私見暴論−Japon Renaissance

和魂覚醒の時は至れり。(FC2支所 「荒魂」)

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〘 帰国した支那妻だけか? 〙

 日本人と結婚した支那妻達が放射能を恐れ、子供を置いて自分だけ支那に帰国しているそうです。

 もともと母性というものは、脳内で分泌されるあるホルモンによって齎されるという実験結果があるそうです。

 その動物実験によると、そのホルモンの分泌を止めると授乳も育児もしなくなってしまうとのこと。

 人間も動物ですから、全ての女に母性があるものと決めてかかるのは不用心であると言わざるを得ないでしょう。

 日本人にしても、母親による児童虐待の件数を見れば、それらの支那妻を非難する資格のある女は年々少なくなっているのではないかと思えてなりません。

 この遠因は、いまさら言うまでもなく、日教組やその他の左翼による日本の精神文化の破壊でしょう。

 その意味で今回の支那妻どもをみれば、そこには支那共産党という邪悪な存在があります。

 つまり、共産主義・社会主義という狂妄は、人間としてあるべき自然な母性をも破壊してしまうカルトだという共通点が浮かび上がってくるのです。

 もともと、社会科学という愚かな発想は、人間が自然の一部であるという事実を軽視し、人間の社会という要素のみを抽出した西洋的物質的な欠陥論理でしかありません。

 また、同様に西洋から持ち込まれた共産主義・社会主義ともなれば、人間という個の生物学的存在を無視した妄想カルトそのものです。

 そして、最悪なのが所謂「個人主義」でしょう。

 日教組の愚かな左翼教師どもは、所謂「個人主義」を礼賛しているようですが、彼らの言う「個人主義」を実践したのが今回の支那妻どもであり、自らの子供を見捨てても自分のことを優先させるというその本質をこれ程明確にした行為はありません。

 自分の狂妄行為を教育だと思い込んでいるカルト青二才どもの如何に愚かしいことか。

 話が飛ぶようですが、バカ管を見ておられる皆さんは、その本質が「ナルシズム」であることに気づいておられるでしょうか。

 バカ左翼が主張し、恐らくは自分も信じ込んでいる「自分が一番大切」という欺瞞は当然のことながら「ナルシズム」に直結します。

 そして「ナルシズム」の当然として、自分は正しく、利口で優れており、それを理解できない他人はバカだということになります。

 これは、資本主義という概念的な社会機構がいずれ共産主義に変化していくのだという何の立証も出来ない妄想を信じ込んでいるせいでもあるのですが、それはある意味、「ナルシズム」の補償的「心の杖」と言って良いのです。

 「ナルシスト」は、「自分が一番」であるが故に「自分が他者より優れている」という証明を、自分自身に対してせずにはおられなくなります。

 ところが、天才にあらざる者がそうそう優れている訳もなく、むしろナルシズムに陥る様な精神的バランスを欠いた人間ですから、人間的能力ではほとんど見るべきものはないという現実に直面します。

 そういう時に、目の前に「左翼」「共産主義・社会主義」というカルト妄想が提示される。

 「それを信じさえすれば自分が正義の味方で優れた人間だと納得できる」訳です。

 戦後の日本の一面において、それを「虎の威」とした「左翼ナルシスト狐」どもは、どんなバカでも出来る「批判」や「非難」によってますます自惚れかえり、ボンクラな自我を肥大させたばかりか、特亜三国に利用されて売国行為にまい進してきました。

 あの「村山」を持ち出すまでもなく、バカ管をみれば、現実的実務能力に欠けている癖に自惚れだけは過剰で、「批判」や「非難」は得意でも何かをやらせれば何の役にも立たず、「指示することが自分の役目」「他者は言うことを聞くもの」「自分に従わない愚かしい奴らは騙しても強権を振るっても構わない」という、典型的な左翼人間像がお判りになるでしょう。

 つまり、妄想世界に生きる人間のクズです。

 もう一つ、「個人主義」の誤解を解くために付け加えますと、例えば左翼労働組合は「労働者による民主的な職場」などとほざきますが、では、若い人は最初から最後まで「労働者」であらねばならないのでしょうか。

