|
電車に乗って茨城県鹿嶋市へ
(JR潮来駅付近の車窓) 【関連記事】 鹿島神宮の最寄駅、JR鹿島神宮駅に到着
(JR鹿島神宮駅に乗り入れている鹿島臨海鉄道)
松尾芭蕉や小林一茶なども訪れた鹿島神宮を参拝に訪れました
東日本大震災で石造りの大鳥居は倒壊しましたが、新しく木造の大鳥居が建っていました
(鹿島神宮の大鳥居/左:2012年9月、右:今回)
参拝者は車で訪れる方が多いので、鹿島神宮の参道の人通りは、殆どありませんでした
鹿島神宮では、 鹿は神の使い
以前から参道にお店はあります
車の参拝者がわざわざ歩いて
来店するかといえば、少ないと思われます
そういうのもあってか、参拝者の要望もあってか
境内の一角には、2012年9月には無かった駐車場とお店が
|
2014 佐原・香取鹿島神宮
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
JR成田線に乗り、久しぶりに佐原を訪れました
(JR成田線の駅/左:香取駅[車窓]、右:佐原駅)
【今回のおでかけ関連記事】 経津主大神(ふつぬしのおおかみ)を祀る香取神宮の創建は約2650年前
神武天皇の時代の創祀と伝えられています
(香取神宮拝殿)
朝廷から特別な尊崇を受け、国家の重要な神社として古からこの地に鎮座
平安時代から”神宮”と呼ばれていたのは、伊勢神宮と鹿島神宮と香取神宮の3社だけです
(香取神宮楼門は江戸幕府が造営)
御祭神の経津主大神(ふつぬしのおおかみ) は
物部氏の氏神だったと聞くと、あの歴史の授業に出てきた物部氏かッ と改めて歴史を感じます(笑)
鹿島神宮とは雰囲気が違う
香取神宮は477社ある
香取神社の総本社
『日本書紀』や『古事記』に触れると
大きく脱線するので
ここでは敢えて触れません
香取神宮にも大地震をおさえていると伝承のある”要石”があります
水戸黄門で有名な水戸光圀の配下が、何日も掘り続けたけれど全貌は分からなかったそうです
木母杉
手水舎の横には貞享元年に
水戸光圀が参拝したとき
”木母杉”と名付けられた杉があります
香取神宮の参道の隅に、よど号ハイジャック事件で乗客の身代わりになったという
10代山村新次郎と11代山村新次郎の銅像がありました
よど号ハイジャック事件という名前は知っていますがよく知りません
何で同じ名前で10代と11代の2体の銅像があるのかもわかりません
どうして香取神宮にあるのか、ちょっとこれは、私にとって何だろうと不思議に思いました |
|
昨日、北総の小江戸と言われる佐原に行ってきました
佐原は平成の大合併で2006年に、佐原市→香取市になりました
むか〜し、まだ佐原市だった頃に一度、訪れたことがあります
当時、”千葉県民になったことだし、何か見て廻らないとねぇ〜”と、最初に選んだのが佐原
(香取街道には江戸〜明治にかけ建築された伝統的建造物が残る)
香取街道沿い建つ蔵造りや土蔵、洋風建築などの伝統的建造物は
関東地方で初めて「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されたそうです
佐原は、”あやめ咲く水の郷”と言われるほど
江戸時代から利根川水運の物流拠点として発展したところ
(小野川沿いにも古い町並みを残す)
佐原は、小江戸や水郷と言われる他に”地図のまち佐原”とも言われているそうです
その理由は、10回の測量に出かけ
初めて実測で正確な日本地図を作製した偉人
伊能忠敬
そのゆかりの地が佐原
そのため伊能忠敬大河ドラマ化推進協議会
・・・の、文字も目に入りました( ̄‥ ̄|||)
2時間枠のドラマだったら何とかなりそうだけど
ちょっと一年かけて伊能忠敬は厳しいような・・・それにテンポが悪い感じがする
(伊能忠敬が17歳〜50歳を過ごした旧宅は震災復旧工事中)
小野川を観光船で周遊する舟下りも佐原に観光のウリなんですが
風情より回転率、風情より負担軽減などなど、いろんな言葉が出てくる舟下りでして
エンジンで ブイ〜ン と進むのであります(笑)
(エンジン音が鳴り響く佐原の舟下り
10年前に訪れたときも、方向転換のときだけ竿を使って後は、ブイ〜ン |
全1ページ
[1]



