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Tencho's Room
みんながすなるブログといふものを、われもしてみむとてするなり。

書庫珈琲通信 REVIVAL

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 小春日和の入り海を小舟が行き交っていた。
 長時間の運転でこわばった背中を伸ばし、
 景色を眺めながら深呼吸する。
 空気にかすかに浜の匂いが含まれていた。
 うららかな陽射しと冷気をはらんだ風が心地よかった――。

0泊2日、上洛
「すっごいね、これは……」
 丹後半島の突端の、丘の上に整備された公園でケルン氏がいった。ぐるっと湾を縁取るように鄙びた色合いの漁家が連なっている。伊根の舟屋だ。徹夜明けの目に秋の陽射しが眩しかった。

「どこぞの街道の宿場町とちがって、つくりもの臭くないとこがいいですね。あれは一種のテーマパークですから……」
「そうだね……」
「まあ考えてみれば、1階がガレージで2階が住まいですから、おなじような構造の住宅って、郊外の住宅地にもよくありますけどね……」

 ただし、舟屋のガレージに入っているのはボルボのステーションワゴンやベンツの小型セダンではない。舟屋のそれは海の方を向いて開いていて、そこには小さな漁船やさまざまな漁具が入っている。それが軒を重ねるようにして延々と建ち並んでいるのだ。たしかにみごとな眺めではあった。

「こんなところがあるなんて、ぜんぜん知らなかったよ……」

 しばらくぶりのケルン氏との同行だった。例によってあまり期待せず――というより、ひとりで出かけるつもりで形式的な誘いの電話を入れてみると、氏は意外にも少し考えてからOKの返事。ただ、ちょうど横浜にある大手のロースターから焙煎の技術指導を依頼されたとかで、どうせ遠出するなら一緒に片づけてしまいたい。ついては『珈琲道』をその前にくっつけられはしまいか、とのこと。

「いいですよ。で、どこへ行きます?」
「京都がいいな」
「京都? 京都と横浜ってことですか?」
「ダメ?」

 ダメといえる立場ではない。スポンサーの意向に背くわけにはいかない。小学生時代のケルン氏に社会科を教えた先生を恨むしかない。彼、もしくは彼女が黒板に吊した日本地図はひどくデフォルメされたシロモノで、恐ろしくずんぐりむっくりした形をしていたにちがいない。

「諒解しました。じゃあ、横浜で落っことします」

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 とはいうものの、個人的にはどうせ京都まで行くのなら、街なかだけでは物足りない。たしかに京都市内には『宮本武蔵』や幕末モノ、それに制作費および制作者の知的労働を極限まで抑えてつくった、単発もののTVドラマによく登場する寺や地名があちこちにあっておもしろいが、そういうところはどこも観光客でごったがえしているに決まっている。なので、丹後の方へ行ってみましょう、と提案した。

「タンゴ? タンゴ……。タンゴって何が有名?」
「天橋立、伊根の舟屋、丹後ちりめん……」
「タンゴの節句?」
 まったくこの人はどこまでが本気で、どこからが冗談なのかわからない。
「それと、男女が脚をからめて踊る4分の2拍子の音楽なんかも有名ですね……」

 かくかくしかじかで当日は夜中の2時に白州を出発。途中で一度休憩を入れ、中央道を小牧へ。小牧からは名神高速を吹田のジャンクションで降りるべきところをまちがえて神戸まで。何の因果か六甲山を越え、本来山陽道から直接乗るはずだった舞鶴若狭自動車道に乗り直し、まっすぐ伊根に向かった。そういうわけで白州を出発した7時間後には、ふたりして目を血走らせ、顔を脂ぎらせて伊根湾を見下ろしていた。

「すごい光景だよね、ほんと……」とケルン氏が何度目かの感嘆をもらした。

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 よほど気に入ったらしい。氏の趣味からして、太秦(うずまさ)や清水寺に行きたがるとは思えなかったが、こんな渋い景観がお気に召すとは。少々意外だった。もっとも最近ではこのあたりの漁民の生活も様変わりし、どこの家もが職住接近を地で行くような生活をしているとは限らないらしいが、そういうことはこの際いわない方がいいだろう。「沈黙は金」である。とくにクライアントがいい気分でいる時には。

 それからしばらく駐車場で休み、海沿いの狭い国道を天橋立へ向かった。疲れてはいたが、入り組んだ海岸線をドライブするのはいい気分だった。

 天橋立ではクルマを駐車場に入れ、たもとの寺の参道に面した《食事処》で恐ろしくまずい鉄火丼を食べてから、リフトで山に登り、有名なことで有名な松の生えた細長い砂州の全景を俯瞰した。天橋立はケルン氏が行ったことがないというので寄ってみたのだが、伊根のような感銘は受けなかったらしい。クルマに戻り、眠い目を気合いでこじ開けながら一般道を市内へ向かった。