 最初から、若い者の未知数の将来的可能性を否定して「自らを一労働者と規定させてしまうこと」が正しいことなのでしょうか。

 個人の尊重とはそんなものでしょうか。

 この時点で彼奴等の言う「個人主義」の正体が透けて見えてくるのです。

 最近、日教組教師どもの犯罪が新聞紙面をにぎわわせているようです。

 子供を対象とした性犯罪やら何やら、これも彼奴等自身が「左翼の個人主義」に毒されているが故のことです。

 どうして真っ当に立ち返ることができないのか。

 「ナルシスト」が「左翼集団」の威を借りてどんな反社会的行為でも出来るとなれば、それは「万能感」「支配欲の充足」「権力者意識」を膨れ上がらせ、その自分に酔ってしまう訳です。

 当然、社会人たる責任はおろか犯罪行為に対する禁忌もなくなります。

 人間のクズに堕してしまい、同時にその特権を維持することに必死になります。

 日教組でいえば、男教師であろうが、女教師であろうが、それはそのまま「利権の喪失」を恐れて「左翼カルト集団」に依存している「狂信者」の姿です。

 さて、ここで日本民族を振り返れば、日本人にはもともと現実を直視し、大自然とその中の一生物に過ぎない自己を対比するという感覚、精神文化がありました。

 それは例えば「八百万の神」という表現にも表れて居るのですが、仏教が日本に伝来して以降、その精神文化は仏教にも影響を齎しました。

 それを最も平易に言い表したのが「凡夫」という言葉であろうかと思います。

 浄土真宗と真宗大谷は既に「左翼ナルシストの異安心坊主」の巣窟と化し、宗祖親鸞の教義たる「信心を以て一義と為す」からは遠く離れた邪宗になってしまいましたが、「凡夫」という「大自然の前で現実の己を直視する視点」は、宗祖親鸞において何も変わってはいません。

 「己が凡夫である」ことの現実に立ち返れば「ナルシズム」などは羞恥の極みの妄想であると瞬時に悟ることになるでしょう。

 たかが人間の、大自然・宇宙に比すれば無きに等しい社会などというものの中で、自分が一番だからどうだというのでしょうか。

 この「現実の自分を直視する視点」を欠いた者は、他人を害し、迷惑をかけることを何とも思わない「自己中心の個人主義」に堕しています。

 古来、日本ではその様な人間を「鬼畜」と称してきました。

 要は人間としての道を捨てた人間以下の、動物以下の存在です。

 報道の支那妻を見れば、支那の漢民族には中華思想を根底とした反日はあるにしても、同時に「一族」以外は信用しないという民族性もある筈であり、それからすれば自分の子供を見捨てて帰国するというのはその民族性も喪失してしまっているということになります。

 そうなったのは何故なのか。

 ここに「カルト狂妄」である「左翼思想」に染まった「左翼ナルシスト」の邪悪があるのです。

 実務能力に欠ける癖に自惚れだけは肥大したバカ管と民主党の、その本質は「左翼ナルシスト」集団です。

 発想やらアイディアを出すだけで「自分が優れている」と勘違いするバカ管と同程度の愚民どもです。

 今回の未曽有の大災害に直面しても、本音は反原発やら党利党略やら自己保身ばかりです。

 国家安全委員会もなかなか開かず、レンホーやら辻元やら湯浅やら仙谷やら、それらの有象無象を贔屓して国民の為に何ができるのか。

 如何にバカ管とはいえ、本当の処では、もっと早くに頭を下げて野党の実務に優れた議員や経験者議員の力を借りることが真に国民の為になることと判っていない筈はありません。

 しかし、「付帯する問題を解決し、実現してなんぼ」「国民の窮状を具体的に解決してなんぼ」であることが判っていないのですから、大震災への対応にしても、被災者が、国民が、それぞれの場所で、自分達で道を切り開いて居るのが現実になっています。

