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拝啓、カフェ雑賀の素敵なお馴染みさん達へ
(そして、我侭この上ない僕を、これまで支えてきたくれた親友達へ)
さて、どうでしたか?
当店自慢のオリジナル・ブレンド・コーヒーの味は?
チベット問題の報道について、彼らがいつも唱える報道のあり方に
平等性はあったでしょうか?
チベット併合は清朝時代からとする局と、
毛沢東の文化革命からとする局。
チベット僧の抗議を放送する局と、
今や周知の事実となった土壌汚染問題を
しかつめらしく放送する曲。
僕が今まで訴えてきたことが如実に裏付けられたことかと思います。
で、僕。
億目も無く、それこそ幾度と無く、僕はメディアやマスコミの不誠実さ
を言及してきました。
しかし、それでいて、テレビや新聞をはじめマスコミに深く依存していた
ことも否定できません。
自己矛盾と自己撞着。
そのハザマで、人間が生きるということに、それらがどれだけの意味が
あるのか。
答えを見つけるため、しばらく生石高原でキャンプ生活を送ってきました。
人里離れた高原で過ごし、感じたことが、それがこれでした。
人間が必要とするコミュニケーションは、マスコミなどの大衆向けのもの
でなく、個人を対象としたプライベートな会話なのではないのかと。
皆なが知っている情報を知ることに浪費(!)する時間ほど、
無意味なものなどないのではないか。
そう確信した僕は、このたび、真に孤高の時を過ごすことを決心しました。
テレビ、新聞、インターネットから隔離された世界で生きる。
自分にとって何が必要なのか、何が無くても構わないのか。
それらを見極める。
頭でごちゃごちゃ考えるでなく、実践する。
故郷とも家族とも離れ、一人、気高く生きてみる必要がある。
だから、自分にとって生きていくのに本当に必要な書物だけを携え、
4月から花の都、大都会・東京へ旅立つことにしました。
マイペースの「東京」でも口ずさみながら、新幹線に乗って。
当然、このブログも更新することはできなくなります。
しかし、これまで、僕が日々思った事柄は包み隠さず伝えてきました。
このブログも削除せず、残しておくことにします。
そう、僕がこの世に生きていたという、その証として。
だから、このブログは、僕が敬愛するピカソの、文字通りの遺言かも
しれません。
馬鹿なことを言うなとおっしゃるお馴染みさんには、僕の気持ちを斟酌
いただくため、三島由紀夫の代表作「金閣寺」の最後の一節を送ります。
「生きようと思った。。。」
それでは、またいつか、どこかで、お会いしましょう。
それまでお元気で。
So Long, Good-bye, 本当にありがとう!
そしてやっぱり、サヨ〜ナラ。
敬具
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