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いつものことですが、マイペースに更新しています
更新できるときは、ドバっとして、できないときはパタっと途絶え( ̄ー ̄lll) ふり幅が大きい(笑)
もう7月なので
福岡・山口・大分の旅行記事をUPして、早く完成させたいと思います
福岡市営地下鉄に乗って、箱崎宮前で下車 (〃▽〃)懐かしい
【関連記事】 ソフトバンクホークスの選手やアビスパ福岡の選手は
毎年必ず筥崎宮に必勝祈願に訪れ、その様子を地元の夕方のニュースで流すのが定番です
・・・少なくとも私が福岡に住んでいたときはそうでした(小声
(筥崎宮境内にある両チームの絵馬)
福岡を代表する両チームの絵馬は、境内にあるご神木の前にあります
(筥崎宮境内にある御神木の筥松)
【御神木の筥松】 筥崎宮一帯の地名は、箱崎(はこざき)と言います
最寄りの駅は、箱崎宮(みや)前で、間近にあるのは箱崎宮ではなく筥崎(はこざき)宮(ぐう) (筥崎八幡宮ともいう筥崎宮)
この一の鳥居は、慶長14年に黒田長政が建立
初めて調べました
福岡に住んでいたとき
地下鉄で箱崎宮前を通過する度
いつも何でやろう・・・
調べたことはありませんでした( ̄▽ ̄lllゞ
【筥崎宮】 (小早川隆景が再建した楼門)
筥崎宮は、足利尊氏・大内義隆・小早川隆景・豊臣秀吉など名だたる武将が参詣したそうです
楼門高く掲げられている額には、敵国降伏の文字が書かれています
この文字は、文禄年間、筑前領主小早川隆景が楼門を造営した時、謹写拡大したものだそうです |
2014 福岡・大分・山口
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ちょっと母の体調が悪くなって帰省していました
福岡・山口・大分旅行の記事をUPして、早く完成させたいと思います
【関連記事】 今回の旅は、乗り鉄の旅でもあるので
JR小倉駅から初めて九州新幹線のさくらに乗って博多に移動しました
(九州新幹線のさくら)
小倉から博多まで、新幹線
第一声は必ず、大きな声でハァ
それに、いつからあんた鉄道に興味もったん
(JR小倉駅の新幹線ホーム)
あぁ
平日の朝でも新幹線で博多方面に行く人が多かった
小倉駅を出発して
車窓から見える馬場山(
そして、遠賀川を渡る手前に見えるお城
間近で見たことはありませんが
この建物は、ヤ○ザ様のご自宅という話を人伝いに昔から聞いております
でも、見慣れた景色に懐かしさを感じました
吉塚辺りでドクターイエローとすれ違いましたが、画像は撮れず
あっという間に博多に着きました
向かいのホームにレールスター
これだけでも楽しい(笑)
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今日は、小倉駅周辺を記事にします
北九州市民だった頃は、移動はいつも車だったので
小倉駅を利用すると言ったら、新幹線に乗るときぐらいだったような・・・
(北九州モノレールと直結のJR小倉駅) 【関連記事】 北九州モノレールが出来たときは、JR小倉駅と繋がってなく
JR小倉駅もこんな感じではありませんでした
モノレールが開業して早くから赤字というニュースを聞いたような記憶が・・・
市民から、なんであんな所にモノレールを走らせたんだ とか
小倉駅と繋がっていないから不便だし乗ろうと思わない などいろんな意見があったけどスル〜
私の場合、移動はいつも車だったので
気が付けば、小倉駅がこんな感じに変わってた というような印象です( ̄m ̄*)
(JR小倉駅前にある小倉祇園太鼓の像)
元市民というのもあってか
これを撮るとき、むちゃくちゃ恥ずかしかった
小倉が変わったなぁ と
当時、市民が感じた建物がリーガロイヤルホテル小倉
(1993年に開業のリーガロイヤルホテル小倉)
JR小倉駅新幹線口からすぐの所
駅とリーガの間に、動く歩道が出来たとき、当時は画期的だった(笑)
そして、リーガと共に出来たラフォーレ原宿 小倉
小倉に東京が来たという感じだったっけ(≧m≦*)
