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2012年4月に行った 京都の旅のタイトルは
はんなり京都の旅 でした(〃 ̄∇ ̄ポ)
初日〜最終日まで時系列に旅の流れを記事にできても
その後、訪れた各所をなかなか記事にできないまま次の旅へ・・・
この記事は、ブログ内でバラバラになった
はんなり京都の旅の関連記事をまとめたものです
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2012 はんなり京都
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久しぶりに京都の記事
まぁ〜たまってるってことなんです(〃 ̄ω ̄〃ゞ
どんな旅行だったのか、自分自身が思い出そうとしてる(笑)
2012年4月の旅---2日目 ※移動は全て市バス 思い出した(〃▽〃)
世界遺産の仁和寺から歩いて、これまた世界遺産の龍安寺へ
(龍安寺 石庭【方丈庭園】)
初めて龍安寺を訪れました
仁和寺は、早すぎたせいもあって観光客らしき人は数える程度で
後は、仁和寺の境内を通って通学・通勤の人や、地元の人が朝のお参りでした( ̄人 ̄)
それに比べ龍安寺は外国人観光客の団体さんが多いこと
(水平に見える庭園ですが、若干勾配があり排水が考慮されている)
ここでも、一期一会の出会い
龍安寺でトイレ
「うわぁ
「あら、ホント」
「慣れないから、トイレがしにくいのよねぇ」
などなど、話しているのが聞こえました
英語は、そんなにしゃべれませんが
外国人の友達がいるのもあって
慣れているので果敢に
「向こうに洋式トイレがありますよ」
と、教えたら・・・
「ちょっと、どこにあるの」
「あんた、ここでしなくても普通のトイレがあるってよ」
「ほんと?じゃあ、まだしてないから一旦 出るわ(笑)」
私はイスラエルのおばちゃんズを洋式トイレまで引率
トイレから出てきた主人
「私も和式より洋式の方が好きですよ」
と、いうとおばちゃんズから「中国人
日本人は、和式トイレが好きだと思われているようです
私は、洋式の方がいいけど・・・外だと和式がいいという意見もなくもないですよね
(知足【ちたる】のつくばい:中央の四角が口に見立て刻まれた「吾唯足知」)
吾唯足知=禅の教えで貧しくても、知があると心は豊かという意味 |
コメント(12)
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本日2回目の更新です
お届け物が届かないので、時間潰しにブログ
春に京都に行ったのに、JR東海のCMに心動かされています(笑)
もう7月ですが、まだある春の京都ネタ( ̄m ̄*)
日程:2012年4月22日〜23日(1泊2日) 初めて登った京都タワー
(2011年8月:京都タワー&京都タワーホテル)
※天気がよくなかったので、画像は去年のもの
春は京都タワーホテルに泊まったので
宿泊客は無料で京都タワーに登ることができます(1回だけ)
おぉ〜(〃・◇・〃)サスペンスでよく見る京都の景色じゃあ
記憶が鮮明なときにUPしとけば良かった(/o\)
塀は西本願寺で見たものと同じなんですが・・・東寺の周囲の塀もこんな感じだしぃ(=´▽`)ゞあはは
タワーに雨が吹きつけるようになり、景色も見えにくくなったのが残念
京都タワーのマスコットキャラのたわわちゃん
一緒に記念撮影
わからないでしょうが、私、照れてます(笑)
前は京都タワーのHPに、プリントアウトして持っていくと
京都タワーの割引クーポンになるのがありましたが、そのシステムがなくなったような・・・
無理矢理スペースを埋めるために置かれたような舞妓さんの人形
外国人に人気がありましたよ(o。・・。)o
京都の夜景も見てみたいので、また機会がったら登ってみたいです(〃^ー^〃)
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どんどん溜まる画像&どんどんズレる旅行との季節
そこで1日2〜3回ガンガン更新しています