 別の言い方をすれば、もし日本人が古来の精神文化を全て喪失し、支那人や朝鮮人レベルの民族になり下がっていれば、この状態を保っていることさえ出来ていなかったかもしれません。

 無論、「凡夫」である限り、全てが万全であり、完全であろう筈はないのですから、「自己中心の個人主義」に毒されたのほほん人どもの中には犯罪に走っている輩もいます。

 しかし、それにしても、国籍と本名を全て公に明確にすれば果たしてその中にどれだけの日本人がいるか。

 今回の大震災では、上記の様な不心得者が出てきた反面で、例えば東電幹部の責任は重大ですが、その現場の様に「奉公」する日本人の姿も多くみられています。
 「奉公」とは古い言葉ですが、日本におけるその意味は「我が心身を公に奉る」という意味です。

 権力者であろうと庶民であろうと「公に対して我の心身を奉じる」のです。

 そして、結婚が社会的行為である以上、家庭においても「奉公」の精神は無くてはならず、それは例えば子供に対する姿勢・育児の行為の上に現れるのです。

 結婚に伴う育児は愛情に基づいた「個人的行為」であると同時に「社会的行為」であり、「奉公」なのです。

 支那には「奉公」という概念はありません。

 しかも「左翼的自己中心個人主義」に毒されていれば子供を捨ててわが身の保身を図るのもむべなるかな、でしょう。

 諸国が感嘆しているという多くの日本人の態度にも、その根底には「奉公」があるが故のことです。

 今、この様な時であるからこそ、日本人は、真剣に自らの民族の精神文化を顧みる必要があるのではないかと思うのです。


 
 
 
「原発怖い」永住中国人妻ら 子供置き去りで帰国相次ぐ
(2011.3.26 産経)
 東日本大震災による東京電力福島第1原発の放射性物質(放射能)漏れ事故を受け、政府の指示を超えて自主避難が広がるなか、生活保護を受ける外国人が日本人との間に生まれた子供を置き去りにして帰国するケースが相次いでいることが分かった。福祉現場からは「児童虐待のネグレクト(育児放棄)に当たる」と懸念の声が上がっている。
 原発から150キロ圏にある関東地方の市の福祉事務所へ今月18日、生活保護を受給する中国籍の40代の母親から電話があった。
 「成田空港にいる。祖父が危篤なので帰国する」
 担当者が自宅を訪ね、高2の長男と中2の次男に事情を聴いたところ、母親は「原発が怖い」と中国へ帰ったことが分かった。2人は児童相談所が介入し、離婚した父方の祖母宅へ身を寄せたという。
 この福祉事務所が全国の福祉事務所の仲間内で調べたところ、生活保護を受給する外国人の帰国は少なくとも東日本の84事務所で64件に上った。中国、韓国、フィリピン、タイ人などで、中国人が最も多かった。永住者資格などを取得後に日本人男性と離婚した母子家庭や単身女性がほとんどを占め、子供と帰国した人が多い一方、友人の中国人や日本人へ預けて単身で帰国したり、子供を置き去りにしたケースも少なくないという。
 担当者は「皆一様に『祖父母が危篤で』と言う。ただ申告するのは良心的なほうで、黙って帰国するほうが多く実態がつかめない」と話す。申告がない場合、数カ月に1度の定期訪問まで帰国の事実が分からず、保護費が口座へ振り込まれ続けることになる。帰国の旅費も保護費をためた貯金でまかなっているという。
 生活保護法上の受給対象は日本国籍者だが、厚生労働省の見解では「人道的見地から永住者や定住者、日本人の配偶者等の在留資格を持つなど一定要件を満たす者は受給できる」(保護課)といい、平成21年度に世帯主が外国籍で生活保護を受けた人は6万952人に上った。保護費は全額が税金でまかなわれている。
 担当者は「永住権というのは永住を前提にしているはずなのに、帰国するのでは永住とは言えない。国は出入国管理などを適正化してほしい」と訴えた。
 生活保護問題に詳しい森川清弁護士(50)は「法的に問題はないが、子供を置いて逃げるといった行動が反発を招いているのだと思う」と指摘する。


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