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とうとう・・・いや、やっと去年の10月に訪れた山形の旅の最後の記事
JR米沢駅からJR高畠駅へ移動し、再び米沢に戻って帰りました
【これまでの関連記事】 ※2012年10月旅行 長閑な景色が広がる奥羽本線に乗って (でも、意外とスピードを出す奥羽本線ですが 笑)
ちょっとだけ最後に電車の旅を楽しみたかったので乗りました
(奥羽本線JR高畠駅)
改札から中に入ると赤鬼が・・・ちょっと奥に行くと青鬼の姿が見えます
何で赤鬼と青鬼
(JR高畠駅の改札)
時間があれば、高畠の街を散策してみたかったのですが
そんなに時間がないので、本当に電車に乗って高畠に来ただけ( ̄m ̄*)
(JR高畠駅内)
そんなちょっとだけJR高畠駅でも、旅先の出会いがありました
電車が来ると、その方は「また来てね」と、帰りの中で飲んでとお茶を持たせてくれました
(JR高畠駅内にある温泉)
電車の発車時間が差し迫り
言いたかったお礼のほんのちょっとだけしか伝えることが出来ずお別れ。。。嬉しかったです
今回も良い旅になりました |
2012 山形・鉄道捜査官8
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土曜ワイド劇場 西村京太郎サスペンス 鉄道捜査官8の
舞台となった山形県 村山・置賜地方
その最終日は、サスペンスとは関係ない米沢の町を歴史探訪
(赤枠=今回の記事の場所)
【これまでの関連記事】 ※2012年10月旅行 新潟県上越市にある曹洞宗林泉寺 に去年の8月に行って
同じ年の10月には、山形県米沢市にある曹洞宗林泉寺に来る機会があるなんて・・・
(上杉家・直江兼続の菩提寺の林泉寺)
米沢の林泉寺は、明応5年(1496)に上杉謙信の祖父 長尾能景によって越後の高田に創建され
100年後、上杉景勝が米沢藩主になったとき、米沢に移ったそうです
”上杉鷹山公もくぐった竹俣當綱家老の門” と、書かれた門から入りましたが
上越の林泉寺とは雰囲気が全く違いました
長尾家・上杉家の菩提寺なので
境内には上杉家歴代の正室の廟所をはじめ上杉家家臣の墓が多くあり
直江兼続夫妻や武田信清の墓は、山形県指定史蹟になっているとのこと
拝観しようと思ったら拝観受付休止の文字・・・ありゃ |
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米沢の歴史探訪
上杉伯爵邸のつづきです
【これまでの関連記事】 ※2012年10月旅行 山形の郷土料理をいただいた後は( ̄人 ̄) 許可をもらって伯爵邸の中を見学
上杉伯爵邸は、米沢藩最後の藩主、14代 上杉茂憲(もちのり)の邸宅で
明治29年に米沢城の二の丸跡に建てられました
”伯爵邸”と名が付いているだけあって
上杉家はその後、伯爵になり華族になりました
当時は敷地が約5000坪、建坪が530坪の大邸宅でしたが
大正8年に米沢大火で焼失
現在の建物は、大正14年に上杉憲章の米沢本邸とし建てられ
第二次大戦後は、米沢に進駐した米軍将校の宿舎として使用されたそうです
上杉家から米沢市に譲渡され
過去には、中央公民館として利用されていたことには驚きです
何とも立派すぎる公民館(*・ ・*)
最後の米沢藩主 14代目 上杉茂憲までは米沢に住み
その後、上杉家は東京の日野市に移り住み、上杉家は今でも脈々と受け継がれ
現在は17代目 上杉邦憲氏
この方は、JAXA名誉教授で小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトチームの責任者
こんな意外な繋がりがあるなんて知りませんでした |
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土曜ワイド劇場 西村京太郎サスペンス 鉄道捜査官8の
舞台となった山形県 村山・置賜地方
その最終日は、サスペンスとは関係ない米沢の町を歴史探訪
(赤枠=今回の記事の場所)
【これまでの関連記事】 ※2012年10月旅行 お昼は、米沢の郷土料理をいただこうと上杉伯爵邸へ
(明治29年に上杉家14代目の屋敷として建築された上杉伯爵邸)
伯爵邸については、後日記事にすることにして
まずは、しょ・く・じ
何だか静か過ぎて、誰もいないかな・・・いや、それよりもお休み
と、いろいろ考えてしまいましたが営業中(〃 ̄ω ̄〃ゞ
上杉伯爵邸でいただく料理をご紹介する前に、触れておかなければなからないものが
上杉鷹山が作った 「かてもの」という非常食マニュアルについて
◆◇かてもの◆◇ 上杉伯爵邸は会食に使われるので
私たちが通された御座敷には、その準備が一部されていました
もしかしたら、会食まで時間があったので、私たちが食事できたのかもしれません
真相は知りませんが
米沢といえば、米沢牛
上杉鷹山が推進した鯉
そんな米沢の郷土料理をいただきました
(米沢の郷土料理がいただける雪の膳【2100円】)
山形の郷土料理の芋煮(お肉は米沢牛)をはじめ、塩引寿司、うごきご飯など
米沢だけでなく山形の郷土料理を一挙にいただける食事だったと思います
感想は、もちろん美味でした
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土曜ワイド劇場 西村京太郎サスペンス 鉄道捜査官8の
舞台となった山形県 村山・置賜地方
その最終日は、サスペンスとは関係ない米沢の町を歴史探訪
(赤枠=今回の記事の場所)
【これまでの関連記事】 ※2012年10月旅行 上杉謙信を御祭神として祀る米沢城跡にある上杉神社
(上杉神社の創建は明治9年)
上杉謙信が越後の春日山城で亡くなった後
遺骸は甲冑とまとい甕棺(かめかん)に入れられ漆で密封し国替えの度に
その甕棺も一緒に米沢に入りました
上杉謙信の甕棺(遺骸)は、米沢城の南東隅に祠堂(御堂)を建立し
生前、謙信が信仰した泥足毘沙門天像なども安置されました 上杉家の菩提寺、法音寺も越後から米沢に遷しますが 明治の神仏分離令などで、上杉謙信の遺骸は上杉家廟所に移され
祠堂に一緒に置かれていた歴代の米沢藩主の位牌は法音寺へ
明治35年に別格官幣社に指定され
一緒に祀られていた上杉鷹山は摂社に祀られ松岬神社へとなりました
(上杉神社拝殿)
大正8年に上杉神社のほとんどが焼け落ちますが
現在の社殿は、大正12年に再建されました |