いつしかラフォーレは撤退し
10年ちょっとぶりに小倉に来てみると、あるあるcityとなるものがありました
何となくパっと見、流行ってなさそう・・・
昔、小倉駅って北口と南口という風に言ってたと思うんですが
今回、久しぶりに小倉駅に行ってみると、北口が新幹線口に、南口が小倉城口に改名
(小倉駅 新幹線口にある銀河鉄道999のオブジェ)
いつこういうのが出来たんだろう・・・
記念撮影が出来る所でいいけど、メーテルの横に座るのって何か嫌
メーテルって細いんだもん(笑) |
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記事はやっと旅の最終日に入りました
記事をUPするのに時間は掛かりますが、実際の旅はあっという間
毎回、旅の最終日は何とも複雑です
福岡市営地下鉄に乗って、千代県庁口で下車 (〃▽〃)懐かしい
最終日に訪れた黒田家の菩提寺の崇福寺
(臨済宗崇福寺の山門は、福岡城の表御門を移築)
【関連記事】 崇福寺は、臨済宗のお寺で山号は横岳山
伝治元年(1240)、大宰府に創建されましたが、天正14年(1586)、兵火によって焼失
慶長5年(1600)、黒田長政によって現在地に移建され
黒田家の菩提寺になったそうです
(名島城の遺構といわれる崇福寺の唐門)
現在は瓦葺ですが、もとは檜皮葺だともいわれ
江戸初期に改築されたものというお話も・・・
過去に福岡市内にも住んでいましたが
黒田家の菩提寺というのも、崇福寺というお寺があったというのも初めて知りました
崇福寺の前の道も、住んでいた所から近いので、通ったことがあると思ういますが
興味があるとないとでは、こんなに違うものなのかと改めて感じました
今年の大河ドラマは、『軍師 官兵衛』
その黒田家の菩提寺というので、今年は福岡の観光ルートの中に入れる方が多いようです
(崇福寺にある黒田官兵衛[如水]の墓)
崇福寺の奥に、福岡藩主 黒田家のお墓があります
黒田官兵衛の他、妻の光、息子 黒田長政と熊之助のお墓もあります
(左:黒田長政の墓、右:黒田官兵衛の隣りに妻の光の墓)
黒田長政の息子、忠之のお墓はありませんでした
やっぱり黒田騒動が原因なのかなぁ・・・
あれを官兵衛や長政は、あの世からどんな思いで見ていたことでしょうね
まさか盛岡に飛ばされるなんて・・・ね
(崇福寺 御朱印) |
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今日は、食べ物の記事です
4月に訪れた福岡
乗り鉄
(2日目に乗った特急ソニック[左/博多駅]と特急きらめき[右/黒崎駅])
【関連記事】 今年の大河ドラマは、『軍師 官兵衛』
このドラマの主人公は、黒田官兵衛
洗礼を受けキリシタンになったり、出家したり・・・
(黒田官兵衛)
福岡には、如水庵という名前のお菓子店があります
黒田官兵衛は出家して、名前を「如水(じょすい)」としました
如水庵の社長は、黒田家の子孫の方に許可を得て店名を、如水庵という名前に変えたそうです
昔から私は、如水庵のお菓子が大好きです
買うときは、いつも本店で買っていましたが、マイングの中にもある如水庵
そこで買ったトマト大福
如水庵の季節のお菓子は、旬のものを使った大福が本当に美味しい
食べかけの画像ですみません・・・
でも、本当に大福の中にトマトが入っています
いくら如水庵の大福は美味しいといっても、、トマト大福ねぇ・・・
と、思っていましたが、試食でいただいたトマト大福が美味しくってビックリ
普段よく口にする一般的なプチトマトより
糖度が高いフルーツのようなトマト
大福の白あん(
黒田官兵衛は、洗礼を受けキリシタンになりましたが
そのときの洗礼名が「ドン・シメオン」
(黒田官兵衛が書状に押した印を模様にしています)
当時、黒田官兵衛が書状に押していた「シメオン・ジョスイ」のローマ字印を
如水庵は、そのままお菓子にしました
肝心のお味は・・・普通に美味しいお菓子でした
美味しいけど、味にインパクトはありません
トマト大福を先に頂いたからだろうか・・・ |





