|
関ヶ原の戦いを経て大阪の陣で豊臣家を滅ぼし天下を統一した徳川家康
慶長8年(1603)に江戸幕府を開きました
幾多の合戦を戦ってきた家康
亡くなる2週間前に遺言を残します
内容は、自分が死んだら遺体は久能山に埋葬し
1年後、日光山に移せ。関八州の鎮守となる
元和2年(1616)4月17日
家康は駿府城で永眠 (享年75歳)
久能山は、駿府城から8㌔ほど離れたところにある霊山で
家康の遺骸は亡くなったその日に、久能山の山頂付近の霊廟に移されたそうです
(家康の遺骸が埋葬された場所に家光が建てた久能山東照宮の神廟)
最初は木造で石造に造り替え
久能山東照宮の御祭神は、もちろん 徳川家康
相殿【あいどの】は、織田信長、豊臣秀吉
久能山東照宮の社殿は、息子の秀忠が造営
そのまた息子の家光が日光東照宮を大造替されると、久能山東照宮も増改築
社殿はよく見る権現造り
権現造りの原形は
京都にある北野天満宮の社殿
その様式を豊臣秀吉を祀る
豊国神社が取り入れ
続いて東照宮が用いたそうです
久能山東照宮には、五重塔跡地があり
3代将軍 家光が建てた高さ30mの五重塔が、明治まで久能山のシンボルだったそうです
(神仏分離令)
(久能山東照宮は、平成22年に国宝に指定)
久能山東照宮には、ボランティアでガイドをしている方がいます
面白いガイドさんがいたんですよ
相殿の信長や秀吉、五芒星のレイラインなど、いろいろ紹介したい様子で
時間があれば、いろいろお話を聞きたかったなぁ(._.〃) 武田信玄に仕えていた
軍師 山本勘助が彫ったといわれる
勘助井戸がありました
深さは33mあるそうです
もちろん井戸は蓋がされています
機会があれば
今度はショートカットせず石段を登って参拝してみたい |
2014 はとバス初富士クルーズ
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
ツアーのタイトルは、新春!初富士を仰ぐ駿河湾クルーズと久能山東照宮 でした
(記事の場所)
駿河湾クルーズを楽しんだ後、一行が向かったところは三保の松原
2013年6月に、富士山の世界文化遺産登録の構成資産に認められたところです
(7㌔の海岸線に5万本の松が茂る三保の松原) 三保の松原では、40分の自由散策
もうちょっと時間があれば海岸線を歩いてみたかったなぁ
三保の松原の海岸線は
暴れん坊将軍のロケで松平健さんが馬に乗って走ったところだそうです
ちゃらら〜ん ちゃちゃら〜ら〜ん
三保の松原から今度は日本平に移動
日本平ロープウェイで、久能山東照宮に向かいました
(日本平ロープウェイ)
初詣に久能山東照宮を訪れる人が多かったので、画像がありませんが
ロープウェイの天井や外には、葵の御紋がでんッ とあって 籠に乗ってるようでした( ̄m ̄*)
(久能山東照宮/静岡県静岡市駿河区)
ずっと来たいなぁ と、思っていたので嬉しい |
|
いろいろ考えず気軽に日帰りツアーをしたい
お世話になっているはとバス ( ̄m ̄*)
記事にするのが遅くなりましたが、今年もお世話になりました( ̄人 ̄)
ツアーのタイトルは、新春!初富士を仰ぐ駿河湾クルーズと久能山東照宮 というもの
(今回の記事の場所)
【日帰りツアーの行程】 浜松町バスセンターを出発して、東名道 足柄SAでトイレ休憩
もうずっとめちゃイケ(フジテレビ)を見ていませんが、何かコラボしていました
(東名道 足柄SA)
トイレ休憩が終わって、再びバスは東名を走りましたが
後ろに座っていたおじさんが 「お
(東名から見た東海道新幹線 かろうじて撮れた
あぁ〜(o ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ▽  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄o) 京都に行きたい
この日の午前中は、あまり天気が良くありませんでしたが
雨が降っていないだけまだ有難い
(左:たぶん富士川
静岡市内に入る頃には、一気に快晴
ツアーには、駿河湾クルーズをしながら昼食なので、バスは清水港に向かって走りました
特にバスガイドさんから紹介はありませんでしたが
バスの中から次郎長宅跡の石碑が目に入ったので行ってみました
(左:エスパルスドリームプラザ、右:次郎長宅跡の石碑)
乗船したらすぐ昼食
食事を終えたら駿河湾から富士山を拝もうと甲板へ・・・富士山どこ
(駿河湾から見た富士山【画像中央】頭に雲が乗っている)
本当に私って富士山
葛飾北斎の富嶽三十六景みたいに、ハッキリ綺麗な富士山
(かもめと三保の松原)
カモメの餌やりって面白い
”鳥目”という言葉があるけど、夜じゃなかったら絶対に目がいい
|
全1ページ
[1]