 途中、マクドナルドで一度休憩。そこから電話して四条烏丸のビジネスホテルを予約した。こうして家を出てから17時間のドライブののち、ようやく午後2時過ぎに京都市内に入った。もう運転はじゅうぶんだ。

 ホテル近くの市営駐車場にクルマを入れ、這うような足取りでビジネスホテルにチェックインした。ベッドで体を伸ばしてひと休みし、(よせばいいのに)気合いを入れ直して暮れはじめた街へ。四条通を鴨川へ向かって歩いた。街の灯りが目に沁みた。
 ケルン氏がどんどん先を歩いていった。ずっと助手席で、しかも起きていたのだから運転するより疲れただろうに。ひさしぶりの『珈琲道』で張り切っているのか、元気なものである。
 10分ばかり歩いて、日本におけるパイオニア的存在らしいエスプレッソの店が〈あった〉場所に着いた。

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「ないね……」
「ないですね……」

 じつはこの店については、今でもあるのか、ないのか、ネット検索でははっきりしなかったのだ。もともとあった場所から〈ここ〉へ移ったようで、さらにどこかへ移ったとか、あとには別の店が入ったとか。そのあたりが結局わからなかった。で、とにかく行ってみようということになり、来てみたのだが、そこにはやはり別の店が入っていた。
 仕方なく、その〈別の店〉に入ってかなり酸味のキツいブレンドを飲み、四条通に戻ってタクシーを拾った。観光名所にもなっている錦市場をぶらつき、ホテルのフロントで薦められた京懐石の店で夕食。帰りは歩いてホテルへ。〈別の店〉のコーヒーより、懐石料理店で最後に出されたコーヒーの方がよほどうまかった。

「マクドナルドに一票です」と夜の四条を歩きながら、ケルン氏にきょう飲んだコーヒーについて筆者の評価を申告した。

「そうかもね」

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 以前ケルン氏に「どこのコーヒーが美味いと思うか?」と訊いたことがある。その時の氏の答えが〈マクドナルド〉だった。当然、筆者は一瞬わが耳を疑ったものだが、氏の説明を聞き、その後マクド――関西風にしてみました――でも心してコーヒーを飲むようにして、今ではケルン氏の見解にほぼ同意している。

 つまり、こういうことだ――。ファーストフード店であれ、ファミレスであれ、全国展開しているような外食大手は研究所を持っていて、そこで専門家が味づくりをおこなっている。以前はどこも味は二の次で、値段を下げることばかりに腐心していたんじゃないかと想像するが、昨今はそうではない。そんなことやっていたら、経営が危うくなる。だから外食チェーンの料理やドリンクは、じつはかなりよくできている。コーヒーも同様。少なくとも近頃ではそうだ。

 ところが、消費者の方はそんな苦労に関心はない。ファーストフード店に美味いコーヒーを期待する人はあまりいない。そんなところで美味いコーヒーが出てくるはずがないと勝手に思いこんでいて、出てきたコーヒーが美味くてもそれに気づかない。
 反対にそれらしい設え、それらしい調度の専門店で、小難しい顔をしたマスターがハンドドリップしたコーヒーは美味いような気がする。実際飲んでみて、「?」と感じたとしても、美味いコーヒーというのはこういうものなんだと、自分自身にいい聞かせてさえしまう……。

「ああいう大手はすごく研究してるからね。先入観を持っちゃダメだよ」

 その専門店のコーヒーはほんとうにマクドナルドのコーヒーより美味しいですか? その老舗の割烹料理屋の"金目鯛の煮つけ"は、藍屋のそれより美味しいですか? その三流ライターが地方の自家焙煎店のPR誌に書いている文章は、そのへんの専業主婦の書いているブログの文章より上手いですか? 目に見えているものを疑え! 四条烏丸泊。泥睡。

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雨など降るも……
 2日目――。ケータイのアラームで仮死状態から蘇生した。8時00分。曇っていた。しかもただ陽射しがないというだけでなく、雨を降らせるためのウォーミング・アップをしているような濃厚な曇り空である。やれやれ。毎回毎回雨のことを書いているような気がする。前回、このシリーズでスカッと晴れたのはいつだったろう……。