しばらく訪問はせず更新のみとさせていただきます
その為、この記事のコメント欄はありません
日程:2012年4月22日〜23日(1泊2日) 養源院に行った後、その隣りにある法住寺へ
(2012年4月22日:法住寺)
法住寺は、藤原為光によって創建された天台宗のお寺です
三十三間堂の記事で、法住寺殿について触れましたが、法住寺は、法住寺殿があったところ
(後白河法皇の御所)
後白河法皇が
自分が死んだら、御所の敷地内に墓を造って埋葬してね と、いった所
(NHK大河ドラマ:『平清盛』後白河天皇)
後白河法皇は亡くなると、法住寺殿に埋葬されましたが
法住寺殿は、その後、「法住寺」となりました
法住寺の入口の通り沿いに、「旧御陵正門」を表す石碑と門
(2012年4月22日:法住寺殿 後白河法皇旧御陵正門)
法住寺のお寺の門の隣りには
「後白河天皇陵 参道」を示すものがあります
同じ通り沿いに
この参道の入口・法住寺の門・旧御陵正門があります
(2012年4月22日)
どんな参道か・・・こんな参道です 天皇陵ということで管理は宮内庁
看板には、土日・祝日は閉門しますとのこと・・・平日は開聞されているんですね
(2012年4月22日:後白河天皇陵参道入口)
法住寺の中は、私たち以外だーれもいない(*・ ・*) お坊さんの姿もない
法住寺の本尊の不動明王像は「身代わり不動尊像」とも言われています
(2012年4月22日:身代わり不動尊像が安置)
ここは、月日が経つと忠臣蔵で有名な
大石蔵内助が吉良邸討ち入りの成功を祈願に訪れました( ̄人 ̄)
(法住寺内にあるお百度参りの百度石)
法住寺の後は、智積院に向かいました |
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どんどん溜まる画像&どんどんズレる旅行との季節
そこで1日2〜3回ガンガン更新しています
しばらく訪問はせず更新のみとさせていただきます
その為、この記事のコメント欄はありません 日程:2012年4月22日〜23日(1泊2日) 三十三間堂を見たあと、隣りにある養源院に行きました
(2012年4月22日:養源院)
豊臣秀吉の側室だった淀殿(茶々)が、秀吉に頼んで淀殿の父、浅井長政の供養のために
21回忌の法要のときに建立したお寺
この肖像画は淀殿と思っていましたが
今では不確かということで
「伝」がつくようになりましたね
源頼朝も足利尊氏も武田信玄も
今では「伝」付き・・・
(伝 淀殿:ウィキペディアより拝借 ̄人 ̄)
その後、養源院は火事で焼失
淀殿(茶々)の妹の江与(お江・崇源院)が
元和7年、秀吉の伏見城の遺構を移築して
再興しました
養源院に訪れたときは、
崇源院の肖像画の掛け軸を見ることができました
写真撮影禁止
(崇源院:ウィキペディアより拝借 ̄人 ̄)
伏見城の殿舎を移築したもの
(2012年4月22日)
と、ここから中に入るのですが
有名な血天井他、中は写真撮影禁止です
徳川秀忠の正室になっていた江与(お江・崇源院)が再興してからは
徳川家の菩提所となって、歴代将軍の位牌を祀っています
その位牌も、とても暗いところにあって長年の埃などで何が何だかサッパリ・・・
家紋だの何だの全然見えないんですよ
血天井も手だの足だのいろいろ説明してくれるんですが
シミだらけの天井を見て 「あれが手、これが足」と、言われてもどこを言ってるのかわかりません
写真撮影禁止なのは仕方ないと思いますが、
ちゃんと拝観料も取るんだからパンフレットを作るなどして改善して欲しいものです
俵屋宗達の杉戸絵のポストカードを記念にくれました
(俵屋宗達の杉戸絵のポストカード2枚並べて)
自刃した武士の霊を慰めるために「お念仏、御回向」にちなんだ絵を描いた絵の他
狩野山楽の襖絵なども見ることができます
(2012年4月22日)
と、文字ばかりだと楽しくないですよねぇ
紅葉の頃は、美しいんだろうなと思いながら、一通り見学しました
(2012年4月22日)
豊臣秀頼の肖像画も見ることができて嬉しかったです
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