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今月の「滄」への十四首 「女性専用車両」 存在の価値ことごとく問う声よ「おまえ程度はどこにでもいる」 大方は我より若く才あるを昨日より今日思い知らさる 朝ごとに聖書を読むを唯一の誇りと為さん雨戸を開く 日本では通訳なんざぁ日銭なり「屋根葺き職人急募」に見入る かたはしより明確に何か出来上がる 心地よからん屋根葺き作業 営々と満員電車に乗る今日も我に糧ありその安心を倦む 女たち「女性専用車両」にてデジタルの先見定めんと打つ 真実に問うべき何か先延ばし女らは打つ誰かへのメール 行き場なき羊のごとしとキリストは吾らを見るや急行を待つ 近道と思ひて迷う自転車行ここに出たかと思う日もあり をちこちに湯を使う音聞こえくる住宅街に冷気寄りたり 身のうちに涙とならぬ痛みあり我が犬徐々に眼(まなこ)衰ふ いつのまに永遠(とわ)と思いき あと幾歳(いくとせ)別れの稽古の時と定めん 砂山を一気に駆け下り海岸にまろびし姿まなこ離れず
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短歌
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自分が属している「滄」短歌会69号へのエッセー 「リセット」 自分の筆の力など何ほどだろう、そういう思いでなかなか書き出せずにいる。書くだけではない。自分の力など何ほどだろうと痛感する。 思いは遠く、家族と、そしてすべての物を失った被災者の方々の上を旋回する。これが自らの身であったらどうか。避難所では金を積もうが、キャリアがどうだと言おうが全く通用しない。むしろ平安と秩序の妨げになり、愚かさをさらす基となるだけだ。 亡くなった方々のためにも、そしてこれから復興のために働く人々にエネルギーを送るためにも(こういう侮るべきでない精神の作用を自分は信じている)せめてこの惨事から何かを学べないか…。 感じたことは先ず二つあった。いずれもあまりにも自明であるかもしれない。 一つはこれほどに仮借なきまでに「物」を破壊する力が事実として「そこ」にあるのなら「物」に執着する意味は全くないということだ。空襲を経験した先代の方々はまさにこの思いで日本の復興に寄与されたのではないか。悲しいことに、我々は「物」を前にし、最も大切なものを簡単に見失う生き物なのである。 二つめはつまるところ、一番大事なのは家族と友人だ、ということだ。この地球上の限られた時間を互いの瑕瑾を受け入れ合い、許しあいながら生きる、それ以上にどんな意味があるだろう。 「リセット」という言葉がある。良く取られるのが電源を切って機器のシステムを初期化するという手段だ。これにより、動作の効率を下げていたコードの不具合が修正される。それは目に見えない裏での作業で、再び電源を入れれば、機器は今まで通りの機能をより高い効率で実行する。そのリセットのように、一見以前と同じ機能を果たしながら、裏で今、必死に人生の修理作業を考えている。 互いに受け入れ合うということ…。この必要は移民の受け入れや、知的人的資産の活用も含めた、海外組織との民間、公共レベルの交流など、国家レベルでもあるだろう。そこで要求されるこれからの新しい姿勢とは、人は一人一人全く違うのであり、それゆえ不一致はどうしても避けられない、という覚悟だ。 これからの大国のあり方は、自分の快適ゾーンを脱して、絶え間ない不協和音の中に恒常的に身を置く用意がなければ存続できない。その状況の中では、恐らく多くが「相手より自分が多く与え」そして「相手より深刻なダメージを自分が得ている」と感じるようになるだろう。しかし、それこそがあの東京消防庁のハイパーレスキュー隊が行ったことなのだ。なぜなら『我々が全く何もしていない』のに対し、彼らは事実として『すべてを行った』のだから。新しい我々はその不満を甘んじて受け入れ、常態としなくてはならない。 日本の被災者に向けたベトナムの禅僧ティック・ナット・ハンの祈りに次のような一節があった。 「最も大切なことは互いに愛し合い、互いに寄り添い、そして生きている一瞬一瞬を愛おしむことです。それこそが亡くなった方々のために私たちができる最善のことなのです。」
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picture of a man
the same age as my husband
what was inside
spent his life in the mines -
he looks seventy years old
the dead miner’s
asking myself
lunch box
a pile of ash
not what I do
with the question - what am I
but what I am -
a feeling of emptiness
I came to the ocean
somehow damaged by life
and saw the setting sun
at the edge of the sea
my husband and I
pulled along by our dog
after rain
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ご近所の老夫婦らの歩む距離日ごと道程短くなれり 道ゆきの傾き日ごと甚だし八十二歳の伴侶が言へり 手のひらに乗るほどの犬を連れゐたる巨漢の男は心を病みし 石見れば石けりに良きか調べたる意識が心のどこかに潜む 九十で亡くなりし女(ひと)の家孫移り来たれば俄かに忙し
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