 気を取り直して顔を洗い、歯を磨いた。ニュースを見ながら荷物をまとめ、ロビーへ降りてケルン氏と合流。きのう回れなかった分、きょうはコーヒー屋巡りをするつもりだった。天気予報はやはり午後からの雨を予想していた。
 しかしまあ、考えてみれば雨の京都もなかなか乙なものではある。紅葉にはまだちょっと早いが、悪くはない。そう無理矢理納得して、クルマを入れた市営駐車場へ。荷物を放り込んで、京都でいちばんの老舗だというコーヒー店へ歩いて向かった。

 さて、読者は京都の住所表記というヤツをご存じだろうか。《上京区下立売通新町西入》――これが住所なのだ。《中京区河原町通三条上》《上京区寺町通今出川下》。さっぱりわからない。まるで戒名である。《下京区四条通堀川西入》《左京区丸太町通川端東入》……。
 もちろん、地元の人がこれで不便しているとは聞いたことがないし、理屈がわかってしまえば、これはこれで碁盤の目状をした京都の街では実用的なのだろう。しかし、われわれは文字通りの”お上りさん”だ。クルマならナビに従って走れば目的地まで導いてくれるが、歩いて目的地を探すとなると、かえってこれが難しい。

「場所、わかります?」
「大丈夫、もうばっちりだよ」

 ほう、それは心強い。ナビの誘導とは別に、きのうずっと助手席で地図とにらめっこしていたケルン氏はすっかり京都の地理に馴染んだらしい。駐車場を出てちょっと地図を見ただけで、あとは何本目を右、その先を左、といった具合。四条烏丸の交差点から五条方向へ10分ばかり歩いて、一発で目的の店を見つけた。氏はちょっと誇らしげだった。先頭に立って、なぜか半分だけ京町屋風の外観をした店へ入っていく。

「あれ?」

 氏に続いて店内に入って少なからず驚いた。天井が高く、らせん階段が2階フロアへ続いている。裏庭には噴水まであった。町屋づくりは表通りに面した部分だけで、中はカフェどころか図書館のようだ。外に自転車がたくさん止まっていたから予想はしていたが、ほぼ満席だ。さすがに超有名店だけのことはある。ケルン氏は深煎りのブレンド、筆者はこの店の看板である、ミルク&砂糖入りの《アラビアの真珠》なるブレンドを注文。周りの音量に合わせて声を落とし、きょうこれからの作戦を練りながら、コーヒーが運ばれてくるのを待った。

 ゆうべ懐石料理の店へ行くのに乗ったタクシーの運ちゃんはこの店を絶賛していた。あまり期待せず、「うまいコーヒーを飲ませる店、知りませんか?」と訊いてみると、彼がまっ先に上げたのがこの店だった。たまたまコーヒー好きだったらしい。そして「あそこのコーヒーを飲んだら、他では飲まれしまへんな」(だったかな?)とまで京都弁で断言したのだった。

 が、運ばれてきたコーヒーをひと目見て、ぎょっとした。〈ミルク&砂糖入り〉のミルクがみごとに分離していたのだ。通常このことはそのミルクが、すでに別の名前で呼ばれるようになる過程にあることを意味する。すなわちヨーグルトと。

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「うまいよ」と筆者の当惑をよそに、別のブレンドをブラックで飲んでケルン氏がいった。

「これ?」と目でいいながら、氏に自分のカップの中身を見せた。すると――。
「たぶん煎りが浅いんだろうね。酸味が強いとそうなるんだよ。傷んでるわけじゃないと思うよ。ブレンドの名前からしてモカベースなんだろうね……」

 やれやれ、恐れ入る。飲んでもいないのに。しかしまあ考えてみれば、このボサボサ頭に寝癖をつけたオジさんは、大手のロースターから技術指導を依頼される人なんだっけ。飲んでみるとたしかにミルクに問題はなく、氏の推測通り、かなり酸味のキツいコーヒーだった。

 午後になると、予報通り雨が降り出した。市内の自家焙煎店を何軒かまわり、夕刻近くに山科まで琵琶湖疎水を見に行った。途中、烏丸御池のきのうとは別のホテルをケータイから予約。チェックインしてから地下鉄で市役所前まで行き、そこから歩いて河原町の繁華街へ向かった。
 コーヒー店らしき店を見つけるたびに窺き込み、そのうち2軒に入ったが、結局今朝の老舗を上回る味には出逢えずじまい。先斗町(ぽんとちょう)を散策してから夕食をとり、また地下鉄にひと駅だけ乗ってホテルへ戻った。2日目、烏丸御池泊。

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 3日目も雨だった。しかもこの日は朝から本降りで、京都御所を見て、平安神宮に向かう頃にはどしゃ降りになった。こうなると雨もまたいい、などといってはいられない。地下の駐車場にクルマを入れ、地上に出てみるとちょうどそこが応天門だったが、巨大な楼門の下で観光客が雨宿りする光景は、映画『羅生門』の冒頭シーンのようだった。

