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日本でもニュースになっているだろうか。 クリスチャンの眼科医らの医療チームが、アフガニスタンでタリバンに殺戮された。 スパイという嫌疑で処刑されたのである。 CBSをつけると、そのチームリーダーだったTom Little氏を友人として失くした悔しさを静かに語っているのが、アルバニー時代の友達Debbyの旦那様のDavid Evansだった。 Debbyに悔みのeメールを書くと今朝、返事があった。 ―トムはアフガン人を心から愛していた。32年間も彼らに仕えた。アフガンは高地で日射しが強いのにサングラスがないので白内障が多い。多くのアフガン人が白内障の手術を受けて視力を取り戻し、労働に戻ることができた…。― 新聞によると、チームを送っていたボランティア医療機関は、今後も同地での活動を続ける予定だと言う。彼らがいかに輝ける経歴(高収入、高地位)を捨ててアフガン人に仕えていたかが書かれていた。 10人の中には2名のアフガン人も含まれていた。そのうちの一人は明らかにハザラなのだろう、日本人のような顔をしている。月$150の給与で障害を持つ2人の息子を育てていた。 Debbyが書いていた。 神は何故このようなことを許したもうたのか…。 ほとんど誰の心にもない、アフガン人自身の心にもない、報われない活動を彼らはしていた…。何故なのか。その答えは自分が同じ仕え方をすれば得ることができるのだろうか。もしかすると永遠にないのかもしれない。 彼らのような偉大な仕事は決してできないだろう自分にできることがあったとしたら、せめて、自分を虚しくする難しい選択を続けることではないかと思った。 神は何故このようなことを許したもうたのか…。 この厳しい質問にせめてもの慰めを見出したいのであれば、自分自身が日々、小さい犠牲を払っていくことだ。 そして失われた彼らのあまりにも貴い命がアフガンでの大きな救いにつながっていくことを祈り続けよう。
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キリスト教
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内省的防忘録
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昨日は下高井戸の自分の母教会で礼拝を持った。 午後の例会ではリック・ウォレンの「人生は『一緒』の方がいい!」を読んでいるそう。 仲間との信仰生活の在り方についての指針と言ったら良いか・・・。 下田さんが常の通り適切な指導力でグループをリードしてくださり、初めてお会いした志村さんという方が深い洞察を示しておられた。 「励まし手となるためには人を見下げたり、自分に焦点を合わせるのをやめ、神を見上げて、人々の必要に焦点を合わせる必要があります。」 人に焦点を合わせるのが普通にできる人になりたい。
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今日の聖句の箇所 ガラテヤ6:7 思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を撒けば、その刈り取りをすることになります。 ガラテヤ6:9 善を行うのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。 思わず「う〜ん」と言いながら部屋を歩き回ってしまった。う〜ん、すごいわ。
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10:30から、クリスチャンの通訳のKさんと、ホテルのすぐ近くのNew Hope Community教会に行ってきた。 歌ばっかりで、お説教とかもない。 今日は秋の新学期が始まる前に、特に子どもたちのきちんとした信仰の定着をはかることを目的として、お子さんやお母様がたが色々な証をしていた。 ちょっと毛色の違う礼拝だったので戸惑ったけれど、それぞれが自由に自分の信仰を伸ばしているという感じに共感がもてた。 ただ途中お祈りの際に「皆でLordをたたえましょう」というところで、Lord of Governmentということを叫んでいた人がいたのは、「ん?」と思っちゃった。自分は宗教と政治は切り離されるべきであるというsecularism (政教分離あるいは世俗主義)を信奉しているので。まあ、その一言だけじゃぁその人の考えていることはわからんけどね。 ホームスクールをしているお母さんの一人が「神様から1年ずつ進むようにと言われて11年になる」と証しておられたのが印象に残った。
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今の家(だんだん定義が広くなるシリコンバレーの端っこ)に引っ越す前は、ワインで有名なソノマ郡のローナートパークというところに住んでいた。 今日当時行っていたFaith Presbyterian教会に訪ねて行った。6年ぶりのことだ。 牧師先生のジムは神様と人間との内面のやりとりに集中する神学者的アプローチが濃く、そのせいか会員数はとても少ない。以前にうちに招待した時「翻訳家って今まで何語訳したとか、そういう話を仲間うちでしないんだろう。牧師はうちの教会は今何人だとかそういう話をするんだよ、ヤんなっちゃうよ」とおっしゃっていた。この言葉からもおわかりいただける通りおべっかのひとつも言わない、でも暖かい本当に真実の人だ。 今日も夫に先ず、「You have the strinking resemblance to the person you were before.」と言っていた。「以前の君と驚くほど似ているね。」と言った感じで「変わらないな」より真実味がある。 当のジムは以前抜けていた前歯も整い、少し痩せたので、前より若くなった。「お若くなりましたね。」と言うと「嘘だろう。」と言う。自分の心にホントかと問いかけた後に言ったので、ホントです、ホントです、とちょうどいい目つきで言えた。 メッセージは、例えば病気とか困った時に神様がなされることは、その状態を取り除くことではない。 その状態に最も人間らしい方法で対処する力を与えてくださることだ、という内容。 それは実現性のある目標を教えてくれることかもしれない、それとも自分の弱さを悟ることかもしれない・・・ということ。 日本に2年後に帰る予定でそれが自分にとってとても難しいのだ、と言うと、そうかそうか、と言う。 夫も今の詩のプロジェクトのことなどを話すが、本当に行き詰ったらこの人のところに行けばいいと思わせてくれる牧師さんだ。
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