信玄本陣が一時混乱するほどの苦戦に陥りました。
この時、昌次は信玄の側を「影法師」のように付き従い、味方の増援まで守り通したということです。


○△扉の木(05/10/29) http://blogs.yahoo.co.jp/cacti_abu/14847243.html
☆今日のアイテム
・とべらの枝
・とべらの葉
安計呂山の庵の高LV帯試練で集めるこのアイテム。
「何だろうね?」と徒党内で話題になったので調べてみました。
絶対見たことあるハズですよ?
今これを書き込んでる、私の実家の前の植え込みもこの木ですから!
なぜ試練で「とべら」を集めるのか。
どうやら、この木の枝を節分の日に扉に挟んでおくことにより「邪気払い」になるという信仰があるそうです。
だから「扉の木」と呼ばれていたのが、いつのまにか「とべらの木」と変化していったんだとか。


○△専用車(05/11/3) http://blogs.yahoo.co.jp/cacti_abu/15312984.html
☆今日の観光地
・笠置山(かさぎやま:京都府)
奈良と伊賀上野のちょうど中間に位置する山みたいですね。
で、あのあたりは県境が入り乱れてるので京都府になるそうな。
古くから信仰を集めていた山で、奇岩・巨石が多く存在し、修験道の霊場にもなっているとか。
崖に直接仏様の姿を刻んだ「磨崖仏」を本尊とする「笠置寺」という寺があるそうな。
あとは紅葉の名所でもあるようで、見ごろは11月中頃〜末頃だそうです。
うーん、カメラ新調したことだし、紅葉の写真撮りに行ってみようかな?と思って調べたら、片道2時間以上かかることが判明…
弱ったね、これは…
まぁ、気が向いたら突然行くかもね〜。


△湯川衆(05/11/7) http://blogs.yahoo.co.jp/cacti_abu/15675183.html
☆今日の敵兵
・湯川衆(ゆかわしゅう:雑賀衆敵後陣後詰守備兵)
今日狩ってたN。
知らなかったので調べてみました。

湯川衆とは、紀伊の地侍「湯川氏」の手勢のことみたいです。
私もよく知らないんだけど、雑賀衆・根来衆以外にも「紀伊の地侍勢力」というべき第3の勢力があり、湯川衆や本宮衆というのはそういう人たちなんだそうです。
この湯川氏と言うのはその中でも特に大きな存在だったみたいで、立派な戦国大名とも言えるほどだったとか。
家柄も古く、甲斐武田氏の遠縁になるようで。
つまり足利系の源氏ですから、南北朝時代にも南朝に着かず親足利家を貫いたそうです。
この時代の当主:湯川直光は武将として活躍し、紀伊守護の畠山氏と共に三好長慶と戦い、かなり追い詰めるところまで戦ったみたいです。
でも、最期は負けてしまい、直光はこの時に討死してます。

その後、義昭様が信長に敵対し京を追放され紀伊に逃れた時、直光の子:湯川直春に協力要請をしたりしてます。
そのくらいの地元の有力勢力であり続けたみたいですね。
直春自身もなかなかの人物だったみたいで、雑賀衆・根来衆が滅びた後も勢力を残します。
しかし、後に羽柴秀長により毒殺され、事実上滅亡。
これにより紀伊は時の権力者の直轄地となり、徳川御三家に続いていきます。


△ぼんやり…(05/11/08) http://blogs.yahoo.co.jp/cacti_abu/15779116.html
☆今日の兵
・敢国巫女(あえくにみこ:伊賀忍軍後陣哨戒兵)
・敢国神主(あえくにかんぬし:伊賀忍軍中陣守備兵)
今日ずっと一緒にぼけ〜っとしてたN。
読み方も分からなかったので調べてみた。

どうやら「敢国神社」という神社が伊賀上野にあるらしく、そこの神職のことみたい。
敢国神社は伊賀の一宮(その国一番の社格の神社)として古来から信仰を集めていたらしい。
当然、伊賀の諸豪族ともつながりは深く、そのために天正伊賀の乱で焼き討ちされますが、伊賀藩主として藤堂高虎が入国した後に復興したそうです。
今では服部家に伝わる「黒党(くろんど)祭」というお祭りも復興しているとか。
なんだか黒装束の人が踊ったりするお祭みたいなんですが…
謎だ…


☆蛇足
・同朋衆(どうぼうしゅう:足利家敵後陣後詰守備兵)
前に某足利才媛に由来を質問されたN。
「簡単に言っちゃうと足利将軍の付き人で、家格を表す言葉だ」
「本来は僧じゃない」
と説明したんですが…

私、嘘を申しておりました。

ひー、怒らないでー!
いや、本当に将軍に側仕えする仕事で、本来の意味の「僧侶」とはちょっと違うんです。
ただ、ちゃんと調べると、家格とは関係なくて、「僧体(髪を剃っているだけで、基本的には宗教的な意味の「僧」ではない)」の人が付く役目だったんです。

正しくは「将軍や大名に側仕えし、茶の湯・能・美術品の目利きなど芸術関係の顧問や殿中行事の仕事をしていた僧体の人たち」
まぁ、一言で言えば「茶坊主」ですな。
ただし、「たかが茶坊主」と思うことなかれ。
例えば、能(猿楽)を大成した「世阿弥」も同朋衆なんです。
他にも書画骨董の能阿弥、田楽の音阿弥、茶の湯の千阿弥など、一芸一能に秀でた同朋衆が歴史の教科書にはたっぷり出てきます。
つまり、当時の芸術のエキスパートがこの同朋衆だったと言えると思います。
まぁ、戦国時代にはかなり廃れてたみたいで、安土桃山文化が花開くまではあまり有名人もいなかったみたいですが…

で、一緒に説明した奉公衆についてはまたいずれ…

△ぼんやり…

▲今日の笠置山
4時ごろにイン。
で、今日は激励ツアーしながら、ぼけ〜っと人の少ない陣の留守番をやってました。
特攻も1回くらいしか行ってないしね…
最後に1度武将に誘われますが、昨日遅くなって嫁さんの大目玉食らったばっかりだったので謹んで辞退させていただき定時に終了。
さぁ、明日は千秋楽!
最後に一花咲かせましょうや!


☆今日の兵
・敢国巫女(あえくにみこ:伊賀忍軍後陣哨戒兵)
・敢国神主(あえくにかんぬし:伊賀忍軍中陣守備兵)

今日ずっと一緒にぼけ〜っとしてたN。
読み方も分からなかったので調べてみた。

どうやら「敢国神社」という神社が伊賀上野にあるらしく、そこの神職のことみたい。
敢国神社は伊賀の一宮(その国一番の社格の神社)として古来から信仰を集めていたらしい。
当然、伊賀の諸豪族ともつながりは深く、そのために天正伊賀の乱で焼き討ちされますが、伊賀藩主として藤堂高虎が入国した後に復興したそうです。
今では服部家に伝わる「黒党(くろんど)祭」というお祭りも復興しているとか。
なんだか黒装束の人が踊ったりするお祭みたいなんですが…
謎だ…

全1ページ

[1]


.
あぶぶ
あぶぶ
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

検索 検索
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事