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「これじゃ写真撮れないね」となぜかサンダル履きでやって来て、きのうからひどい目に遭っているケルン氏。
「そうですね。京都らしい写真が欲しいんですが、祇園へ行っても芸妓さんは歩いてなさそうですし……」

 それ以前にこれではどこへ行っても歩き回るのはつらい。カメラを上に向けることすらできない。それにだいたいにおいて京都のお寺は暗い色合いをしているから、シャッターを切れたとしてもこんな天気ではまっ黒けになってしまう。明るい色合いで、かつ京都を象徴するような被写体というと……。

「どこへ行く?」
「金閣寺へ行きましょう」

 というわけで予定外の金閣寺へ向かった。天気がよかったらまずありえない選択だったが、行ってみて判断の正しさに内心ほくそ笑んだ。金閣寺はやはり金閣寺である。暗く沈んだ雨空の下で、異次元からの飛行物体――誰かもそんなことをいっていたが――か何かのように、みごとに周囲から浮き上がっていた。

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 池の水面に波紋をつくって、秋の雨が降り注いでいた。光源を絶たれた金閣はその輝度をぐっと落とし、ひっそりと木立の中に佇んでいる。ここにはこれまで4、5回は来ているはずだが、こんな天気の下でははじめてだった。で、気がついた。これまでの自分の理解があまりに薄っぺらすぎたと。

 最初にここに来たのは、小学生の頃だったろうか。それから中学の修学旅行。そのあとにも何度か来ている。でも金閣は好きではなかった。なんでこの景観の中にこんなものを置いたのか理解できなかったのだ。悪趣味に思えた。日本史の教科書にも「栄華の絶頂を極めた足利3代将軍、義満は京都の北山にその権勢を誇示すべく……」というように載っていたと記憶している。が、そういう解釈はあまりにも幼稚だったようだ。

 わかったような気がした。この景観の中にこんなものを置いたのではなく、コレを周囲から際立たせるために、わざわざこの景観を設えたのだ。そして金閣は金閣でなければならなかった。銀でも銅でも、ピンクの水玉模様でもならなかった。もっとも高貴で、この世のものならざる色彩。たぶんコレは、形而下のいかなるものをも象徴していないのだろう。
 明るい陽射しの下で見ていたら、成金の演歌歌手が建てた豪邸みたいに、きょうも単なる悪趣味の権化にしか見えなかっただろう。ちょっと感激した。帰ったら『金閣寺』を最後までちゃんと読んでみよう。ウチのXーファイル――ケルンの通販用のダンボール箱で、どうしても最後まで読めない文庫本を入れ、押入の中にしまってある――に入っていたはずだから。

 それから修学旅行の中学生や、台湾(あるいは中国)からの観光客に混じって写真を撮り、順路を歩いて駐車場へ戻った。クルマの中でまた行き先についての打ち合わせ。帰りのことを考えるとあまりゆっくりとはしていられないが、それでもあと1カ所か2カ所ぐらいなら見に行く時間はある。で、嵐山へ行ってみよう、ということになった。嵐山まで行ったところで、天気に変わりはあるまいが、他にこれといったアイデアもない。

「まだ紅葉にはちょっと早いでしょうね」
「いいじゃん。どっかで湯豆腐食べようよ」

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 金閣寺の駐車場を出て一度給油し、山際の地方道を西へ向かった。龍安寺、それから仁和寺の前を通り過ぎ、国道162号線を右折して高雄方面へ。高雄から《高雄嵐山パークウェイ》に乗って、嵐山を目指した。
 上の方はずいぶんガスっていた。ほとんどすれ違うクルマもない。木々もまだ、ぜんぜん色づいてはいなかった。峠を越えて山を下り、嵐山へ出て湯豆腐の店を探した。あたりをしばらく流し、渡月橋の裏手にあった店で、京都に来てからずっと氏が食べたがっていた湯豆腐を食べた。

「最後の最後でやっと喰えましたね。どうでした?」と店を出てケルン氏に訊いた。
「う〜む……」

 お気に召さなかったようだ。

「じゃあ、晩飯はこってり中華にしましょうか。横浜までひとっ走りして、中華街へ行きましょう」

 振り返り、仰ぎ見ると、つい今し方下りてきた高雄の山が霧の中にあった。嵯峨野の里に冷たい雨が降り続いていた。(了)

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※本稿はケルンコーヒー発行の『珈琲通信』(休刊中)に加筆・修正を加えたものです

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